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十龍城砦  作者: 月ーん
29/29

仲保

カランカラン

管理局の説明会が開かれる前、八岐大蛇が焼き殺された後。

湿下暗の酒場、紅鱗のベルが鳴る。

「やほー」

ドアから顔を出したのは、ホットパンツを履いた金髪の女。


「ますたー、カシスオレンジちょーだい」

カウンターに腰掛け、美優は言う。

ギャルっぽく赤いネイルをつけた指で、目隠しを外した。

現れたのは、グリーンの瞳。

「晴夜様に怒られますよ。」

「えー...マスターしか居ないし良いぢゃん」

美優は口を尖らせる。

キャミソールから谷間が覗きかけて、マスターは目を逸らした。


静寂。

スターラーがグラスを叩く音だけが店内に響く。




「お待たせしました。カシスオレンジで御座います。」

コトリ

硬い音と共に、冷えたグラスがカウンターに置かれた。

美優はそれに口をつける。

赤いリップがグラスに跡をつくった。


「...ますたー」

一口飲み、美優は口をひらく。

「何でしょうか?」

「やぴ、佳代ちのことどうするつもり?」

「...」


ちゃぷり

金魚が跳ねた。水槽が揺らめく。


「ますたー知ってる感じでしょ?やぴとベッタリだもんねー。」

「...」

「ね?」

マスターの口が開きかけたのを、美優は見逃さない。


「私からは、お教えできません。」

数秒の沈黙。

美優の視線から逃れるように、マスターは顔を逸らした。

「...じゃ」

組んでいた足を外し、美優は立ち上がる。


「見せてもらっちゃうよ」

言うが早いか、美優は目の前の蝶ネクタイを掴んだ。

マスターは抵抗しない。

美優のグリーンの瞳は、カウンター越しの目を捉えた。




「カフェオレ」

「かしこまりました。」

美優の脳に流れ込んできたのは、マスターの記憶。

目の前でカウンターに肘をつく糸目の男は、安倍晴夜。

コーヒーと牛乳をかき混ぜる手元を、興味深そうに見ている。


「相談なんやけどな」

安倍晴夜が口を開いた。

「はい。」

「佳代のこと、自分、知っとるか?」

「風の便りに。」

「せやったら話は早いわ。どうしてやろうか考えとんねん。」

──「殺すつもりですか」

食い気味に、マスターが聞いた。

完成したカフェオレを出そうとも、誤魔化せない。


「なんや、えらい食いつくな」

「失礼致しました。」

咳払いが響く。

「責めてるんやない。言うてみい。」

安倍はカフェオレに口をつけた。

喉仏が上下する。


「いえ。私にも懐いていて下さったので、少し寂しいな、と。」

「成程な、それは安心してえぇ。殺しはせぇへん。」

「管理局員に懐きかけたのにですか?」

「まだ、ちまいガキや。間違うこともあるやろ。」


安倍はカフェオレを置いた。

水滴がグラスを伝い、カウンターを濡らす。

「結構お怒りだったと伺いましたが」

「あれはわざと、警告もかねてや。」

「なるほど。もうお叱りになったのならば──「甘いわ。」


マスターの言葉は遮られた。

安倍の目が僅かに開く。

赤い瞳が、記憶越しの美優を貫いた。

「許すとは言うたがな、見逃すわけやあらへん。第一、龍族に懐きかけてた子や。憎くてしゃぁないわ。」

「では...」

「殺す、と言いたいとこやけどな。さっきも言うた通りまだガキや。」

安倍が息を吐く。

赤い瞳は仕舞われた。

「塩梅がわからへん。甘やかすつもりはないけどな、やりすぎても可哀想や。」




「で、どうなったの?」

マスターから手を離し、美優は再び腰掛けた。

金魚は、水草の間を優雅に泳いでいる。

「先ほども申し上げた通り、お教えすることはできません。」

「え?ケチぢゃない?」

美優が不機嫌な声を出そうと、マスターは眉尻を下げるのみ。


「あり得ないんですけど。」

諦め、席を立つ。


「美優様」

ドアに手をかけた時、マスターが呼び止めた。

「やっぱ教えてくれたり、みたいな?」

「お代、いただけますか?」

カラ...

ドアベルが情けなく揺れる。

「しゃば...」


「これは独り言ですが、」

会計を終え、今度こそ店を出ようとした美優に、マスターが言う。

「晴夜様は、洗洗を行うと決めていらっしゃいました。」

「洗洗?なにそれ初耳」

「...」

美優は振り返る。

されど、マスターはグラスを拭くだけであった。




「やぴ!」

篝火のアジトに戻り、美優は声を上げる。

灯篭の蝋燭が燃える光で浮かび上がった廊下、

その最奥にある、安倍の部屋の扉を勢いよく開けた。


「なんや、騒がしい。」

扉の向こう、安倍はソファに腰掛け何かを弄っていた。

「洗洗てなに?けっこー有名な術?」


「...どこで聞いた?」

ガチャリ

漆で塗られた扉が閉まる。蝶番の音が、赤い部屋に響いた。

「ますたーのとこ」

美優の答えに、安倍は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「知らんでえぇ。」

口元を歪に歪めたまま、安倍は言う。

「えっ何で?佳代ちに掛けるんしょ?気になるぢゃん。」

美優は引かない。

安倍が腰掛けるソファの正面、低いテーブルの上に陣取った。

「あたし、やぴが教えてくれるまでココにいるけど?」

「はぁぁ...」

ヒールの先で突いてやれば、長いため息。


「ええか?洗洗ってのは、洗脳の一種や。」

手に持ったものはそのままに、安倍は説明を始めた。

「簡単にいえば、都合の悪い記憶や知識を消して、空いたそこに新しく都合がいいもんを入れる術や。見い。」

安倍はさっきまで弄っていたものを見せる。

細かい渦のような彫刻が施された、銀色と錯覚するほど白い球体。

「これで忘れさせたいもんを吸い取る。佳代から、管理局と妖に関する記憶を全てな。」

「あーね。で?」

「空いた穴に、これまで人間が受けてきた屈辱と、管理局がどんだけ狡いかを入れる。

するとあら不思議、人間至上主義の佳代ちゃんの完成や。」

球体が、安倍の手のひらで転がる。

皮膚と擦れるたび、それは砂が流れるような音を立てる。


「思ってるよりちゃんと洗脳でビビる。人格とか変わっちゃう感じ?けっこー怖いんですけど。」

「そこは心配あらへん。洗洗は、入れるもんと本人の相性がよくないと成立せん術や。」

「そなん?つまりどういう?」

「佳代に人類主義者の素質があることが、洗洗の成功条件ちゅうことや。」




時は現在、均衡管理局の説明会の記事が出た日に戻る。

バー紅鱗で、安倍はマスターの方を向いた。

「自分、美優に言うたやろ。」

「何のことでしょうか?」

「真っ白にとぼけとるわ。独り言ちゅうことにして教えたんやろ、どうせ。」

そう言って佳代の頭を撫でる。

安倍の膝に乗った彼女は新聞に目もくれず、

マスターの用意したクッキーを頬張っていた。

十龍城砦

妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)

内側に進むにつれ治安が悪くなる



均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局

治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。

管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。

箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。

   管理局に貢献するためだけに育てられる。

   逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。



篝火(篝者)

人間至上主義の過激派組織

陰陽師の子孫が多い。安倍、賀茂


安倍晴夜 33歳 161cm 人間 篝火

糸目、黒い長髪

人類最強。激しい人類至上主義。妖の血を含む存在も、妖の肩を持つ存在も嫌い。

だが人間(妖とつるんでいるものは人間と思っていない)にはすこぶる優しい。ただし安倍基準。

大阪弁。アクセサリー沢山。


神田美優 23歳 148cm 人間 篝火

金髪、目隠し

ホットパンツにキャミソールといった露出が多い格好をしたギャル。

他人の顔を見れば、その人の心が読めてしまう特異体質。


佳代 5歳 115cm 人間 篝火

洗洗の術をかけられた幼女。

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