亀裂
湿禍暗、廃墟通り。
上層の重みに耐えきれず、曲がり、折れた鉄骨。
支えがなくなり不安定になった建造物がギィギィと音を立てる。
「説明してもらおか。」
揺れたピアス。
僅かに開いた瞼の隙間から、底なしの瞳が覗く。
「それ、こちら、台詞。なぜ、生きてる、箱子。」
血を全て抜き、湯でふやかしたような白い肌。
般若の面をつけた鬼が言った。
「知るか。確かに殺したはずやのに、気色悪いやつや。」
「縺ェ繧薙險縺縺ヲ縺�。」
「遒コ縺九谿コ縺励◆縺ッ縺壹□縺ィ。」
「蝌倥▽縺阪□ 。」
「縺ゅ縲�縺、縺阪□。」
「蝌倥▽縺�!」
「蝌倥▽縺�!」
一斉に騒ぎ出す鬼達。
時は一刻前に戻る。
「安倍晴夜を取り逃すとはな」
中梁層、管理局廊下
鴉頭がリョウを見下ろした。
『全力は尽くしたんですよ?一応ね。』
後ろ足で耳を掻く。
「態度を改めろ。」
局長が口を挟んだ。
『お陰様でこの有様ですし。』
リョウは無視して続ける。
『俺も、あいつも。結構ぅ可哀想でしょ?』
鴉は視線を上げる。
等間隔に並んだ箱子達。
鴉を守るため、周囲を警戒する彼ら。
護衛の列は廊下から外まで続く。
その中、唯一杖をついた男。
濃い隈を作りながらも、眼光は鋭い。
「あれは、」
「使えるのでご安心を。」
年老いた箱子の言葉に、鴉は口を閉じる。
ボーン ボーン
丁度、定刻を知らせる鐘。
「現状は把握した。」
帽子をかぶり直す。
視察は終わった。
「お気をつけて。」
管理局前、往来の盛んな通り。
局長が頭を下げるのに背を向け、鴉が駕籠に乗り込もうとした──
ドガァァァァン
瞬間、轟音。衝撃。
ガッシャァァン
きゃぁぁあ
視界が揺れる中、落ちる音、悲鳴。
鉄骨が崩壊した。
ジリリリリリリリ
ウーウーウー
サイレンが鳴り響く。
「でっか」
剣鉈を手に、海里は呟く。
見上げた先には、八つの頭に八つの尾、
鞭のように全身を打ち付ける大蛇。
「八岐大蛇!?なんで...」
千樹の震えた声。
細かに揺れる口から息が漏れる。
「行くぞ。」
その背を叩いたのは野崎。
「海里、それは仕舞っていい。」
同時、城砦に反響し始める銃声音。
ヒュゥと弓を射る音。爆発音。
箱子達が一斉に攻撃を仕掛ける。
「俺たちの仕事は救援だ。」
野崎は走り出した。
「了解です!」
千樹もそれに続く。
足場が崩れ宙吊りになった者、
下敷きになった者、押しつぶされた者。
野崎が絡み合った鉄骨瓦礫を持ち上げ、他局員が引っ張り出す。
佐原が宙吊りになった親子を引き上げる。
朝奈が気を失った者を抱え運ぶ。
「海里!来い!」
野崎の声。
誰かを助けるなんざ性に合わない。
うすらと寒気までする。
「ケッ」
だが、海里は手を伸ばした。
「こはまた懐かしき妖なり」
回復術が使える妖が怪我人の手当てにあたる傍ら、
サザメは八岐大蛇と対峙する。
ドガァン
爆発。箱子の誰かが仕掛けた爆薬。
火の粉がサザメの肩に降りかかる。
鱗が剥がれ、肉が抉れた大蛇。
箱子を蹴散らそうと、八つの尾を振り上げた。
『凍雪柱』
一本一本が二十尺あろう尾が振り下ろされるところで放たれた呪文。
ネオンの煌めきさえ飲み込むほど白い雪が、大蛇を覆った。
シャァァアアア
八つの口から鋭い牙が覗く。
全てがサザメに向けられる。
「あひしらはまほしきところなれど、生憎契りを結べるものにぞ」
バン
ガン
開いた大蛇の口に、横から込められた銃弾。
細い舌が千切れた。大蛇は悲鳴すら上げられずに藻掻く。
「リョウ」
足元の存在に呼びかける。
『はぃはぃ?』
「妖力を貸す。術をたてよ。」
『確認ですけど、貸すってのは返さなきゃいけな──
「くる。」
『了ぅ解です。』
『聞こえるぅ?』
サザメの妖力を受け取り、冷涼を纏ったリョウが念話を送る。
『大蛇に夢中のとこ悪いんだけどさーぁ、こっちに来てくれたり?』
送った先、足場が最悪のなか器用に杖を使って立つ人間と
ひしゃげ飛び出た鉄骨にぶら下がった人間。
大蛇の舌を断った銃弾を放った箱子、武下と加賀。
瓦礫の上を危なげなく近づいてくる。
『じゃ、指示するからお願ぃね?すっ転んだりしないでよ?』
「発言は必要最低限に。気が散ります。」
『断るって言ったら?』
「捻り潰します。」
加賀の肩に乗り、リョウは大蛇を見据えた。
深緑に光る巨体は天災のように暴れ続ける。
『左』
加賀は走り出した。
崩れかけた足場、体重をかけても安全な場所を瞬時に判断し
リョウに振動が伝わることはない。
『炎斬 壱』
術を唱えた。
毛皮越しに伝わるのは、炎の熱気と雪の冷気。
サザメの妖気はリョウの妖術と相性が悪い。
雪に相殺されぬよう、慎重に術式を組んでいく。
『右』
壁を蹴るようにして、加賀は方向を変える。
その間も、箱子たちの大蛇への攻撃は止まない。
爆発の火の粉、剥がれた鱗。
噴き出た体液がリョウに降りかかる。
『炎斬 弍』
大蛇の胴に術式を組み込む。
ガァァ
頭上から牙が迫る。
加賀は避けない。
バン ギィィィ
大蛇の目玉に命中した弾丸。
飛んできた方向を見れば武下がいる。
「次は、」
『左上。』
バネのように反動をつけ、加賀は飛び上がる。
身を翻し、リズミカルに。止まることなく鉄骨を登っていく。
「まだですか」
『もっと上。俺が良いって言うまで。』
飛び、掴み、腹筋で体勢を立て直す。
ジグザグに、猿のように軽やかに動く加賀。
『良いよ。』
大蛇が見下ろせる程の高さ。
リョウは加賀を止めた。
『炎斬 参』
大蛇に頭上の気配を悟られぬよう、手早く術を組む。
『箱子ちゃん、他の箱子を退避させて。』
最後の仕上げを終え、リョウが言う。
「武下さんが既にやってます。」
下を見れば退避が済みかけていた。
リョウの顔に満足げな笑みが浮かぶ。
『んじゃ、箱子ちゃんは隠れといてね。』
最後の一人が退避したのを見届け、リョウが言った。
『三』
加賀は辺りを見回す。
『二』
上層から崩れ落ちてきたネオンの瓦礫を見つけた。
『一』
走り寄り、飛び込むように身を隠す。
『開』
パチパチパチ
火をつけたばかりの花火のような音──
その直後、
ボォオオオ
凄まじい熱気。
ちり、とポニーテールの髪が焦げる。
ネオンが溶けた。
ギィィイイイイイイ
目も開けられないほどの熱のなか、
大蛇の断末魔が聞こえた。
十龍城砦
妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造
踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、
閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)
蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)
内側に進むにつれ治安が悪くなる
均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層
人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、
18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般
妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織
教官が可と判断してから入局
治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。
管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。
箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。
管理局に貢献するためだけに育てられる。
逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。
リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖 中梁層出身
狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目
普段の言動から、軽い男と評されているが、人間に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。
教官として局員養成も仕事に入ってるが(現在休職中)、まともにやってない。
狐の姿になったが、その中身は変わらない。
武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身
肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情
若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。
聴力を失い杖を必要とするようになったものの、相変わらず戦闘能力に長ける。術への耐性も健在。
教官として局員養成も行なっている(現在休職中)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた(いわゆる箱子)。
情操教育を受ける機会がなかった。
海里 18歳 158cm 均衡管理局所属 人間(新人) 蛾骸下層〜湿禍暗出身
黒く短い癖毛、意志のある力強い目、仏頂面
小柄ながら筋肉質。盗みを重ねて生きてきたが、18になり管理局の訓練生となることができるようになったので入局(管理局の方が稼ぎがいい)。自分が生き残ること、稼ぐことに貪欲な少年。気に入らない者には生意気な態度を取るが、認めた者には従順。喧嘩っ早く乱暴な性格。教養はない。
千樹とはよく衝突。危機察知能力が高い(勘がいい)。
善意を知らない。
千樹 400歳 190cm 均衡管理局所属 龍 閑黄朝出身
青緑く透き通った長い髪、穏やかなタレ目、硝子のようなツノ
長身で美しい青年。富裕層出身の世間知らずなお坊ちゃん。
争いを嫌い、話し合えば必ず分かり合えるという甘い理想を抱きがち。
訓練生になってからかれこれ数十年立つが、未だに教官からの可がおりない。
海里とはよく衝突。
悪意を知らない。
加賀玲 19歳 155cm 均衡管理局 人間 中梁層出身
茶髪のポニーテール、タレ目
箱子。物怖じしない性格で、はっきりものを言う。しっかりしてる。
先輩後輩関係はしっかり守り敬語も使えるが、佐原やリョウに当たりが強いし尊敬はしてない。武下のことは尊敬している。母親は出産時に他界。父親と暮らしていたが、6歳の時に違法薬の所持で父親が管理局に捕まる。
服役中の父親とは現在不仲。流れで箱子となり今に至る。
野崎により、情操教育はある程度されてきた。
サザメ 1800歳 150cm 均衡管理局所属 雪女 閑黄朝出身
雪のように白い髪、透き通るような肌、儚い美女
白銀の着物、青銀の羽織。
妖の中でもきっての年長者。古風な喋り方。
敵には容赦しない。
人間が触れれば直ちに低体温症不可避。
桔梗の契りによって力を制限されている。
野崎茂 42歳 190cm 均衡管理局 半妖(鬼) 蛾骸下層出身
全身毛深い、優しい目、筋骨隆々
半妖で差別を受けながらも本人の性格が良いので周りから力を貸してもらえることもしばしばあった。
友人に勧められ、20代前半で入局。
半妖なので老いにくく、実年齢より若く見える。
元箱子の育手、現加賀のバディ。武下に情操教育をうまくしてやれなかったことに罪悪感を持っている。
加賀とはたまたま担当していた事件だったので知り合う。孤児となった子供がどんな運命を辿るか知っているため、それよりはマシだろうと加賀を引き取り箱子にするよう管理局に進言。武下の経験から、加賀の情操教育に力を注いだ。加賀のはっきり言いすぎる性格に困っている。加賀は娘みたいなものだし、武下は息子みたいなもの。




