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十龍城砦  作者: 月ーん
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『まったく、サザメさんも乱暴だよねぇ。』

提灯の光に目を細め、リョウは文句を漏らした。

『俺は猫じゃないっての。』


不満げにスンと鼻を鳴らせば、染みついた生臭さと鉄の匂いがする。

強くはないが、気づけば気になる。

『お前、風呂嫌い?』


カツ

答えの代わり、杖の音。

使い始めてまだそんなに経っていないはずだが、先端は既にすり減っていた。

『お前の肩に乗る身として、この匂いはどうにかしてほしいんだけど?』

「...」

『もしかして、加齢臭だったりする?』

「降りろ。」

『やぁだね。』


カチャリ、金属音。

武下の左手が銃を構えた。

リョウの肝が一瞬冷えるが、すぐに杞憂だとわかる。


「なんのようダァ?兄ちゃん。」

いつの間にか来ていた裏通り。

白い煙が充満する。ジリ、と煙草を踏みにじる音。

屯ろしていた半グレが男と狐を睨んだ。




冷めたコーヒー、封の切れたビタミン剤、管理局の事務室。

食べ終わったサンドイッチの包み紙をゴミ箱に捨て、野崎は頭を掻く。

目の前にはメモ。

「整理はしてみたものの...わからんな。」

木村佳恵、仏になった放浪者。

急に借金をした理由も、それを偽の宝石に使った理由も、なぜ殺されたのかも、

何もわかっていない。


()()なんじゃない?」

横から少し尖った声。加賀だ。

「と、朝奈さんが。」

「こい...」

野崎の脳に魚が浮かんだ。

「鯉って...鯉か?」

「案外筋が通ってるかもしれません。」

「鯉の筋が通るのか?」

「はい。被害者はどこかで一目惚れをした。

それが閑黄朝から観光に来た富裕層だと仮定すれば、矛盾はありません。」

「鯉って恋愛対象になるのか...?多様性か...」


ぶつぶつと悩む野崎に、加賀が冷たい目を向けた。

「まさかと思いますけど、魚の方だと思ってないですよね?」

「あ!ああ!恋、恋か!」

はぁ、と短いため息。

ニヤつく口角を抑え、野崎は呆れ顔から目を背けた。

コーヒーを啜れば安っぽい風味がする。


「観光業者に問い合わせましたが、今は観光客が多いようです。」

「まあ夏休みの時期だしな。」

事務室に掛けられたカレンダーには、ひまわりの写真。

薄汚れた紙に鮮やかな青空が広がっている。

「その線で行こう。いつまでも考えていたって仕方がない。」

「はい。まずは犯人を捕まえてから詳細を。」




『もうちょい俺に出番とかさ──』

目の前の光景に、リョウは耳を倒す。

金属バットや鉄パイプ片手に倒れたチンピラたち。

その全ての眉間に穴が空いている。

『──ほぉんとに気が利かないよね、お前。』

ととっ、と音。

リョウが武下の肩から飛び降りた。


『人間、人間、半妖、人間...』

動かなくなった死体の間を歩いていく。

『全部で八人。さっき九人いたよねぇ。まさか、逃しちゃった?』

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

弄るところを見つけたというように。

『流石のお前も死にかけたら腕は落ちるよねぇ。安心するよ、人間らしくって。』

「尾行しろ」

食い気味の指示。

黒く深い瞳がリョウを見下ろす。

『本気で言ってるぅ?』

耳を立て、鼻を鳴らす。

物音を聞き分け、匂いを嗅ぎ分け、気配を探る。


『世界一優しい狐に感謝しなよ?』

人型の時より一回り小さくなった尾を立て、リョウは歩き出した。




「どのカメラにも映ってないんですよね?」

「数年前からメモリの劣化が激しくてな。三時間前の映像までしか確認できない。」

野崎の言葉に、加賀はジャンパーの袖を捲る。

「通報があってから二時間半。遺体が放置されていた時間を考えると、もう遅いですね。」

「目撃情報も少ない。悔しいが迷宮入りに「それは困ります。」

被せるように加賀が言う。

「二日後に維持庁から視察が来ます。それまでに解決しなければまた、」

「批判されるだろうな。」

野崎は遠い目をする。

廊下には、壁一面の苦情の数々。

これ以上民衆に嫌われるのは避けたかった。


「海里に聞いてみるか。」

ぽつりと野崎が言う。

「あの訓練生ですか?」

「湿禍暗から来たのなら、何か知ってるかもしれない。」

「目撃情報も少なく情報提供を試みるには不十分です。彼自身、論理的思考は苦手なようですし。」

「それでも聞いてみる価値はあるだろう。藁にも縋る、ってやつだ。」

野崎の説得に、加賀は顎に手を当てた。


「ですが居場所がわかりません。」

「訓練場にいるんじゃないのか?」

「彼は今仮局員として任務に当たっています。」

「そうだった...」

野崎は頭を抱える。

「無線で聞けば、」

「主回線からは繋がりません。海里仮局員の個別回線番号を知る必要があります。」

はね返すような加賀の返答。

野崎は思考を巡らせる。

「聞いてみるか。」

太く無骨な指が無線機を掴んだ。




『それでぇ?どうするの。』

二人の前には廃墟。

鉄骨に嵌められた窓は割れ、空き缶や吸い殻が散乱しているのが見える。

無造作に注射器が置かれたそこは、半グレ組織のアジト。

その前で、武下が片足を上げる。

『嫌ぁな予感しかしないんだけど?』

リョウが物陰に隠れた刹那──


ガンッ!

突然、武下が扉を蹴破った。

片足を上げた分、体重を支える杖の先端がひび割れる。

掛けられていた南京錠が跳ね飛んだ。


「なんだ!!」

「管理局の連中だ!」

「愚図が...なに尾行されてんだ!!」

「はっ、一人じゃねぇか。」

「楽勝だ!やれ!」


蛇鱗の妖が両の手を合わせた。緑の怪しい光が鱗に溶ける。「牙破 ──バン

一人が懐に手を伸ば ──バン

「テメェ!覚悟は ──バン

バン バン

その後も続く二発の銃声。

その度、煙混じりの空気が揺れる。


『はっや。』

音が止んだ頃、埃を被った室外機の影からリョウが顔を出す。

チンピラは全て武下に近付くことすら出来ず、

目を見開いたまま倒れていた。

流れ出た脳液が鉄の錆びに滲む。

『優秀なことで。』

「...」


ザザー

裏通りに響いたノイズ。

『なんか来たよ』

リョウが振り返る。

武下の腰を鼻先で指せば、痩せた指が無線機を掴む。

「...」

スピーカーに手を当て、振動を確認する。

何か言っているようだ。

『短気くんの回線番号を教えてくれってさ』




()()()()だァ」

妖と人間が肩を組んで歩く通り

その脇の狭い路地を海里は歩いていた。

握った剣鉈からは、ぽたぽたと赤が落ちる。


平和ボケした龍族との任務に嫌気がさし、撒いたのが一時間前。

「掃除」にお坊ちゃんは邪魔でしかなかった。

「待ってください。犯罪を犯したからといって殺すのは違います。」

「最初から武器を向けるのは良くないです。まずは言葉で心を交わして」

「初めまして、僕たちは均衡管理局です。少しお話合いを...」

甘ったれた言葉の一つ一つが海里の神経を逆撫でた。

思い出しただけで喉が震え、痛む。

今頃裏路地を彷徨っているだろうが、だからどうした。

むしろ気分がいい。


ふと、脇腹をひと刺ししてやった人間が動いているのに気づいた。

掠れた声で呻きながら腹ばいで逃げようとしている。

肺に穴が空いたのか、呼吸のたび空気が漏れる音がする。

「楽になりてぇか?」

ひぃ...とか細い悲鳴。

民衆が見ればまた批判されるであろう光景、不必要な残忍さ。

だが、湿禍暗あがりの海里にそれがわかるわけもなく。


「あ?」

ふと、無線機が震えた。

外ポケットに無造作に突っ込んだそれを取り出す。

「ぁんだ」

マイクボタンを押し、不機嫌を隠さずに答える。

「繋がったな。海里であってるか?」

聞こえてきたのは、落ち着いた大人の男の声。

武下と違い、暖かな響きがある。


「誰だおまえ」

「野崎、って言ってもわからないよな。毛むくじゃらのおっさんさ。」

海里の脳に、焼き鳥を渡してきた大柄な局員の姿が浮かぶ。

確か、あの局員も毛深かった。

「なんのようだ。」

「ちょっと力を借りたくてな。時間がないから手短に行くぞ。

黒髪で身長160cmの若い男に心当たりはないか?」

「はぁ?」

「どうだ、記憶の中に当てはまる人物がいれば教えてくれ。」

「いねぇよそんなもん。いちいち覚えてねぇ。」

「...そりゃそうだよな。ありがとな。もし思い出したら教えてくれ。」


明らかに落胆した声。

よくよく聞けば疲労も滲んでいるそれは、海里の呼吸を深くさせる。

「チッ」

それが妙に落ち着かず、海里は視線を下に落とした。

目に入ったのは、未だ息のある人間。

ヒュー、ヒューと笛を吹くような音を出しながら

青白い顔をしてナメクジ並みの速度で海里から離れていく。


黒髪、背は海里と同じかそれ以上、タトゥーの入った顔に皺はない。

「ぉい」

接続が切れる寸前、海里は無線機に話しかけた。

「見つけたかもしんねぇぞ。」




まともに整備されず、錆で穴が空いた鉄骨の並ぶ裏通り。

指で触れれば、ふやけたポテトチップのように簡単に崩れる。

「これは...ひどいわね。」

故障したネオンサインから出る火花を避け、一人のが言う。

青いマントを身につけた彼らの前に広がるのは、

正確に眉間を撃ち抜かれたチンピラたち。

「相変わらず、随分と非道な真似をするのですね。」

「みんな一発ずつやられてるのねん。」

「間違いなく管理局、それも箱子の仕業かしら。」


箱子、その言葉に一人の顔が険しくなる。

「落ち着きなさい。」

拳を握り混んだのを見て、もう一人が制した。

「この人数を相手して、苦戦した痕跡もない。相当訓練された箱子よ。」

「それが何だと言うのですか。人殺しが許されると、」

「相手しないに越したことはないと言っているの。向こうは容赦なく銃を撃つわよ。」

「!!」


その言葉に、拳は緩んでいく。

「確かに、感情に任せて奴らを刺激しに行くのは得策ではありませんでした。」

長く、震えた溜め息が漏れる。

「せめて、遺体を回収しては行きませんか?このままに放っておくのは、」

「気分が悪いのねん」


言うが早いか、彼らは遺体を運び始めた。

死後硬直の始まっているそれを、

慣れたように鮮やかなマントに包んでいく。

青い塊を持ち上げれば、人一人分の重さ。

ひんやりとした冷たさ。


「...ここまで計算されていそうね。」

そして、忌々しさ。

十龍城砦

妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)

内側に進むにつれ治安が悪くなる



均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局

治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。

管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。

箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。

   管理局に貢献するためだけに育てられる。

   逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。



リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

普段の言動から、軽い男と評されているが、人間に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。

教官として局員養成も仕事に入ってるが(現在休職中)、まともにやってない。

狐の姿になったが、その中身は変わらない。


武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身

肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。

聴力を失い杖を必要とするようになったものの、相変わらず戦闘能力に長ける。術への耐性も健在。

教官として局員養成も行なっている(現在休職中)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた(いわゆる箱子)。

情操教育を受ける機会がなかった。


野崎茂 42歳 190cm 均衡管理局 半妖(鬼) 蛾骸下層出身

全身毛深い、優しい目、筋骨隆々

半妖で差別を受けながらも本人の性格が良いので周りから力を貸してもらえることもしばしばあった。

友人に勧められ、20代前半で入局。

半妖なので老いにくく、実年齢より若く見える。

元箱子の育手、現加賀のバディ。武下に情操教育をうまくしてやれなかったことに罪悪感を持っている。

加賀とはたまたま担当していた事件だったので知り合う。孤児となった子供がどんな運命を辿るか知っているため、それよりはマシだろうと加賀を引き取り箱子にするよう管理局に進言。武下の経験から、加賀の情操教育に力を注いだ。加賀のはっきり言いすぎる性格に困っている。加賀は娘みたいなものだし、武下は息子みたいなもの。


加賀玲 19歳 155cm 均衡管理局 人間 中梁層出身

茶髪のポニーテール、タレ目

箱子。物怖じしない性格で、はっきりものを言う。しっかりしてる。

先輩後輩関係はしっかり守り敬語も使えるが、佐原やリョウに当たりが強いし尊敬はしてない。武下のことは尊敬している。母親は出産時に他界。父親と暮らしていたが、6歳の時に違法薬の所持で父親が管理局に捕まる。

服役中の父親とは現在不仲。流れで箱子となり今に至る。

野崎により、情操教育はある程度されてきた。


海里 18歳 158cm 均衡管理局所属 人間(新人) 蛾骸下層〜湿禍暗出身

黒く短い癖毛、意志のある力強い目、仏頂面

小柄ながら筋肉質。盗みを重ねて生きてきたが、18になり管理局の訓練生となることができるようになったので入局(管理局の方が稼ぎがいい)。自分が生き残ること、稼ぐことに貪欲な少年。気に入らない者には生意気な態度を取るが、認めた者には従順。喧嘩っ早く乱暴な性格。

現実主義で、理想主義の千樹とはよく衝突。教養はない。勘がいい。



灯徽会

正常に機能していない管理局に頼れないと判断した一般衆による自警団、

少数ながら民衆から人気と信頼を得ている。

青いマントが目印。

平和主義。殺さずの理念。

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