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十龍城砦  作者: 月ーん
17/29

進堵

裸のまま吊るされた電球、それに熱された空気。

硬い椅子とテーブルが並ぶ。

適当に合わせたラジオの音声、あちこちから聞こえる乾杯の声。

燻んだグラスがぶつかり合う音が響く。

「大将!生三つ!」

「あいよう!」

枝豆に塩を振りかけながら、店主は奥のテーブルに返事をした。


民衆に人気の居酒屋。

その脇、店から漏れる光に照らされた鉄骨に巻かれたテープ。

ビニール製の鮮やかな黄色に印刷された、「立ち入り禁止」の文字。


それを潜る影が二つ。




「御愁傷様。成仏すんだぞ。」

テープをくぐった先には、ブルーシートで覆われた遺体。

野崎はそれに手を合わせた。

「被害者の情報は?」

その隣で加賀が問う。

鑑識作業中の河童の一人が口を開いた。

「あ、へい。えーと、

ガイシャの名前はきむらー、きむらー...木村佳恵。人間のメ...いや!すいやせん。女性です。

バッグ?えー、布袋に入ってた財布でわかりやした。」

河童は濡れた手帳を見ながら辿々しく答える。

「それだけですか?」

「へい。今のところ。」

「はぁ。」

加賀の一見温厚そうなタレ目が黄色い嘴を睨みつけた。

「す、すいやせん。」

「玲。」

野崎が立ち上がった。

加賀の方を向き、首を横に振る。

「名前と種族がわかるだけでも助かる。」

「いえ。なんかあったら言ってくだせえ。」

手帳を仕舞い、再び鑑識作業に戻る。

ジップロック片手に歩くたび、ペタペタと足音がした。


「じゃ、俺は聞き込みしてくるが、玲はどうする?」

野崎はジャンパーから手帳を取り出した。

年季の入ったそれは、表紙が剥がれかけている。

「私は鑑識作業をします。」

「ああ、わかった。」

加賀は早々に手袋をはめ、ブルーシートに手をかける。

テープを潜りながら、野崎は眉を下げた。




「子育てって難しいなあ。」

居酒屋の前、すりガラス越しに見える乾杯を眺め、野崎は呟いた。

野崎は半妖だ。半妖であるが故、差別されてきた。

周りに恵まれてきた自覚はある。

それでも、歩いているだけで廃油をかけられるなんてよくあった。

見かねた友人に、管理局に入れば多少はマシになるだろうと言われ、

管理局に入ってから20年。



「らっしゃい!ごめんねえ!今は満席だあ。」

「いや、実は大将に用があってな。」

「お兄さん、その格好均衡管理局かい。帰った帰った!俺は税金泥棒は嫌いだよ!」

『そうだそうだー』

『帰れー』

『灯徽会の下位互換がよー』

酔っ払いの野次が飛ぶ。

野崎は眉尻を下げ、笑顔を作った。


「盗っちまった税金を返すために、大将に協力して欲しいんだ。

十分、いや五分だけでいい。大将の顔の広さを当てにさせてくれ。」

「...」

静まった店内。

「...しかたねーな。」

野崎の困ったような顔に、店主はため息をついた。



管理局に入ってからは、半妖だと差別されることは無くなった。

局員同士の仲は普通。民衆からも、ジャンパーを着ている限り暴力を振られない。

自身に刺さる棘が減った。

減った分、生きやすくなった。

余裕ができた。

そうなれば弱者に手を差し伸べたくなるのは当然のことで。

入局して数年、ある程度経験を積んだ頃、

野崎は箱子の育手に立候補した。

育手といっても訓練はしない。それは上層部が許さない。

管理局は、身売りの幼い子供を箱子にする。

育手に命じられる仕事は、その箱子の世話。

野崎はそこで武下律と会った。



「やっぱり俺の目は間違ってなかったな。助かったよ、大将。」

「...あいよ。今度来た時は席用意しておいてやる。」

「本当か!嬉しいよ。ここの酒は美味いって評判だからな。」



育手として一発目の仕事。

始め、この子供の世話をしろと言われた時は狼狽えた。

手足は細く、胴は薄く、痩せすぎの体。

半妖の力では、加減を間違えれば怪我をさせそうだった。

とにかく栄養をつけさせなければ。

野崎の脳内はそれだけになった。

上層部はどんな訓練をしているのか、律は毎日気絶して帰ってきた。

折れた鼻、欠けた乳歯、腫れた足。

一晩経てば治ってしまうから驚いたが、それが逆に痛々しくて。

甘やかすつもりで、色々食べさせた。

米、魚、肉、肉、肉、とにかく肉。

ケーキも買ってみた。

饅頭や、チョコレートも。思いついたものは全て。

上層部は箱子にかける金に糸目はつけないつもりのようで、

食費と申請すればいくらでも補助が出た。



「お嬢さん、ちょっとだけいいかい?」

「あら、お上手ね。いいわよ。」

「助かるよ。」



野崎が世話をするようになって数年、律は健康的な体型になった。

痩けていた頬は少年らしくふっくらしたし、

パサついていた髪も艶が出た。

だから、野崎は安堵していた。

なんとか普通の少年になったと。


──育手の仕事が終わる日まで。

育手が世話を許されるのは、箱子が十歳になるまで。

それ以降は全て上層部が管理する。

別れの日、野崎は泣いた。

大の大人が情けなくも、おいおい泣いた。

数年だけとはいえ、毎日一緒にいたから。


だが、律は違った。

眉ひとつ動かさず、涙を流す野崎を見つめていた。

寂しがる様子も、強がってる様子もなく。

はた、と野崎は気づく。

自分の育て方が間違っていたと。

全然、普通の少年になんて、なっていなかった。

野崎は気づく。

食べさせることしか考えていなかったと。

それ以外、眼中になかった。

子供らしく遊ぶことも、誰かに寄り添うことも、挨拶の仕方でさえも、

野崎は教えていなかった。


当然、頼み込んだ。

懇願した。

もう一年、半年だけでもいい。

一緒にいさせてくれ。

まだ律が知らないことがあるから、と。

だが、そんな願い聞き入れられるわけもなく。

野崎は律から引き離された。


律に会えなくなってからも、野崎は抗議を続けた。

これ以上は処分すると勧告されるまで。

処分、すなわちクビ。

大人しく、諦めるしかなかった。



「こんなもんかね。」

野崎は手帳の剥げた表紙を撫でる。

ぱら、と細かい破片が落ちた。



箱子に丁度良い子供はいくらでもいる。

次に育ての仕事が与えられたのは一年後だった。

律と別れ、局員として専念してた時に出会った六歳の女の子。

加賀玲。

違法薬物の所持で逮捕した男の子供。

母親は既に死別し、孤児寸前だった。

この世界は孤児が生きていけるほど甘くない。

野垂れ死ぬより良いだろうと、野崎は玲の育手となった。


律の時と同じように、訓練に関わることは許されない。

意識を手放した玲を抱き抱え、連れ帰る毎日。

律と違い、傷は一晩では治らなかった。

目を覚ますたび、痛い痛いと泣きじゃくった。

腫れた頬を、青くなった背中をさすりながら、

子供は傷の治りが早いと勘違いしていた自分を恥じる日々。

少しでも慰めになればと、ぬいぐるみを買った。

玩具は補助が出なかったから、自腹で。

絵本も、可愛い服も、喜びそうなものを

高くはない給料で買った。

変なのと言われることも、いらないとさえ言われることもあったが

野崎は気にせず与え続けた。

律と同じ失敗をしないよう、なるべく色々なものに触れさせたかったから。


十歳の時、もう一度来た別れの日。

野崎はやはり泣いた。

結構泣いた。引かれるほど。

玲も、泣いた。

兎のぬいぐるみ片手に、野崎の足にしがみついた。

その時ズボンにできた皺を、野崎は今も覚えている。



「あ、戻ってきやしたよ。」

「悪いな。遅くなった。」

「全然。あっしらも凶器を見つけただけですから。」

テープを潜る野崎に、河童はジップロックに入れたナイフを差し出した。

「凶器があるなら、犯人は人間だな。」

「そう決めつけるのはまだ早いです。」

ジップロックを受け取った野崎に、加賀が言った。

「最近は犯人が妖だと悟られないよう、わざと凶器に見せかけた刃物を置いていくことも増えています。

慎重にいくべきです。」

「あいよ。」

「なんですかその返事。」

「大将の真似だよ。」

「ふざけてる暇なんかあるんですか。」


ぴしゃりと怒られる。

野崎は心の中で腕を組んだ。

育手の間、なるべく色々なものに触れさせ

内面も育ってくれるよう気をつけた。

そのおかげか、玲は人間味を持って育った。

喜ばしいことだ。


ただ、問題がひとつ。

言葉遣いがきつい。

素直と言えば聞こえはいいが、少々感じが悪い。

今度は甘やかせすぎたようである。

思えば、情緒を育てることに夢中で躾を後回しにしていた。

思いやりがないわけではないが、気遣いが苦手になってしまった。


「難しいな、子育て。」

「なんか言いやした?」

「いや、独り言だ。」

ジップロックを河童に返す。

「先に戻ってるな。」

「へい。」「わかりました。」

河童と玲の返事が重なる。

野崎はテープを潜った。




「仰々しいよな、これ。」

管理局の前で、野崎は立ち止まる。

見上げた先にあるのは、青く主張する均衡管理局の看板。

鮮やかに光るそれは辺り一帯を寒色に染め上げる。


コツ、カッ

足音が近づいてくる。

左を向けば、野崎の顔は綻んだ。

「律、おつかれさん。」

足音の主は、武下。

片足を引きずり、右手で杖をついて歩いてくる。


あの日、安倍晴夜と遭遇した日。

律が死んだ、と野崎は泣いた。

十歳の別れが来た時よりも激しく。


だが、奇跡が起きた。

「やぴが来る」と余裕そうにする女が玲と話す傍ら、

耳を貫いた佐原の叫び声。

あまりの驚きに涙が引っ込んだ。

鮮明になった視界で野崎が見たのは、瞬きをする律の姿。

あの時の喜びは、今でも身を震わすほど。

あの瞬間、思わず隣の千樹に抱きついてしまったが、

馴れ馴れしかっただろうか。

野崎は反省する。



「任務か?管理局も人使いが荒いな。」

「...」

武下は相変わらず、無口で無表情だ。

必要ないと判断すれば何も答えない。

ただ、変わったことが一つ。

相手の顔を見るようになった。

黒い瞳が、野崎の口元を注視する。


「ほら、入れ。」

ガラガラと引き戸を開ける。

促せば、武下は杖をつきながら引き戸のレールを跨いだ。


生きていたとはいえ、死んでいないと可笑しい程の大怪我。

当然、五体満足とはいかなかった。

歪んだ骨盤は戻らないし、耳も聞こえなくなっていた。

粉々に砕かれた右手も、握力は弱い。

ペンすら落とすほど弱かったそれを、

杖を持てる程まで回復させた努力を野崎は知っている。



「っと、悪い。」

引き戸を閉めようとして、野崎は辞める。

足元にいたのは、一匹の狐。

どうも、と言うように会釈をし、軽い足取りでレールを跨いだ。

「すっかり可愛くなっちまったな、リョウ」

狐が振り返る。

『惚れちゃった?』


脳内に響くリョウの声。

念話だ。

「流石にないな。」

『良かったよ。俺も筋骨隆々のオッサンはお断りだからねぇ。』

十龍城砦

妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)

内側に進むにつれ治安が悪くなる



均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局

治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。

管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。

箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。

   管理局に貢献するためだけに育てられる。

   逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。



野崎茂 42歳 190cm 均衡管理局 半妖(鬼) 蛾骸下層出身

全身毛深い、優しい目、筋骨隆々

半妖で差別を受けながらも本人の性格が良いので周りから力を貸してもらえることもしばしばあった。

友人に勧められ、20代前半で入局。

半妖なので老いにくく、実年齢より若く見える。

元箱子の育手、現加賀のバディ。武下に情操教育をうまくしてやれなかったことに罪悪感を持っている。

加賀とはたまたま担当していた事件だったので知り合う。孤児となった子供がどんな運命を辿るか知っているため、それよりはマシだろうと加賀を引き取り箱子にするよう管理局に進言。武下の経験から、加賀の情操教育に力を注いだ。加賀のはっきり言いすぎる性格に困っている。加賀は娘みたいなものだし、武下は息子みたいなもの。


武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身

肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。

聴力を失い杖を必要とするようになったものの、相変わらず戦闘能力に長ける。術への耐性も健在。

教官として局員養成も行なっている(現在休職中)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた(いわゆる箱子)。

情操教育を受ける機会がなかった。


加賀玲 19歳 155cm 均衡管理局 人間 中梁層出身

茶髪のポニーテール、タレ目

箱子。物怖じしない性格で、はっきりものを言う。しっかりしてる。

先輩後輩関係はしっかり守り敬語も使えるが、佐原やリョウに当たりが強いし尊敬はしてない。武下のことは尊敬している。母親は出産時に他界。父親と暮らしていたが、6歳の時に違法薬の所持で父親が管理局に捕まる。

服役中の父親とは現在不仲。流れで箱子となり今に至る。

野崎により、情操教育はある程度されてきた。


リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

普段の言動から、軽い男と評されているが、人間に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。

教官として局員養成も仕事に入ってるが(現在休職中)、まともにやってない。

狐の姿になったが、その中身は変わらない。

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