表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十龍城砦  作者: 月ーん
14/29

偽落

どさり──

中梁層の路地裏、新聞配達のベルが鳴り出す早朝。

光の差し込まない城砦に、人の倒れる音。


「ま、対策してへんわけないんやけどな。」

手をひらりと振り、曲がったネクタイを直す赤いスーツの男。

爆ぜたはずの左手は、傷一つ無かった。

安倍晴夜は足元に転がった黒い男を見やり、冷たく息を溢す。

「この短期間で術式を再現して見せたんは大したもんやけどな。お陰で痺れてもうたわ。」

真っ黒な目は人形のように開かれ、どこかを見つめている。足先で顔を蹴ってみても、ごろりと転がるだけだった。

「...生きとんのか死んどんのか分からんな。」


未だ清浄さを保ち、百足(むかで)さえ近寄らない空間。

そこに転がる、さっきまで動いてた物。

安倍は眉を顰め、伸びた黒髪を掴み上げた。

鼻先に耳を当てても何も聞こえない。

「死んどるか...」

手を離せば、さっきと同じ音がする。

「呆気ないなぁ。」

それ以上興味を示すことなく、未だ違和感の残る左腕を擦る。


──『開変』


踵を返そうとした時、掠れながらも確かに聞こえた声。

術式が、開化した。




「よく生きてたね。」

管理局の廊下、給湯器の前。

栗毛の局員、朝奈が言う。


武下から無線が来た後、海里は目的もなく歩き回ったが

すぐに飽きて管理局に戻ってきた。

「はい。」

湯気の立つ紙コップが海里に差し出される。

海里はひったくるようにして一口飲んだ。

「にっっが!」

「おこちゃまだなぁ。」

朝奈が揶揄うように笑う。

肩を揺らしながら海里の手からコップを抜き取り、口をつけた。

ほぅ、と息を吐き、海里の顔を覗き込む。

「暇?」

「あ?」

「やることない?」

「...ねぇけど」

「よかった。ちょっと手伝って欲しいことあるんだよね。佐原さんがダウンしちゃって。」

視線の先を見れば、事務室のデスクで意気消沈している影がひとつ。

青白い顔、口から魂が飛び出した佐原。

垂れた涎が隣の紙の束を濡らしていた。


「ここにこれ押してくれれば良いから。」

海里を椅子に座らせ、後ろから判子を渡す朝奈からはなんとも言えない良い匂いがする。

香水ではない、恐らく本人の柔らかな香り。

紙の束を前に、海里は自分の耳が熱くなるのを感じた。

「おっけ?」

横から笑顔で首を傾げる朝奈。

海里の背筋が伸びる。

「あ、あぁ。」

「よし、なんかあったら言ってね。」

「ぁ、おい!」

向かいのデスクに腰掛ける朝奈ともう少し話したくて、海里は声を出す。

「ん?」

「俺、字書けなくて。教えてくれたり」

「判子押すだけだから大丈夫だよ。今度武下さんか野崎さんに頼んだら良いんじゃないかな。」

「ぁ...はい。」

明らかに落ち込んだ様子に、朝奈は笑い出す。

「私も時間あったら教えたげるから」

その言葉に海里が顔を上げた時、無線機が震えた。

「救援要請だ。リョウさんから。」

朝奈は立ち上がる。

「行きますよ?」

佐原の背をを叩けば

はっ、と慌てた様子で目を覚ます。

「来る?」

佐原から視線を外し、振り返った朝奈の問いかけに、

海里は反射的に返事をしていた。




ネオンが光り、ビカビカと点滅する路地裏。

「おのれ...」

安倍は周囲が震えるほど低い声を出す。

ギチギチと音を立て、痙攣する左腕。

睨みつける先。してやったりと歪んだ笑みを浮かべた妖狐がいた。




「この短期間で術式を再現して見せたんは大したもんやけどな。」

懐かしい声の代わり、聞こえた冷酷な声。

柔らかな光が、冷たい鉄に変わる。

瀬戸際から、リョウは目を覚ました。

優しく包まれるような心地よさが消え失せ、全身に痛みが走る。

体の表裏をひっくり返されたかのような気持ち悪さに、うめき声すら上げられなかった。


「...生きとんのか死んどんのか分からんな。」

さっきの声。もう一人の気配もする。

なんとか首だけ動かし、声がした方を見た。


散らばる弾丸、亀裂の入った敷鉄板。

その中心に立つ赤ワイン色のスーツの男が、黒ずくめの男の頭を掴み上げる。

なんだ、あれ。



──!!

それが安倍とボロボロになった武下だと気づいた瞬間、リョウは我に帰った。

警鐘が鳴り響く。

ここからどうする。どうやって切り抜ける。

リョウの頭は音を立て回る。


自分が気を失った後、安倍と闘ったであろう武下。

頭を掴まれても抵抗せず、されるがままの脱力した様子に最悪の事態が思い浮かぶ。

たたでさえ人手不足の中、民衆からの不信感も募る中、

この箱子が死ねば管理局はさらに窮地に立つ。

人間は弱い。死ぬときは死ぬ。

とはいえ、この人間に限って──

「死んどるか...」



殴られたような衝撃。

希望は限りなく淡くなる。

自分が気絶している間に...

周りに散らばる弾丸。

乱暴に折られた左腕。

原型を留めず腫れ上がった右手。


銃弾が切れて、素手で突っ込んでいった...?


いや、器用な人間だ。

死んだふりの可能性だって──


──どさっ


安倍が手を離せば、武下は重力に従った。

ただの抜け殻が落ちた、乾いた音。

ふりではない、本物のそれ()


あぁ...。

終わった。

死んでいる。

どう見たって、完全に。


絶望感。

自責感。

諦念感。


管理局が終わる。

すぐに逃げなかった千樹の、任務に割く局員をケチった上層部の──いぃや、違う。

俺のせいだ。

あの幼子の違和感に気づいた時点で、安倍晴夜を連想できなかった。

心の何処かで、武下が最後どうにかするだろうと頼っていた。

人間はすぐ死ぬとわかっていたのに、勝手に死なないものと思っていた。

呆気なく殺されてしまった。

俺のせいで、負けるところを想像する方が難しい人間が。




安倍晴夜が歩き出す。

俺の前を素通りする。

用は済んだと言うように、外れかけたネクタイピンを直しながら。


...逃すかよ

言ってやりたかったが、出たのは掠れた息。

満身創痍。だとしても、一発だけでも。

意味がなくとも、自殺行為だとしても、無傷で帰すわけにはいかない。


幸い、僅かながら妖気は残っている。


無理矢理立ち上がりかけた時、ふと、一枚の紙が目に入った。

武下の隣でくしゃくしゃになった、 掌ほどの紙。

狭い面積に、塗りつぶさんとするほど書かれた細かな文字。

術式の扱いに長けた脳はすぐに気づいた。

それが反環の術、その術式だと。

そして、それだけではないと。

自然と笑みが溢れる。

...優秀だこと。

よくよく考えてみれば、そうだ。

武下はただで死にに来るような真似はしない。

常に最悪の一歩先を歩く。

反環の術が効かないことも見越していたって可笑しくない。

反環の術に組み込まれたもう一つの術。

相手の弱点を広げるもの。


『開変』


路地裏を出て行こうとする背中に唱えれば、僅かに残った妖気が出ていく。

最後の一滴まで残さず全て、空になるまで。




「おのれ...」

安倍が振り返った。

怒りに満ちた声。鳥肌が立つほどの殺気。

いい気味だ。

センスの悪いスーツが歪む。

武下に作られた弱点が、左腕が、細かに震え出す。

「チッ。やりよったな。」

「やっちゃった。」

漏れた舌打ちがなんとも愉快だ。


心の底から笑いが込み上げる。

「去ね。」

安倍は乱暴に右手を払った。



現れたのは、──八百万の日本人形。

衣擦れの音で空気が震えるほどの数。

その一つ一つに握られた銅鑼が、ネオンの逆光に照らされ揺れる。


『構』


安倍の一言で、人形が一斉に動く。

銅鑼を叩く()()を構える音が、暴風のように響く。


『轟』


ドアアアァァァァァン

  ドアアァァァァン

    ドアァァァン


骨の髄まで響く振動。

反響し木霊する銅鑼の音が、鼓膜を破り、脳を揺らす。

妖気が尽き、勝手に落ちようとする体。



最後に、なんとか無線機を鳴らした。

十龍城砦

妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)

内側に進むにつれ治安が悪くなる




均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局

治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。

管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。

箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。管理局に貢献するためだけに育てられる。


武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身

肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。身体能力や術への耐性が異様に高く、戦闘能力に長ける。

教官として局員養成も行なっている(鬼教官)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた箱子。


リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

普段の言動から軽い男と評されているが、他人に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。

教官として局員養成も仕事に入ってるが、まともにやってない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ