第9話 一蹴
彼らに盛られた媚薬の効果は相当なもの。
シュナリアは完全に無力化されてしまったし、俺も万全とは言えない。
魔力を使えば媚薬が活性化して、さらに効果が強まってしまう。
だが、魔力を使わず、体術だけで切り抜けるのも難しい。
俺一人ならどうにでもなったが……動けないシュナリアを守りながらではな。
「仕方ないか」
媚薬はどこまでいっても媚薬。
爺との鍛錬で耐性をつけている俺なら、活性化しても理性までは失わないはずだ。
割り切り、頭の中で戦闘のそれへスイッチを切り替える。
媚薬の効果が遠ざかり、冷静さを取り戻す。
錯覚とわかっているが数十秒もてばいい。
静かに魔力を熾し、身体強化を施す。
身体強化は筋力や敏捷性はもちろんのこと、鍛え方次第で視力や聴覚にも及ぶ。
「朝の恨み晴らしてやるよッ!」
「死ねええぇぇええッ!!」
あちらさんは随分と荒ぶっているらしい。
そんなに恨みを買ってしまったのか。
俺は学園の仲間として接したかっただけなのに。
だが、まだ二度目だ。
仏の顔も三度までということわざもある。
広い心で許すべきだろう。
シュナリアが危機に晒されなければ、の話だが。
「少しは痛い目を見てもらうぞ」
幸い、彼らが用意した対抗策は媚薬だけなのだろう。
ドーピングの類いを使用している様子は見られない。
朝と強さが変わらないなら何人来ようと蹴散らせる。
淡々と攻撃を避け、一撃で昏倒させていく。
甘い連携では何人来ようとかすり傷一つつけられない。
爺一人の方がよっぽど手強い。
「なっ……媚薬は効いていたはずなのに、なんで動けるッ!?」
「痛みを我慢するのと同じだろう?」
「そんな簡単な話なわけが――」
「訓練次第だ。誰でも出来るようになる」
人間の可能性は無限大。
諦めなければ何でもできるようになる。
ソースは俺。
爺に扱かれていたら嫌でもな。
最後に残った赤羽くんの腹にボディブローを叩き込むと、鈍い呻き声を上げて気絶した彼を地面に横たわらせる。
予定通り制圧したところで魔力を収めると、
「……ッ、これは、少しキツイな」
全身へ一気に耐えがたい熱が巡った。
思考が抗いようのない性欲で満たされ、下腹部に痛みすら感じる。
わかってはいたが、こうなるのは避けられないか。
「淵神さん……ありがとうございます。私が動けず任せっきりになってしまって」
「問題ない。だが、今は近寄らないでくれ。衝動に任せて襲いかねない」
「……一つ、提案があります。私を淵神さんの部屋に泊めてください」
「本気で言ってるのか? 本当に襲うぞ?」
「淵神さんがそうしたいなら、そうしてください。平静を保っているつもりですけど……私も、限界です」
乾いた笑いを零したシュナリアの眼差しは蕩けていて、頬も赤い。
訓練をした俺でもここまでなる媚薬だ。
シュナリアは耐えがたい性的欲求に苛まれている事だろう。
「こんな状態で寮に帰ったら、それこそ他の人に襲われます。なんなら私から誘ってしまいそうで」
「……なるほど」
「ですから、その……淵神さんとなら、嫌ではない、ので」
気まずそうにしながら伝えられた言葉の意味を察せないほど鈍くはない。
理性が、煩悩に塗り替えられていく。
大義名分を得てしまい、思考が完全に偏った。
それで本当にいいのかとか考えている余裕もない。
「部屋までは、耐えられそうか?」
「絶対とは言い切れませんけど、どうにか。……私も一応乙女ですから、初めては流石にベッドの上で済ませたいので」
「なら、俺が運んでいこう。その方が早いし安全だ」
「え? ……ひゃっ!?」
へたり込んでいたシュナリアを姫抱きにする。
軽く、力を込めれば容易に折れそうな細い身体。
鍛えている様子はほとんどなく、柔らかくて暖かい。
媚薬で五感が敏感になっているのか、媚薬ではない甘さ……シュナリアの体臭と思しき匂いが鼻先を掠める。
ただでさえ興奮が高まっている中でのこれは、かなりまずい。
それでもこの場で襲ってしまわないように理性を強く保たねば。
「え、と……重くない、ですか?」
「軽すぎるくらいだ。もっと食べて肉をつけた方が」
「……胸は小さくないつもり、ですけど」
不満げな視線。
話が噛み合っていない気配がする。
「俺が言ったのは全体的な体型の話で、胸のことではないぞ。というか胸の話なら結構な大きさだと思っていたが」
「……意外とえっちな人だったんですね」
「…………悪い」
顔を赤らめながらジト目を向けられては謝罪以外をしようがない。
俺も男だ、どうやったって一度は視線が向いてしまう。
けれど、今はそんな問答をしている時間すら惜しい。
「寮まで走る。舌を噛むから喋るな」
「わかり、ましたっ」
返事も聞いてから素の身体能力の限界を攻める速度で寮まで駆け抜ける。
途中、すれ違った人に奇異の視線を向けられたものの、足を止めることはない。
シュナリアは両目をきゅっと瞑り、身を縮こませて耐えていた。
寮に帰って変わらずの無表情で出迎えてくれるメイドさんに会釈すら返さず、そのまま部屋へ。
女性へ無条件に興奮を覚えて襲うかもしれない以上、無礼は大目に見てほしい。
なんとか部屋に辿り着き、ロックを解除して中へ。
玄関、廊下、リビングを通り過ぎ、寝室のベッドへシュナリアの身体を降ろした。
――そして、気付けば俺もシュナリアへ覆いかぶさっていた。
俺も限界が来たらしい。
思考が飛ぶほどきついのは初めてだ。
シュナリア……女がいるからだろうか。
爺との訓練では異性が身近にいなかった。
「……運んでくれて、ありがとうございます。いきなり押し倒されるなんて、思っていませんでしたけど」
「…………そんなつもりじゃなかったんだが、身体が勝手に」
「いいですよ。わかりますから。淵神さんも辛いんですよね? ……私も同じです」
なので、と。
シュナリアの腕が伸びてきて、俺を軽く引き寄せる。
照れと羞恥と、媚薬の効果で高まった性欲とが混ざり合って、蕩けてしまった顔がへにゃりと笑みを作った。
「…………初めて、なので。優しくしてくれますか?」
「善処はするが、自信はない」
「淵神さんは優しい人、ですから……信じていますよ」
その言葉で理性を保つ必要が無くなったのだと悟り――己が内に渦巻く欲望のままにシュナリアと身体を重ねた。