第8話 闇討ち
食事も終えたところで、俺はシュナリアと共に学園迷宮の第一層へ向かった。
入学試験の時と違い、迷宮転移門前の広場には上級生の姿もある。
パーティごとに集まって真面目に会議しているところもあれば、誰かを犬のように虐げながら嗤っている悪趣味なのも目に付く。
シュナリアのお陰でそれが『第零』の普通なのだと心得たが、不快なことに変わりはない。
「シュナリア、行こう。離れるなよ」
「はい」
胸を張って歩き、手を繋ぎながら揃って迷宮転移門の膜に触れる。
身体的接触をしながら転移をすることで、別々の場所に転移させられる事故を防いでいるらしい。
転移特有の酔いが落ち着き、目を開ける。
薄暗い洞窟型ダンジョンの中。
昨日も立った第一層のスタート地点だ。
シュナリアの手の感覚も変わらない。
「今日は第一層の踏破が目標だ。新入生で込み合うはずだからな。早めに抜けて下の層を見ておきたい」
「私も淵神さんと同意見です。変に絡まれるのも面倒ですし」
「てことで今日は休憩なしで突っ切るぞ。昨日通った道は覚えている。記憶力だけは無駄にいいんだ」
「……なるほど。混んでいる正道を通らなくていいのはありがたいですね」
そうして始まった二度目の第一層探索。
昨日のうちに一層の魔物の強さは把握している。
戦闘も俺は苦戦しないし、シュナリア一人でも問題ないレベルだ。
そのため二人で身体強化を施し、俺が先導する形で駆け抜けた。
結果、何度かあったゴブリンとの戦闘でも手傷一つ負うことなく切り抜け、昨日のゴール地点……階層守護者が待つ広間に辿り着く。
「扉が閉まっている……ということは、階層守護者がリポップしていますね」
「今日は俺たちが一番乗りだったのか」
「身体強化で駆け抜けたと言っても正道を通っているはずの人より早いとは思いませんでした」
「こんな楽な攻略は道を覚えている一層だけだ。二層からは入学試験の時みたいに歩き回ることになる」
「階層のマップデータを買ってみてもいいのでは? 合同でお金を出しますよ。私たちの戦力ならいけるとこまで潜って、安全マージンを取りながら稼げばすぐに取り返せるかと」
「細かいことはわからん。シュナリアに任せてもいいか?」
「……その辺も後でお話しましょう」
呆れられている気がするものの、今はいい。
呼吸を整え、シュナリアと頷き合う。
二人で黒鉄の扉を押し、階層守護者が待つ広間へ。
昨日はアルトが待っていたそこにいたのは杖を持ったゴブリンと、取り巻きのゴブリンが数匹。
「ゴブリンマジシャンですね。下級魔術を使うので注意を」
「油断しているつもりはないんだが……相手にならなさそうだな」
「でしょうね。淵神さんは見学していますか? 私一人でも倒せるかと」
「ならさっさと片づけた方がいい。いくぞ」
グッギャグッギャと響く耳障りな声。
それに惑わされず踏み込み、一気に力を込めて距離を詰める。
取り巻きのゴブリンは無視。
俺の速度についてこられないゴブリンを抜き去って、ゴブリンマジシャンの懐へ。
「『烈掌』ッ!!」
引き絞った腕へ魔力を流し、放った掌底に乗せて解き放つ。
ドッ!! と重い音がゴブリンマジシャンの腹で炸裂。
呻き声を上げることすら許さず、痩躯をくの字に折り曲げながら吹き飛び、広間の壁のシミになったところで絶命する。
「『炎弾』ッ!!」
ボスが一瞬のうちに倒され呆けていたゴブリンをシュナリアが放った炎の魔術が襲い、容赦なく焼き焦がす。
肉の焼ける嫌な臭いを漂わせながら倒れた取り巻きと、ゴブリンマジシャンが魔力に還っていくのを眺めながら残心。
「お疲れ様でした、淵神さん。これで一層は攻略ですね。ドロップアイテムは何かありましたか?」
「魔石とポーションだったな」
「一層なので下級ポーションですかね。効果は低いですが切り傷や打撲程度ならすぐに治りますし、あればあるだけ腐らないものですよ」
「なら、これはシュナリアが持っていてくれ。俺は自己活性である程度の傷ならすぐに治せる」
「……そういうことならありがたくいただいておきます。魔石は全部淵神さんが持っていってください。パーティでダンジョン探索をするなら報酬は山分けが基本ですから」
「シュナリアがそれでいいならそうしよう」
シュナリアが端末のストレージに仕舞っていた魔石を俺に預け、代わりにボスドロップのポーションを仕舞い込む。
本当に便利な機能だな。
これなら荷物があってもかさばらない。
容量制限があるとはいえ、かなりお世話になりそうだ。
「シュナリアは精霊魔術だけでなく属性魔術も使えるんだな」
「得意なのは炎と闇、吸血鬼特有の血属性ですね。安定性を加味すると、杖のない現状では血属性は使いにくいですが」
「魔術師の杖は魔術の指向性を定める意味でも大事と聞く。けれど、シュナリアは杖なしでも扱えているように見えるぞ」
「沢山練習しましたから。……と、忘れないうちに転移門の有効化もしておきましょう。これで次回は二層から探索を始められます」
シュナリアに倣って転移門に触れておく。
原理は未だに不明らしいが、こうすることで自分の探索情報を転移門に刻み、その層へ転移できるようになっているのだとか。
ダンジョンは未だにわからないことだらけだが、便利な機能を使わないわけにもいかない。
有効化も済ませたところで今日のダンジョンは終わり。
再びの転移で学園に戻ると、空はすっかり暗く染まっていた。
「今日はありがとうございました」
「俺の方こそシュナリアがいてくれて助かった。明日も潜るつもりだが、よかったら一緒にどうだ?」
「もちろん一緒に行かせてください。なるべく早く強くなっておきたいので」
「了解だ。今日は遅いから寮まで送るぞ」
「……では、お言葉に甘えて」
入学試験の彼らや、今朝の赤羽くんみたいに絡んでくる人がいないとも限らない。
学園の怖さは教えてもらったばかりだ。
それくらいの警戒はしておくべきだろう。
……と、思っていたのだが。
「本当にそうなるとは」
「え?」
「闇討ちだ。しかもこの気配は……赤羽くんも懲りないな」
寮に続く、街灯が照らす道の途中で足を止める。
すると、暗がりからぞろぞろと武装した生徒たちが現れた。
闇に紛れるためか黒い外套を纏い、口元をマスクで覆った彼らは、あっという間に俺たちを取り囲む。
「借りを返しに来たぞ、淵神。いくら推薦入学者のお前と言えど、この人数を相手に足手纏いを守りながらでは厳しいだろう?」
くつくつと笑うのは顔を見せた赤羽くん。
随分と恨みを買ってしまったらしい。
そこまでのことをした覚えはないんだがな。
教室でのことは正当防衛だろう。
「そして、確実にお前たちを葬るために素敵なプレゼントも用意してきたんだ、よッ!!」
赤羽くんが懐から取り出した何かを俺たちの足元へ投げつけ、すぐにマスクを着け直す。
投げつけられたのは小さな包み。
それが地面に当たると破裂し、すぐに甘ったるい匂いが立ち込めた。
その匂いを嗅いだ途端、頭の奥が痺れるような酩酊感と急激な性欲の高まりに襲われ、呻き声が漏れてしまう。
「……っ、これ、は」
「シュナリア、なるべく吸わずに魔力を使うな。魔力で活性化する媚薬だ」
「…………道理で、身体が熱いと思いました」
シュナリアが口元を抑えるも、既に吸い込んだ後なのだろう。
顔が赤く染まっていて、内股になりながら太ももを擦り合わせている。
俺が気づけたのは訓練と称して爺に盛られたことがあるから。
昔は頭がおかしくなるほどの性欲に見舞われたが、何とか耐えられている。
それでもシュナリアに吸血された時よりも酷いのは流石媚薬と言ったところか。
「……何でお前は平然としているんだ。おかしいだろう。オークの睾丸から作られている強烈な催淫作用を持った媚薬の濃縮粉末だぞ!? 人間が耐えられるわけが――」
「鍛錬の賜物だな。小細工は終わりか? それなら片付けさせてもらうぞ」
「……ッ!! いけ、お前らッ!! どうせ強がっているだけだ!! 薬は確実に効いているッ!! 動きが鈍っている間に殺せッ!!」