第7話 『第零』の普通
「魔力測定も終わったから今日はこれで解散ダ。明日の授業は九時からだが……別に出席しなくたっていイ。お前たちに求められているのは頭の良さじゃないからナ」
にゃはは~、と笑いながら教室を出ていく夜鈴。
今日はこれで終わりらしい。
初めは疑っていたクラスメイトも一人席を立ったのを皮切りに解散する。
今度は赤羽くんも絡んでこなかった。
「終わってしまいましたね……」
「だな。まだ昼だってのに。取り敢えず腹ごしらえをしたいな。シュナリアも良ければ一緒にどうだ?」
「それは構いませんけど、どこで食べます? 食堂はどこも混むでしょうし」
「多分だが、俺の寮は空いてるぞ。今朝も数人しか使っていなかった」
「そんなわけ……あ、天照寮は推薦入学者しか入寮できないんでしたね。お部屋も凄く広いみたいですし、サービスも至れり尽くせりと聞いています」
「ん? 寮は別でも部屋は同じじゃないのか」
「全然違いますよ。私を含めてほとんどの新入生は通称四季寮と呼ばれる四つの寮のどこかに入っています。部屋はワンルームですし、部屋にお風呂もシャワーもありません。大浴場と食堂は時間が制限されていますけど、最低限の設備があるだけでもありがたいです。けれど……やっぱり羨ましいと思いますよ」
羨望の眼差しを向けてくるシュナリア。
部屋が狭いよりは広い方がいいのはその通りだ。
飯と風呂の時間が決まっているのは自由が効きにくくて面倒に思う。
それを聞くと、俺の寮が恵まれているのがわかる。
「正直一人で使うのは持てあますくらいだぞ。招待できるならしたいところだが……この際だし聞いてみるか。シュナリアも施設を使えるならこっちの寮で昼飯を食べて行けばいい」
「……いいんですか?」
「聞くだけタダだからな。飯も一人で食べるより二人で食べた方が美味しいし、朝も人が少なかったから席は余ってると思う。その代わりに学園のことを教えてくれると助かる」
「もちろんですよ」
快く頷いてくれたシュナリアと共に天照寮へ。
途中、試しに覗いてみた食堂は人で溢れかえっていた。
お昼時はここまで混むのか。
もしかしたら俺の寮も……と思いながら天照寮に帰り、手近なメイドさんへ話を伺う。
「すまない、聞きたいことがあるんだが」
「お帰りなさいませ、淵神様。どのようなご用件でしょうか」
「寮に泊っていない生徒が寮に立ち入るのと、食堂を使えるのか知りたくてな」
「どちらも入寮者同伴であれば問題ありません。また、宿泊だけでなく、恒常的に住まわせる行為も認められています。固定パーティを組む場合はご一考ください」
「……なるほど、理解した。ありがとう」
感謝を伝え、シュナリアと共に寮の中へ。
シュナリアは何やら難しい顔をしていたが、中に入るなり驚いていた。
曰く「こんなに豪華と思っていなかった」とのこと。
これで驚いていたら部屋に案内したらひっくり返るんじゃないだろうか。
食堂へ向かうと朝よりは人がいたものの、席は選びたい放題なくらい空いている。
一瞬、食事中の生徒の視線が俺たちへ向いたものの、すぐ食事に戻った。
「……この食堂、生きた心地がしません」
「黙々と食事をしているように見えるが」
「目に見えないプレッシャーをひしひしと感じるんです。私が寮外の生徒だからかもしれませんけど」
「なら、部屋に料理を運んでもらおう。多分出来るだろ」
「淵神さんのお部屋で食べるんですか?」
「嫌なら断ってくれていい」
「……嫌ではありませんよ。ちょっと思考が逸れてしまっただけで、ええ、他意はありません。本当に、これっぽっちも」
ほんのり顔を赤くしながら話し続けるシュナリアを不思議に思いながら、一旦部屋へ案内する。
部屋に備え付けの電話でメイドさんに用件を伝えればいい。
「ここが俺の部屋……どうした? 急に固まって」
「…………なんでもありません」
「緊張せずに寛いでくれ。料理を持ってきてもらえるか聞いてみる」
リビングに通したら立ち止まっていたシュナリアへ声を掛けながら電話に手をかけ、
「あの、淵神さん。お部屋にキッチンがあるみたいですけど」
「調理器具も食材も一通り揃っているぞ。面倒だから使う気は起きないが」
「もしよかったら、なんですけど……私が作ってもいいですか?」
「手間をかけることになるが、本当にいいのか? シュナリアがいいなら俺は問題ない」
「大丈夫ですよ。こんなにも立派なキッチンがあるのに使わないのは勿体なく思えてしまって」
「俺も手伝うぞ。大雑把な男料理しか出来ないが」
山で暮らしていた頃は自炊もしていた。
自分で食うくらいの料理は出来るつもりだ。
シュナリアはやや悩み、首を横に振る。
「今回は一人でさせてください。昼食にありつけるのは淵神さんのお陰ですから」
「そういうことなら任せよう」
「ありがとうございます。淵神さんを邪魔に思ったとかではないので、誤解しないで頂けると」
「もちろんだ」
シュナリアはそんな冷たい人間じゃない。
一人で料理したいときもあるはずだ。
であれば、シュナリアの手料理を楽しみに待つとしよう。
■
「ご馳走様。どれも美味しかった」
「そう言っていただけると嬉しいです」
心からの言葉にシュナリアは控えめな笑みを浮かべる。
シュナリアが作ってくれたのはハンバーグをメインにサラダとコンソメスープ。
俺が山で作っていた大雑把な男料理と違い、どれも絶品で見た目や栄養にも気を遣った昼食だった。
ハンバーグは噛めば噛むほど肉汁が溢れ、あっさりとしたソースが絡んでもう一口と食べたくなる魅惑の美味さ。
サラダもコンソメスープも文句なしで食べ終わるまで箸が止まらなかった。
「おかわりもありますよ?」
「それなら頂こう」
結局二度ほどおかわりをして腹も膨れたところで、忘れていた目的を思い出す。
「食べるのに集中して学園のことを何も聞けていなかったな」
「……そんなに美味しかったんですか?」
「美味かったな。毎日食いたいくらいだ」
「…………考えておきます。それより、学園のことでしたね。何からお話するべきか悩みますが……」
「シュナリアが必要だと思うことはなるべく全部教えてもらえると助かる」
「わかりました」
返事をして、シュナリアは俺が朧気にしか知らなかった学園のことを教えてくれる。
『第零』の敷地内は治外法権、何でもありであること。
断りなしには卒業まで敷地内を出られないこと。
他にも夜鈴が言っていたことを再度教えてくれたが、問題はこの先。
「『第零』に通う生徒の基本構造は支配と従属。淵神さんも目にした通り『第零』では貴族が幅を利かせています。入学前に準備を整えていた貴族が、ここ以外に行く当てがなかったり売られた平民の生徒を虐げ、支配下に置くことで学園生活が成り立っているんです」
「なんだそれは。仲間と友達じゃダメなのか?」
「普通の学園ならそうなるべきでしょう。ですが、ここは『第零』。守ってくれる法も、裁く法もないんです。『第零』の貴族は同じ身分の貴族だけを消極的な味方とみなし、平民をゴミ同然にしか思っていません。生徒間での暴力、殺人、強姦なんかは日常茶飯事です。私も淵神さんに助けていただかなければそうなっていたと思います。……本当にありがとうございました」
「礼を言われるほどのことはしていない。俺も入学試験では助けてもらったし」
「だから私はダンジョンで淵神さんに助けていただいた際に伝えたんです。私のことは好きに使ってくれて構いません、と。私を性処理の道具としか見ていない傲慢な男子に……処女を奪われるくらいなら、助けてくれた恩義を返す意味でも淵神さんに捧げた方が遥かにマシですし。……それで気に入られたら守ってもらえるかも、という打算があったのは認めますが」
最後にシュナリアが付け足すも、事情を知れば納得できる理屈だ。
入学試験で襲ってきた彼ら然り、クラスメイトの赤羽くん然り――貴族というやつが仲間や友達を軽視しているのは肌で感じていた。
しかし、そこまで歪んでいるとはな。
特に平民の女子は大変な目に合っているらしい。
だからあんなにも嫌な空気が教室中に蔓延っていたのか。
思えば赤羽くんと言い合っているときも周りは見ているだけだった。
虎視眈々と隙を窺う狩人みたいに。
「すまない。記憶違いでなければシュナリアも貴族だったと思うんだが」
「私は元貴族で、今はただの平民です。しかも曰く付きとあれば、不満をぶつける対象としては都合がいいですし」
まるで弱い者いじめだな。
「ですが、貴族も喧嘩を売らない存在がごく少数だけいます。それが淵神さんを含めた推薦入学者。『第零』の推薦基準はかなり厳しく、身分は不問。純粋な戦闘能力だけを求める学園の基準に達した彼らと比較すると、家の方針で魔物との戦いを経験している貴族程度では話になりません」
「そんなことはないと思うが」
「ダンジョンでも教室でも圧倒していたのは誰ですか?」
「圧倒はしていない。出来ることをやっていただけで」
「魔力測定で測定不能を出したのは?」
「日々の鍛錬の賜物だな」
不正はしていないから誇っておこう。
実のところ、何処まで凄いのかがわかっていない。
教師陣は測定不能らしいから、鍛錬次第で全然辿り着ける領域なのでは?
「……まあいいでしょう。それから、淵神さんは理解していないかもしれないので伝えておきますが、学園が言う退学の意味は殺処分です。入学試験で不合格になった生徒は既に死んでいるか、学園側が手を下しているかと」
「それはいくら何でも厳しすぎないか?」
「他の探索者学園なら命までは取りません。ここが『第零』だからですね」
「まさか『第零』は普通の学園じゃないのか?」
「今更ですか? いくら探索者を育てる学園でも、退学=死なんて極端な判定はどう考えても普通じゃないです」
「……爺め、騙したな?」
今頃山小屋でほくそ笑んでいるであろう育ての親を思い浮かべる。
推薦状を書いてもらったし、山を出るきっかけになったことは感謝しよう。
「住めば都という言葉もある。シュナリアとは友達になれたわけだし、俺は普通の学園生活を諦めないぞ」
「……こんな学園で友達と呼んでくれる人が出来るとは思っていませんでしたよ」
「人生何があるかわからない。諦めなければ普通の学園生活も実現できるかもしれんな。とはいえ、まずはダンジョン攻略を進めるべきか。一年で十層まで踏破しないと退学になるんだろう?」
「淵神さんなら慌てる必要はないと思いますが、余裕を持っておくのは大切だと思います」
「じゃあ、早速行くか。シュナリアも来てくれるか?」
「私で良ければ。……周りからは寄生だなんだと言われそうですけどね」
「探索を一緒にする仲間なんだから寄生も何もないだろ」
浅い階層だからあっさり踏破出来ているだけだ。
今は良くても深い階層に潜るようになれば一人の無力さを嫌でも実感する。
俺は所詮殴る蹴るの力技しかない脳筋だし。
必要なのは背中を預けられる仲間。
なのに支配やら隷属やら、そんな関係で縛った誰かと集中してダンジョン攻略ができるとは思えない。
とにかく頑張ってみるとしよう。
ゆくゆくは仲間も集めたいな。
五人もいればバランスのいいパーティが出来るはずだ。
「それはそうと……男女が二人でパーティなんて組んでいたら、そういう仲だと思われそうです」
「あながち間違いとも言い切れないのが、な」
「あれは……っ! ……吸血の副作用を鎮めるための医療行為みたいなものですし」
「だとしても俺は嫌じゃないぞ。据え膳食わぬは男の恥と爺も言っていた。それに、そういうのも『第零』では普通なんだろう?」
「……そう、ですけど」
「なら、変に意識し過ぎるのも良くない」
「意識させたのは淵神さんだと思うんですけど」
不満げなジト目を向けられながら、テーブルの下でこつんと脚にシュナリアのつま先が当てられる。
随分と可愛らしい拗ね方じゃないか。