第6話 計測不能
「欠席はいないらしいナ。お行儀のいいクラスらしイ。例年だと初日から何人かいないこともあるんだが……まあ、しばらくすれば虫食いになるのはわかりきっているカ」
夜鈴は席に座った俺たちを教壇から流し見て、興味なさそうに口にした。
席は自由だったので俺とシュナリアは並んで座っている。
クラスメイトから早くも避けられている雰囲気を感じて悲しい。
楽しい学園生活を送るなら友達は何人いても嬉しいのに。
絡んできたクラスメイトも大人しくしているのは、夜鈴の力量の一端を目にしているからだろう。
俺も進んで逆らいたいとは思えない。
後学のために一戦交えたいとは思うが。
「今日はただの説明日だから気を楽にするといイ。まず、授業についてダ。教養科目……普通の学校でやるようなお勉強は午前だケ。午後は自由サ。トレーニング、サークル活動、ダンジョン探索……部屋に籠って淫行に耽っていても構わなイ」
意外と自由に使える時間が多いらしい。
それだけあればダンジョン探索も捗ることだろう。
「ぶっちゃけ授業に出席する必要もないゾ。学期末試験も筆記は赤点で問題ないが、実技試験は一度まで再試験が認められていル。内容は指定された階層のダンジョン探索。お行儀のいいお勉強より実戦が評価されるってわけダ。一年一学期の目標は三層、進級には十層踏破が必須ダ。留年はないから気を付けるようニ」
『第零』の教育方針は緩いらしい。
授業にも出席しなくていいとは驚きだ。
座学よりも探索者としての能力が重要なのはわかったが……俺はなるべく授業も出ておきたいな。
山では一人で爺に与えられた問題集を解くだけだったから、クラスメイトと授業を受けるのに憧れがある。
「学園内で物を売買するには学園内通貨の『エン』が必要になル。所持残高は自分の端末を確認しロ。初期金額として十万エンが振り込まれていル。毎月五万エンが支給されるが、しっかり考えて使うんだナ。稼ぐにはダンジョンで拾ってきた魔石や素材、ドロップアイテム、遺物などを学園ないし生徒個人に売るのが一般的ダ。他の手段は各自で調べろヨ。稼ぐ手立ても学園で生きるための知恵だからナ」
端末を確認してみれば夜鈴が言っていた通り十万エンが振り込まれている。
これがどれだけの価値なのかわからないが、口ぶりからしてそこまで多いとは言えないのだろう。
「教科書類は後から配るから待っていロ。今日は身体測定の後に魔力測定をして解散ダ。身体測定の会場は男女別だからナ。順番が来たら案内してやル。いくら治外法権の『第零』といえど、こんな時も盛られては事が進まン」
身体測定か……学校らしくていいな。
魔力測定は山暮らしだったからやったことがない。
爺は「それなりだ」と言っていたはずだけど、どうだろう。
適当な嘘をよくつくからなあ。
「やんちゃするのはいいが、教員を怒らせると碌なことがないとだけ先に言っておくヨ。『第零』のルールは生徒だけでなく、教員にも適応されル。教員の逆鱗に触れた生徒が殺される……なんてこともあるからナ。楽しく学園生活を送りたければ喧嘩を売る相手は選ぶんだナ」
夜鈴が札の奥で俺を見た、気がした。
俺は喧嘩を売った覚えはない。
仲間を守ろうとしただけだ。
そうこう話していると教室の扉がノックされる。
「お、うちのクラスの番らしイ。先に男子から案内するからついてくるんだヨ」
夜鈴を先頭に会場へ案内され、身体測定が始まった。
身長体重などなどを計測し、用紙を渡される。
176センチ、65キロ。
握力は魔力非活性の計測でも70キロあった。
りんごを素手で潰せるとかっこいいからな。
視力聴力は一切問題なし。
山暮らしでここが悪かったら暮らしていけない。
その他項目も良好で、嘘みたいな健康優良児との評価を頂戴してご満悦だ。
身体測定が終わったら魔力測定へ。
女子も合流すると新入生の数の多さが窺える。
列の先で計測中の人を眺めると、機械に繋がった板に手を当て魔力を放出していた。
結果は横のディスプレイに表示されるようだ。
一人一分もかからないらしい。
どんどん列が進み、俺の番。
「板に手を当てて、魔力を出す。放出まではさせなくていいから楽だ」
魔力を練り、右手に流す。
どんなもんかな、などと呑気なことを考えていたら、
ブーッ!! ブーッ!! ブーッ!!
けたたましいアラートが鳴り響き、注目が集まる。
まさか壊してしまったのか?
だとしたら申し訳ないことをしたな。
表示も計測不能だし……これは俺が弁償しなければならないのだろうか。
不安に思っていると、慌てて係員が飛んできた。
「え……? 計測不能? 壊れた…………わけではなさそうだが。すまない。君、もう一度隣で計測してみてくれないか」
言われるがままに空いたばかりの隣の計測器で再計測。
なるべく同じ状況を再現するべきだろう。
魔力を練り、右手へ――
ブーッ!! ブーッ!! ブーッ!!
……どうやらまた壊してしまったらしい。
「計測器を二つもダメにしてしまったようだ。申し訳ない」
係員に謝ると半笑いしながら「壊れていないから大丈夫だぞ」と教えられた。
つまり計測した結果が計測不能ってことなのか?
いつの間にか他の係員も集まって、興味深そうに俺を見ている。
「本当に計測不能らしいぞ。機械の故障じゃない」
「今年二人目か。豊作だな」
「おめでとう、新入生くん。君は学年……いや、学園生徒でも屈指の魔力量らしい。計測器はあくまで一定値までの魔力を測れるだけの機械だ。許容量を超えれば計測不能と表示される。うちの教員はほとんど計測不能表示だからな」
「そうだったのか」
だからといって俺が夜鈴と同じ力量を持っているとは考えにくいが。
後ろに並んでいる生徒から化物を見るような目を向けられながら会場を後にする。
教室に戻ると、俺たちが測定を行っている間に配られた教科書が席に積まれていた。
それらの整理をしていると、シュナリアが戻ってくる。
「シュナリアはどうだった?」
「え? ええと……可もなく不可もなく、ですかね。淵神さんはどうだったんですか? 魔力測定の方では測定不能が出たって騒ぎになっていましたけど」
「俺のことか? 他にもいたって聞いていたから、珍しくないと思っていたんだが」
「……そうでしたか。やっぱりすごいですね」
「どれくらい凄いのかわからん。いくら魔力があったところで有効的に使えなければ意味がないだろう?」
「魔術師の端くれとして言わせてもらうなら、魔力はあるだけ嬉しいです。ない袖は振れませんから」
「なるほど、道理だ」
使い方は後付けでもどうにかなる。
魔力も鍛えれば増えるが、微々たる変化を許容できる人間は一握り。
他にも位階上昇……魔物を殺して魂の格を上げれば魔力量も増えると言われているが、これはなかなか難しい。
頻繁に起こることでもないし、意図して起こす方法はないとされている。
一説によると格上との死闘を経験することが大事らしいが、相応の危険が伴う。
「それにしても教科書が多い。こんなに使うのか?」
「真面目に授業も受けるなら、ですけどね」
「つまり全部大事なものってわけだ。俺は真面目な一般生徒だからな。無遅刻無欠席を目指すぞ」
「『第零』でそこまで品行方正な生徒は珍しいと思いますよ。多分、明日は半分も登校して来ないと思います」
「なんだと……? 授業をサボるとは学生の風上にも置けないな。シュナリアもそのつもりだったのか?」
「そのつもりでしたけど、淵神さんが出るなら付き合いますよ。……私も本当は、普通の学生生活を送ってみたかったので」
志を共にする仲間がいてくれて俺は嬉しい。
一緒に楽しい学園生活を目指そうじゃないか。
当面の目標は友達百人だな。
クラスメイトとも交流を深めなければ。
いやあ、楽しみだ。
「ひぃっ……化物がこっち見た」
「あいつ目つきやべぇぞ。関わるなよ」
「なんであんなやつがいるんだよ……」
……初日から遠巻きにされている気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。
俺は性善説を信じている。
腹を割って話せば楽しい学園生活を送る上での友達と仲間の重要性を理解してくれるはずだ。