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第4話 試験合格

「ん……っ、ぅ」


 軽い呻き声。

 膝の上で眠っていたシュナリアが身じろいたのを感じ取り、俺も目を開ける。


「……ダンジョンの中でこんなに眠ってしまうなんて」

「起きたか。よく眠れたみたいだな」

「ええと、その……おかげさまで」


 シュナリアが顔を合わせようとしないのは、寝る前のことを思い出して気まずさが勝ってしまったからだろう。

 というのも、吸血の副作用で軽い発情状態に陥った俺たちは、相互に慰め合うことで落ち着きを取り戻した。

 悪いことをしたかと思う反面、初めて経験する感覚が鮮明に刻まれている。


「重ね重ね言いますが、淵神さんは何も悪くありませんから。私が副作用のことを黙っていたからです。男女がああいうことをするのも……ダンジョンでは普通ですし」

「普通、か」

「それより、もしかしてずっと起きていたんですか? 私だけ淵神さんの膝を枕にしてしまって……」

「問題ない。目を瞑っているだけでも休息になる。シュナリアが寝ていたのは二時間に満たない程度だ。人も魔物も近寄ってこなかった」

「ありがとうございます。もう大丈夫なので、先を急ぎましょう。血を頂いたおかげで傷も癒えましたから」


 起き上がったシュナリアが差し出した手を握って、俺も立つ。

 気力も充実しているうちに踏破してしまいたいところだ。


 再びシュナリアが精霊魔術を用い、道案内の精霊を呼び出し先へ進む。

 傍から見ていると便利なものだな。

 使い手からすると色々な不便があるのかもしれないが。


 遭遇する魔物を片付けるのは俺の仕事。

 弱すぎて大した運動にもならず、気が抜けそうになる。


「淵神さん、一つお話しておかなければならないことがあります」

「なんだ?」

「恐らくダンジョンのどこかで貴族の生徒から奇襲されると思います」

「……何のために?」

「入学後に備えて戦力を補充し、派閥を広げるためです。選民思想が強い貴族は平民を虐げて配下に置こうとします。男は戦力、女は慰み者として従わせる行為が『第零』では横行しているので」

「従わなければ殺される、というわけか」

「私を見捨てたのも釣り餌のためでしょう。女という存在だけで男を釣れます。私が引っ掛けた人もろとも吸収しよう、という魂胆かと。……すみません、こんな大事な話を引っ張ってしまって」


 入学試験で殺し合いが起こるのはどうかと思うが、それが普通なら仕方ない。

 郷に入っては郷に従え。

 治外法権の『第零』には、『第零』なりの流儀がある。

 新参者の俺が異を唱えるわけにもいかないだろう。


「いや、問題ない。話してくれて助かる。俺は『第零』のことをほぼ何も知らないからな」

「……では、どうして『第零』に?」

「育ての親の爺に勧められたら断れないだろう? 推薦状まで書いてもらったしな」

「推薦状を? 紹介状ではなく?」

「確かに推薦だったな。門番も驚いていたが」

「……道理で強いわけです」


 推薦は強者にしか与えられないと考えるのは早計か。

 俺より強い人がいないとも限らない。

 油断せずに行こう。


 とはいえ――


「この弱さなら素手で誰でも踏破できるだろうな」

「……そんなわけありませんからね? 第一層のゴブリンは成人男性一人分程度の強さと言われています。魔力が使えず、戦いに慣れていなければ簡単に負けてしまうかと」

「そう聞くと強そうに聞こえるが、所詮成人男性一人分という気もする」

「一体だけならいいかもしれませんけど、複数体集まるとかなり厄介ですし」

「確かにそうだった。ゴブリンは悪知恵が回り悪辣な手段で戦ってくる。武器に毒を塗ったり、死んだふり、暗闇に乗じて奇襲は当たり前。連携も巧みだし、魔術を使う奴とか頭を潰しても死なない奴もいたな」

「……そんなゴブリンは第一層にはいません。いてももっと下の層ですよ」

「そうなのか? 俺が住んでいた山には普通にいたんだが」

「どこの人外魔境ですかそれ」


 爺と二人でも安心安全な、ちょっと魔物が出るだけのなんの変哲もない山だ。


 そんなこんなで歩いていたところ、前方に誰かが隠れているような気配を感じた。


「シュナリア、止まれ。誰かいる」

「っ」


 手で制すると、シュナリアもピタリと脚を止めた。

 表情に緊張が滲んでいる。


「人だ、七人。奇襲にしては随分お粗末な隠形だ」

「私には薄っすら魔力を感じる程度ですが……」

「まずは文明人らしく対話を試みるべきだろうな。俺たちのことを魔物と勘違いして隠れている可能性もある」


 俺も山では良くやっていたが、ここは他の新入生もいるダンジョンだ。

 悲しい勘違いで将来の仲間と敵対したくはない。


「俺たちは魔物じゃない。出てきてくれ」


 気配を感じる方へ呼びかけると、通路の角から制服を着た男子が七人現れる。

 その中で武器を持っているのは三人。

 他の四人は素手で、負傷していた。


 まとめ役と思しき男が薄く笑いながら近づいてきて、


「奇襲を見破られるとはな。だが、いい。悪魔憑きの吸血鬼、よくやった。お前を信じて送り出した甲斐があったってものだ。――そこの男、選択肢をくれてやる。俺の軍門に下るか、痛い目を見てから隷属するか、抵抗虚しく死ぬか、だ。さあ、好きに選べ」

「好きに選べと言われても困るな。俺は新入生同士、仲良くしたいだけなんだ」

「仲良くぅ? ……くはっ、はははっ!! 何を腑抜けたこと言ってやがる!! ここは『第零』!! 力ある者が全てを牛耳る魔窟だぞ!? 仲良しごっこを望むような甘ちゃんに居場所はねえよッ!!」


 高笑いをしていた男が手を掲げる。

 全員が戦闘態勢を取り、俺へ武器を向けた。


「おい、悪魔憑き。お前はこっちに来い。なぁに、悪いようにはしないさ。喜んで股を開く愛玩動物にしてやる。顔だけはいいからなぁ」


 下種な顔をしながら手招く男。

 友情の欠片も感じない誘い文句だ。

 折角の楽しい学園生活なのに仲間を大切にしようという気はないのか。


「……私は、あなたには従いません」

「ほう? 尻軽の悪魔憑き風情がぬけぬけと。その男に躾けられでもしたか? お前たち、あの女も死なない程度に痛めつけてやれ。その後でたっぷり教育してやる」

「男は殺していいよな?」

「当然。逆らう奴はいらん」

「ってわけだ。恨むなら馬鹿な自分を恨めよッ!!」


 武器を持っていた三人を筆頭にして、一斉に襲い掛かってくる。

 どうやら和解は無理だったらしい。

 こうなっては仕方ない。

 俺もやられるつもりはないから制圧させてもらおう。

 殺しはしないけどな。


 彼らの動きは遅く、連携も取れていない。

 数ばかりの寄せ集め。

 狭い通路で人数有利の利点も活かせていない集団に負ける方が難しい。


「シュナリアは後ろに」

「でもこの人数相手では」

「問題ない」


 軽く構え、息を吐く。

 丹田で魔力を練り上げ、それを全身へ巡らせる。

 身体能力強化とも呼ばれる魔術の一種。

 俺は体外へ放出する類の魔術が苦手な代わりに、体内へ作用する魔術は得意だ。


「オラアアアアアアアッ!!」

「死ねぇええッ!!」


 威勢よく斬りかかってくる男。

 振り下ろされた鋼の刃は半身を逸らすことで空を切り、横から裏拳を剣身に叩きこんで粉々に砕く。

 串刺しにしようと突き出された槍もかいくぐり、柄を膝でへし折り懐へ潜り込む。

 武器を破壊された二人は呆気にとられ、足を止める。

 戦闘中に思考放棄とは鍛錬が足りていないな。


 無防備な二人を続けざまに投げ飛ばし、素手の四人を対処する。

 武器持ちがやられたことで動揺したのか、こっちもあからさまに動きが鈍った。

 とはいえ彼らも手を上げたのだ、やられる覚悟くらいはあるだろう。

 間違っても殺さないよう慎重かつ的確に打撃を叩きこんで無力化。

 防ぐ素振りすら見られなかったのは拍子抜けだ。


「な、なんだよお前ッ!! 貴族か!?」

「俺は貴族じゃない」

「だったらその力は……まさか推薦組ッ!?」

「推薦状は貰ったな」

「クソがッ!! だからその男に乗り換えたのか、吸血鬼ッ!! ふざけるな、ふざけるなよッ!!!! 俺はこんなところで終わっていい人間じゃないッ!! いずれは学園を支配する――」

「御託はいいが、隙だらけだぞ」


 訳の分からない話をされても困る。

 そしてなにより戦闘中だ。


 盛大に両目を見開いた男の顔面を軽く殴り飛ばす。

 手加減をしたが、手ごたえはそれなり。

 まともに喰らった男は吹き飛び、地面に倒れたまま動かなくなった。


 数秒、数十秒と待ってみても、一向に起き上がる気配がない。


「……死んではいない、よな?」


 襲ってきたのが彼らとはいえ、殺すつもりは一応なかった。

 将来、改心した彼らと仲間として手を取り合えるかもしれないのだ。

 一人ずつ容体を確認すると気を失っているだけで息はしている。


「この人たち、どうするんですか?」

「放置で死なないならそれでもいいんだが」

「大丈夫ですよ、多分。仮に死んでも自業自得です」


 シュナリアさんの黒い部分が見えた気がする。

 しかしまあ、襲われた反応としては普通か。

 世間一般的には襲った方が悪いのだろう。


「仕方ない、置いて行こう。起きるまで待っていたら時間切れになるかもしれない」

「そうしましょう」

「……いや、端に寄せるくらいはしておくか。後から来る人の邪魔になりそうだ」


 どうせ大した手間はかからないからな。

 通路に倒れている男たちを壁際に寄せて並べる。

 魔物が来ても気配を感じ取って目覚めることを祈ろう。


 ハプニングもあったが気を取り直して探索を再開。

 およそ一時間ほど歩くと開けた間に出た。

 第一層の終点、本来なら階層守護者が二層へ続く転移門を守る広間だ。


「おやおヤ? ここがゴールであってるヨ。おめでとう、お二人さン。これにて入学試験合格ダ。キミたちも晴れて『第零』の生徒サ」


 ぱちぱちと拍手をして讃えるのは試験前の案内をしていた女、夜鈴(イーリン)

 不信に思いながらも害意はないと判断。

 シュナリアは緊張で身を硬くしていたが、俺の後をぴったりついてくる。


「タイムは十時間弱ってとこだネ。まあまあサ。どこかで休憩でもしてきたのかイ? ダンジョン内で休息が取れるのはいいことダ。……まあ、休憩と言いながらハッスルしてる節操のないやつらもいるけどナ」


 ケラケラ笑いながら片手で後ろの転移門を指さした。


「転移門を出たら学生端末と生徒手帳を受け取って寮に向かいナ。現世は夜ダ、ゆっくり休んで明日に備えるといイ」

「了解した。感謝する」

「……ありがとう、ございます」

「あいヨ」


 シュナリアと足並みを揃えて転移門を起動。

 身体が浮くような独特の感覚に襲われ、視界が切り替わった。

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