第12話 決闘
那奈敷と決闘の約束を取り付けてすぐのこと。
学園敷地内にある施設、古代ギリシアのコロセウムを模した造りの決闘場。
その広々としたフィールドで、武装を整えた那奈敷と向かい合っていた。
那奈敷の腰の両側に佩かれた剣の鞘。
見たところ双剣使いのようだ。
爺は扱いが難しいと言っていたのを覚えている。
俺も武器の扱いは一通り教え込まれているが、双剣は苦手な部類だ。
一方、俺は普段通りの徒手格闘。
舐めている訳じゃない。
これが一番、馴染んでいるだけの話。
「学園の敷地内に決闘場まであるとは」
「決闘は『第零』で問題解決の手段にもなっているの。力こそ全て。強者が正しく、弱者が間違い。他にも何かを賭けて行われるのが大半ね。オールオアナッシング。勝てば全てを得られ、負ければ全てを奪われる。単純明快でしょう?」
「そうだな。俺は那奈敷をどうこうするつもりはないが」
「優しいのね。でも心配いらないわ。あなたがあたしに勝てば、将来のお婿様として頼まれなくてもご奉仕するつもりだから。押しかけ女房ならぬ押しかけ嫁よ」
「なっ……!?」
観客席から見守っているシュナリアが驚いているが、俺も同じ気持ちだ。
「嫁はそう簡単に増えるものではないと思っていたんだが」
「いつの価値観よ。というか、貰ってもらわないと困るの。家の事情が複雑でね。あたしが生まれた那奈敷家は代々続く男系の家で、女は家を継げないの。まあ、あたしは一族の中でも|選りすぐりの落ちこぼれ《・・・・・・・・・・・》だけれど」
「とても落ちこぼれには見えないが」
「あくまで那奈敷家の基準では落ちこぼれなのよ」
「那奈敷は不満なのか」
「別に? あんな家を文句も言われずに出られて嬉しいくらいよ。家を継げって言われても願い下げ。勝手に滅びたらいいわ」
那奈敷が肩を竦め、鼻で笑う。
そんなに家が嫌いなのか。
爺に育てられた俺にはその感覚がわからない。
だから俺は肯定も、否定もしない。
「というか、なんでこんなに観客が? 声をかけた覚えはないぞ」
「どこからか聞きつけてきたんでしょうね。気持ちはわかるわ。一年生の計測不能の片割れだもの。今後の趨勢を見定める意味でも興味関心は集めるから」
「計測不能はもう一人いたはずだが、どうして俺だったんだ?」
「もう一人が女の子だったからよ。同性婚に嫌悪はないけれど、お婿様にするなら男の子の方がいいし。あたし、これでも守られたいタイプなの」
「なるほど。大変なんだな」
「『第零』に来てる貴族の子息は人の顔色を窺うことでしか生きていけないの。精神的弱者はこれだから困るわ。性根が腐ってるのよ」
「辛辣だと思うのは俺だけか?」
「これでも足りないくらいなんだから。優しさは捨てるべきよ。ここには人を食い物にすることしか考えていない魑魅魍魎も多いわけだし」
忠告は頭の片隅に留めておく。
シュナリアのように誰も彼もがそうではないとわかっている。
「それに、あなたといた女の子。悪魔崇拝の騒ぎで失脚した英国貴族クラウノート家の令嬢よね。『第零』にいるとは思わなかったわ。今も心配そうに見ているし、親しげなところを見るにあなたの女か何か? それならちゃんと守ってあげなさいな」
「シュナリアは仲間だし、仲間を守るのは当然だ」
「仲間……随分純粋なのね。羨ましいと素直に思うわ」
遠い目をした表情。
言葉の裏は窺えず、彼女の本心が垣間見えた気がした。
「お二方、準備はよろしいだろうか」
俺たちの間を取り持つように、フィールドにいたもう一人の男が呼びかける。
その男は目元を仮面で隠し、口元しか見えていない。
「ああ、新入生は私たちを見るのは初めてか。私は『第零』内の決闘を管理する、決闘委員会の者だ。今回のように決闘の審判や仲裁、契約の履行などを職務としている。今回はキミたちの決闘を監督させてもらう」
「そうだったか。よろしく頼む」
「お願いするわ」
「もちろんだ。公正かつ平等な判断を下すと約束しよう」
決闘委員会の男が頷き、片手を上げる。
それを合図に俺と那奈敷は口を閉ざし、構えを取った。
ゆったりとした呼吸で集中の海に意識を落としていく。
「これより決闘を執り行う。――はじめッ!!」
響く合図の声。
二つの鞘から剣を抜き放った那奈敷が魔力の気配を漂わせ、眼前に迫る。
那奈敷のスタイルは魔剣士だろう。
魔術と剣術を織り交ぜた近接戦も遠距離戦もこなす万能型。
大きく違うのは魔術の有無と、リーチの差。
「属性付与炎・氷ッ!!」
那奈敷が剣身同士をマッチのように擦り合わせると片方に炎、もう片方に氷が纏わりつく。
属性付与、それも別の魔術を同時に行使するか。
二重魔術と呼ばれる魔術師の技術の一つ。
魔術には詳しくないが、二重魔術は相応に才能がいるらしい。
それだけでも驚きだったのだが、
「追加で風・無ッ!」
那奈敷の脚に風が渦巻き、両方の剣が無属性の淡い輝きを帯びる。
四重魔術……?
一体いくつの魔術を同時に行使するつもりだ?
付与魔術だけとはいえ尋常ではない。
生半可な対応をしていては簡単に持っていかれかねない。
気合を入れ直し、俺も全身へ巡らせた魔力で身体強化を施す。
動体視力や五感の強化によって、微細な変化も感じ取れるようになる。
呼吸、視線、脈拍……那奈敷の一挙手一投足を掌握し、戦闘へ還元するのだ。
「見せてみなさいッ!! あなたの全力をッ!!」
にぃ、と戦闘の興奮で歪んだ笑みを浮かべる那奈敷が容赦なく斬りかかってくる。
手足の一本や二本はやむなしと思っていそうだ。
俺も同じ気持ちだし、死ななければ治せる。
心の傷までは治療の範囲外だが、俺も那奈敷もそういう人間ではない。
つまり、遠慮は不要。
「はああぁぁぁあああッ!!」
振り下ろされた炎の剣は裏拳で弾くと、間髪入れずに氷の刃が頬を掠める。
冷たさと、鋭い痛み。
傷は負ったが懐に潜り込んだ。
確実に無力化するため胸倉を掴もうと手を伸ばし、
「女の子の身体に気安く触れられると思わないで?」
那奈敷の身体に触れた瞬間、青白い光が爆ぜて皮膚が焦げ付く。
結構な痛みだ。
風の上位属性、雷の魔術だろう。
身体活性の魔術で数分もあれば治るが、問題はそこじゃない。
「五重魔術とは恐れ入った」
「素直に誉め言葉として受け取っておくわ。これがあたし……那奈敷家の魔術よ。火・水・風・土・光・闇・無の七属性魔術を、上位属性も含めて自在に行使する」
「魔術師が本業なのか? その割には剣も達者らしいが」
「魔剣士よ。魔術師としてやっていけるほどの才能はなかったの。魔力も大したことがなかったし、あたしは下級魔術しか使えないから。そんなんじゃあ魔術師としてはやっていけない。だったら武器も使う方が合理的でしょう?」
俺も那奈敷の理論には同意する。
ある程度の保険は利かせておいた方がいいと思うが、過剰である必要はない。
「あなたも思っていた通り……いいえ、思っていた以上に強いわ。計測不能の魔力はおまけ。本当に警戒するべきは極限まで磨き抜かれた体術と身体強化」
「生憎と俺はこれだけが取り柄なんだ。魔術の類いは苦手でな」
「いいじゃない。何も問題ないわ。思わず濡れてきちゃうくらい最高よ」
「……濡れるって、どこが?」
「アソコ以外ないでしょう?」
不思議そうに首を傾げている那奈敷。
なんだこれは、俺の疑問がおかしいのか?
常識判定のために横目でシュナリアの様子を窺うと、こっちも「意味が分かりません」と言いたげな渋い顔をしている。
つまりおかしいのは那奈敷で、俺ではない。
「年頃の乙女が公然とそんなことを言いだすのはどうかと思うが」
「オープンなのは嫌い? それはごめんなさいね。でも、興奮を隠せそうにないの。あなたという武人……将来の婿候補に出会えて、ね」
「……悪いとは言わない。それより仕切り直しだ。さっきは驚いて手を離したが、次は掴む。手が焼け焦げようともな」
「熱烈ね。いいわ、凄くいい。あたしも全力で応えないと。ボルテージを上げていきましょう? 勝負はこれからなんだから」




