第10話 私の身体はお気に召しませんでしたか?
「…………やってしまった」
朝。
目覚めた俺の隣であどけない寝顔を晒していた全裸の少女、シュナリアの姿を目にした瞬間に漏れた言葉がこれだった。
こうなった経緯は記憶が飛ぶことなく覚えている。
ダンジョン帰りにシュナリアを寮まで送り届けようとしたところ、赤羽くん率いる集団に襲われ、オークの睾丸から作られた媚薬を盛られた。
集団は撃退したものの、媚薬の効果は訓練を受けていた俺でも相当なもの。
シュナリアも耐えられず、寮で誰かに襲われるか耐えかねて誘惑してしまうよりは……と俺の部屋で一夜を明かすことになったのだが。
若い男女が夜に部屋で二人きりになった上、媚薬で性欲が増大されているとなれば何も起こらないわけもなく。
というか、最初から事が起こる覚悟を双方した上で部屋へ招いたのもあるが――当然のように最後までしてしまったわけである。
それも、かなり激しく。
「媚薬の効果は知っていたし、一人での処理は経験したことはあるが……だとしても張り切り過ぎだろう。完全に箍が外れていた」
一応、異性と最後までするのは初めてだった。
だからなのか与えられる快楽の凄まじさに歯止めが効かなくなり、シュナリアのことを考えている余裕もなくなった結果がこの有様。
行為に励んでいる間にシュナリアは気を失っていた気がしないでもない。
優しくしてとお願いされ、善処すると答えたが、到底守れたとは言えないだろう。
ふつふつと罪悪感が湧いてくるも、やってしまったことは取り返せない。
それだけに、シュナリアが起きてから何を言われるのかとても怖い。
媚薬で理性が怪しかったとはいえ合意は取れている。
取れているが、限度というものがあるだろうと自分でも思う。
少しだけ冷静さを取り戻したところで何時なのか確認すると、既に授業が始まっている時間だった。
二日目から遅刻することになるとは思わなかった。
しかも、こんな爛れた理由で。
「……とりあえず身体を洗ってこよう。なんかべたべたする気がする」
まさかこんな状態で大浴場を使うわけにもいかず、部屋に備え付けられたシャワーを使うことに。
汗やらなんやらを綺麗さっぱり流して上がり、着替えて部屋に戻ると、
「…………あ」
ちょうど起きたらしいシュナリアと目が合い、視線が交わる。
上体を起こしただけで何一つ隠しておらず、生まれたばかりの白くすべやかな肌と膨らみ、その先端までもが見えてしまっていた。
お腹の当たりをそっと摩り、何かしらの魔術を使っている。
否応なしに思い出される、昨夜味わった身体の感触。
あれだけして罪悪感を覚えるほどだったのに、むらむらと欲求が湧いてくるのは一度快楽を知ってしまったからか。
媚薬の効果は抜けているから、これは完全に俺の感覚だ。
しかし、ここで襲うわけにもいかない。
ぐっと堪え、平常心を意識する。
「おはよう、シュナリア」
「……おはようございます、淵神さん」
「「…………」」
互いに沈黙し、気まずさが胸を満たす。
何を話せばいいのか全く分からん。
あれこれと考えていた俺より先に、シュナリアが声を上げた。
「…………ええと、その。……私、嫌ではなかったですから。優しくしようと気遣ってくれているのは伝わってきましたし」
「いや、しかし……かなり激しくした覚えが」
「それは……っ! …………私もお相子でした、から。恥ずかしいので、あんまり言わないでください」
「そうか……」
シュナリアが言うのならば口を慎むことにする。
どんな風に乱れていたのか詳細には覚えていないのは彼女にとっても救いだろう。
「……本当によかったのか? こんな初めてで、しかも相手が俺なんて」
「これは本心からの言葉として受け取っていただきたいのですが、私としてはこれ以上を望むのは罰当たりかと思っています。『第零』でここまで穏やかな初めてを迎えられる女子はほんの一握りですよ。ほとんどが自分を従えようと迫ってきた貴族の男子から強引に奪われるだけですし」
「それはそうかもしれんが」
「第一、淵神さんは悪くありません。媚薬を盛られて動けなくなった私を守ってくれただけでもありがたいくらいです。今回は私の方が耐えられなくなった末の選択でしたけど……嫌だったとは欠片も思っていません。もう少し理性が残っていれば上出来だったとは思いますが、贅沢を言っていられる状況でもなかったですし」
なんともない風に言いながら照れくさそうに笑う。
表情や雰囲気を見ている限り、本当に嫌そうではない。
それなら俺の罪悪感も多少は晴れるが、それはそれ。
「それと、避妊魔術はさっきかけておいたので妊娠の心配はないかと」
「……完全に頭から抜けていたな。無責任なことをして悪かった」
「大丈夫ですよ。簡単な魔術ですし、あの媚薬は魔力で活性化するんでしょう? もしも使っていたらさらに酷くなっていたはず」
「それはそうだが」
「避妊魔術は『第零』の女子なら誰でも使えるはずです。……多数の男子と関係を持つこともそれなりにありますから。使えないとあっという間に妊娠してダンジョン探索どころじゃなくなります」
「使える使えないの話じゃなく、使うという発想に至らなかったのがな」
「それを言われたら私も起きるまで忘れていましたし……お互い、そんな余裕もなかったでしょう? なのでこの話は終わりです」
手を軽く叩き、話を区切られては二の句が継げない。
シュナリアもあまり深掘りしてほしくなさそうな雰囲気を感じる。
「ところで、今は何時ですか?」
「10時過ぎだな。授業は遅刻だ」
「……仕方ありませんね。今からでも授業を受けに行きますか? それとも休みます?」
「出席はしておきたいと思うが、どうだ? 身体の調子が悪ければこのまま部屋で休んでいても問題ない」
「……少々腰に違和感があったり、変な感じがしますけど、授業に出るくらいは大丈夫そうかと。準備をしないとですね。シャワーをお借りしても?」
「好きに使ってくれ」
「では、遠慮なく」
ベッドで伸びをしてから這い出たシュナリアの姿に目を奪われそうになり、慌てて視線を逸らす。
万が一にも催して二回戦なんて始めたら今日の授業が終わってしまう。
「……もうちょっと隠す努力をしてもらってもいいか?」
「あー……そう、ですよね。なんかもう全部見られたって考えたら、まあいいかなという気になってしまって。……もしかして、またシたくなりました?」
「…………なってないとは言わない」
「あれだけ激しくしたのに満足していないなんて……絶倫なのでしょうか」
「わからん……」
眉間を抑えながら苦々しく答える。
まるでゴブリンやオークじみた性欲だ。
自分がこんなに旺盛だとは思わなかった。
苦悩する俺の手をシュナリアが取る。
目の前に立った彼女が俺へ真っすぐな眼差しを向けていた。
「淵神さん。どうしようもなさそうなら私が相手をしますから。その時はちゃんと教えてください」
「それは……いやしかしシュナリアはダンジョン探索をする仲間で」
「守って頂いている分です。正直、他に頼れる人がいない現状で淵神さんとの繋がりを無くすのは非常に惜しいので、それくらいの対価を支払ってでも取り入る価値があります。打算的な申し出で申し訳ないですが……私の身体はお気に召しませんでしたか?」
そんなことあるわけない。
俺の内心の答えを察したのか、表情に出ていたのか。
シュナリアがふふ、と微笑んで、小さく頷く。
「罪悪感はいりません。ダンジョンでは仲間内で身体の関係になることも珍しくありませんから。これは普通のことです。普通なら仕方ないでしょう?」
「……そうだな。普通なら仕方ないか」
普通。
仲間と男女の仲になるのも、探索者なら普通だったな。
納得したところで、青い瞳がやや下へ。
ズボンの盛り上がった部分を眺めてから、再度目が合う。
「で、どうします?」
「……頼んでもいいか?」
「もちろんですよ。……こんな凶暴なものを放置するのは見過ごせません。他の女の子に害が及んでしまいます」
「俺は強引に迫ったりするつもりはないぞ」
「関係ありません。合法ハーレムが築ける以上、淵神さんがそうなるのは時間の問題です。わかるんですから。仲間は見過ごせないとか言って助けた女の子が引っ付いてきて我慢できなくなった淵神さんが即落ち二コマを決める未来が」
「そんなに信用ないのか、俺」
「信用しているからこその言葉です」




