第1話 『第零探索者学園』
「『第零探索者学園』……ここで合ってるんだよな?」
日本の人里離れた山奥。
秘境かと思うほどの深い森には不自然な舗装された道を辿った先に、牢獄のような両開きの鉄扉と終わりの見えない壁が聳えている。
門の前には顔を隠し、鈍色に輝く槍斧で武装した人間が二人。
壁の上に設置された塔でも監視者が目を光らせていた。
侵入者に対してか、はたまた脱走者を逃さないためか。
どちらにしろネズミ一匹とて自由に出入りをすることは許されない厳重な警備。
物々しい雰囲気を滲ませている鉄扉の横には、大々と『第零探索者学園』という教育機関を示す文字列が飾られていた。
幼少の頃の記憶がなく、育ての親は拾ってくれた爺。
ずっと人里離れた山で暮らしていた学校に通うのは初めてだ。
爺が勧めてくれたのだから、きっといい所なんだろう。
目指すは普通の学園生活。
友達も出来ると嬉しいな。
「止まれ。お前、入学生か」
「そうだ。推薦状がある」
門番は俺が『第零』の制服……黒のブレザーを着ていたから新入生と判断したのだろう。
そこで育ての親である爺から預かっていた推薦状を渡すと、門番は怪しみながらも受け取り――僅かに目を見開いた。
「推薦状、確かに拝受した。淵神蒼月殿で間違いないか」
「ああ」
「覚悟したまえ。これより先は人権の一切を保証されない治外法権地帯」
「一度立ち入れば断りなしには敷地内を出られない。推薦を受理された淵神殿ならば問題ないだろうが、踏みとどまるならばここが最後――」
「問題ない。門を開けてくれ」
門番の言葉を遮って答えると、二人の門番はそろって頷く。
鉄扉が軋みながらも開き、奥の景色が見えてくる。
扉を潜れば学園の敷地。
一切の常識が通用しない、世間からは隔離された世界。
「初めての学園生活……楽しみだ」
■
門を潜った俺は等間隔で続く新入生案内板に従ってしばらく歩くと、制服姿の男女でごった返した広場に辿り着く。
人数にして1000名以上。
彼らの顔はほとんどが緊張で固まっていて、余裕がありそうなのは一握り。
その余裕も剣や槍、斧、防具なんかで武装しているからだろうか。
はたまた、武装を揃える必要があるという情報を手にしているからか。
そんな俺たちの前方を塞ぐ、異質な圧を放つ黒鉄の門――『迷宮転移門』。
現実とは異なる世界、ダンジョンへ繋がるオブジェクトだ。
新入生がそんな場所に集められた理由はただ一つ。
今から、ここで選別が始まる。
パチパチパチ。
どこからともなく拍手の音が聞こえたかと思えば、門と新入生の集団の間に小柄な人間がいつの間にか立っていた。
丈の短い黒の道士服を着て、髪をシニヨンに纏めた女。
露出した肌の色は病気を疑うほど白い。
胸は薄くて背丈も小さいため童女にしか見えないのだが……顔を隠すように張られたお札が異彩を放っている。
それ以上に、生物としての格の違いを示すような、凄まじい威圧感を感じるのだ。
「ヤアヤア、お集りの新入生候補諸君。ボクは孫夜鈴、これでも一応教師だから見くびらないようにネ。これより入学試験を始めさせてもらうヨ。キミたちには十二時間以内に『第零学園迷宮』の一層を踏破してもらうヨ。ああ、階層主を倒す必要はないから安心するといイ。道中だけなら迷宮初心者でも頑張れば素手でなんとかなる程度の難易度だからサ」
ケラケラ笑いながら彼女が黒鉄の門を押すと、ゆっくり扉が開く。
門に張った紫紺の幕は妖しく揺らめいていて、先は窺えない。
「踏破できなかった者はその場で退学だヨ。死んでも一切の責任を学園は負わないから注意してネ。新入生同士で組むのは当然アリ。そしてこっちも当たり前だけど……新入生同士での妨害も認められているヨ。『第零』の敷地内は治外法権。窃盗、暴行、強姦殺人なんでもありサ。知恵と力を振り絞って試験合格を目指すことだネ」
事前に知らされていた通りの学園規範。
俺は驚かなかったが、どうやら知らない人もいたらしい。
「ふざけんなっ! 俺たちに死ねって言ってんのかよっ!?」
「嫌っ! なんで私がこんな目にっ!!」
「おいおいマジかよっ! へへっ……いいじゃねえの、『第零』」
「こんな学校があっていいわけないだろ!! 平等な試験を――」
反応は三者三様。
批判の的になった夜鈴は口元を歪め、手を叩く。
「何を言ってるんだイ? この試験は限りなく平等じゃないカ。第一層を踏破すればどんな無能でも合格できるって言ってるんだヨ? 試験内容を知らなかったのも、武器がないのも、泣いて喚いているのも全部キミの怠慢サ。努力は誰にでも与えられている権利だヨ? それを行使しなかったのはキミ自身。もし不満があるのなら――」
声の後、夜鈴の姿が掻き消える。
目を離したつもりはなかったのに見失い、
「――ここで死んでおいた方が幸せかもしれない、ヨ?」
「……ぅ、っあ」
騒いでいた新入生の首元に手刀を沿え、鼻で笑う。
彼は何も言えずに膝から崩れ落ち、恐怖のあまり漏らしたことに気づかないまま地面を濡らしていた。
そんな彼に夜鈴は目もくれず、注目を集めるかのように再び手を叩いた。
「みんなわかってくれたみたいでよかったよかっタ。十二時間後に会えるといいネ。その時はおめでとう、って言ってあげよウ。……人によってはご愁傷様、かもしれないけどネ? ――じゃあ、試験開始だヨ! さあさあ行った行っタ! 中の魔物は早い者勝ちだヨ!」
夜鈴が試験開始を宣言すると、前の方に並んでいた人が我先にと『迷宮転移門』へ走っていく。
紫紺の膜に触れた傍から姿が消え、列が詰まることはない。
俺も爺に育てられた山にダンジョンがあって、毎日のように潜っていた。
『第零』ダンジョンの一層がどれだけの広さかわからないが、十二時間もあれば余裕で踏破出来るだろう。
楽しい学園生活のためにも入学試験に落ちるわけにはいかない。
恐れることなくダンジョンに飛び込んでいった彼らを見習って、俺も気を引き締めて臨むべきだな。
まだ周りに残っている人は入学試験に後ろ向きな人が多いらしい。
中には泣いている人もいて列が進まなくなっていたが、何処からともなく現れた黒子が自力で動こうとしない新入生をダンジョンの中へ押しやっていく。
そんなこんなで、ようやく道がひらけて。
「行くか」
俺もいつものように『迷宮転移門』を潜った。
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