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「……ねぇ『ワカナさん』がいるかどうかの確認って、どうやってするの?」
「え、知らない……」
今回は取材なので、家庭科室の時のように言われている現象できればラッキーだが、トイレの噂の場合は確認をする必要がある。しかし、星之峯小学校の七不思議では『ワカナさんが出る』としか伝わっておらず、呼び出したり確認する方法は特にない。
よくある『学校の七不思議』では、決まった場所のトイレのドアで花子さんに向かって特定の言葉をいうとか、呼び出すためのノックの回数や仕方なんかが伝わっているものだが、そんな話はないようだ。
「ど、どうしよう?」
薫が助けを求めるように響を振り返る。しかし自分に聞かれても、そう言ったことに詳しいわけではないので、響も腕を組んで頭を捻った。
「うーん。……じゃあ、名前を呼んでみるとか?」
ようやく捻り出した答えに、弥亮と薫が頷きあう。
「わ、ワカナさーん、いますかー?」
「ワーカナさん! 遊びましょう!」
二人がそれぞれ薄暗いトイレの中に向かって呼びかけてみたが、シーンと静まり返るばかりで、特に変化はない。
「……何も起きないね」
「ま、まぁ。そんなもんじゃねーの?」
すこしガッカリした様子の二人と違い、諒だけが浮かない顔をして二人の服の裾を引っ張る。
「用務員さんのお話を元にすれば、ちゃんとした記事になるだろうし、もういいよ」
向かっている時からも感じたが、どうやら諒はこのトイレに極力近づきたくないらしい。
「なんだよ、諒。もしかしてお化けが怖いのか?」
「だから、そういうんじゃないっての!」
弥亮が揶揄うようにいうと、諒がムッとした顔を向ける。
確か諒は、呪いなどの非科学的なことは信じていない、と言っていた。だからお化けを怖がっているのとまた違う、別の恐怖を抱えているような感じがする。話を聞いた方がいいだろうか、と響が迷っていた、その時だった。
コンコンッ……。
トイレの奥にある、掃除用具入れの中から音がした。あの内側から、誰かが扉をノックしたような、まるで「入ってます」と応えるような乾いた音。
「……え?」
出入り口にいた全員が一気に静まり返る。
トイレの中には誰も入っていないし、何かを触ったりもしていない。
「もしかして、ワカナさんが返事を……?」
顔を真っ青にして抱き合う薫と弥亮をよそに、一番後ろで見ていた用務員さんが、無言のままスタスタとトイレの中に入ってしまった。
「あ、用務員さん!」
呼び止める間もなく、音のした用具入れまで足早に近づくと、何の躊躇いもなく扉を引いて開ける。
すると、内側から背の高いモップと箒がバラバラと倒れ込んできて、カランカランと乾いた音を立てて床に転がった。
「……何かの拍子で、モップと箒が倒れた音がノックに聞こえたみたいですね」
用務員さんはそう言いながら、床に落ちたモップと箒を拾い上げる。
「でも、なんで急に倒れたりなんか……」
「さあ? お化けも人もいないようだし、おおかたネズミかゴキブリでもいたんじゃないですかね?」
「え、ここネズミいるんですか?」
「うん、見かけたことあるよ。さっきみたいに呼びかけられたことで、人がきたー!って、逃げようとした拍子に倒したりしたんじゃないかな」
そう説明しながら、用務員さんはモップと箒を用具入れに片付け、きちんと扉を閉めてから戻ってきた。
「まぁそういう些細なことが、ここで起きた事故のこともあって、そんな噂になったんじゃないですかね。お化けなんて、いるはずがありませんよ」
用務員さんが目の横にいくつものシワを作ってにっこり笑う。
しょっちゅう旧校舎を見回っている人の言葉には、なかなかの説得力があった。やはり学校に伝わっている七不思議には、それぞれ何かしらの理由や原因があるのかもしれない。
「よし、じゃあ次は音楽室に……」
響がそう言って腕時計を見ると、授業終了の十五分前になっていた。
「あ、ダメだ。もう戻らなきゃ! あと十五分しかない」
「えぇ!」「もうそんな時間!?」
残り時間を聞いた子ども達も慌てふためく。
委員活動の時間は、授業終了の前に最初に集まっていた教室に戻り、活動の報告をしなければならないのだ。
「全部回れなかったー!」「どうしよう」
悔しそうな子ども達に、用務員さんは優しく語りかける。
「昼休みとか放課後に、付き添いの先生を一人連れてきてくれれば、鍵を開けるから、いつでもおいで」
「はーい」
そんな話をしながら、足早に旧校舎の昇降口へと向かう。
「でも用務員さんのお話のおかげで少し解明できたね」
「うん、家庭科室とトイレの記事はなんとかなりそう」
「ははは、お役に立てたなら何よりだ」
響達は床板が剥がれたり欠けたりしている階段を、注意しつつも足早に一階まで駆け降り、ようやく旧校舎の外に出た。
ずっと薄暗い場所にいたせいか、妙に周囲が明るく輝いて見える。
「きっと音楽室の音や、触っちゃいけないバケツの件も何か理由や理屈があるでしょうし、過去の用務員日誌なんかを確認してみますね」
昇降口のドアをきっちりと閉め、大きな南京錠の鍵をしっかりと掛けた用務員さんがそう言った。
「え、いいんですか!?」
「はい。引き継ぎの時は直近のものしか読んでいなかったので、改めて見返すのもいいかなと。少し、お時間はかかるかもしれませんが……」
「とんでもないです、助かります! ありがとうございます!」
響が用務員さんに頭を下げていると、昇降口を出た途端、新校舎に向かって走っていった子ども達が「喜山せんせ〜! はやくー!」と呼びかけている。
「それじゃあ、失礼します!」
再び用務員さんに頭を下げると、響は新校舎に向かって走り出した。