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 ■



「それで、次はどこに行くのかな?」

 家庭科室での調査を終えて廊下に出ると、用務員さんが新聞委員の子達に尋ねる。

「あとは、三階のトイレにいる『ワカナさん』と、音楽室から聞こえるリコーダーと……」

「持ち出しちゃいけないバケツもあるけど、どこの教室か分かんないんだよなぁ」

「ふむ、なるほど……」

 旧校舎で起きるという不思議なことのうち、バケツの怪だけがどこのことなのか明言がない。

「とりあえず、場所の分かっているところから行きましょうか」

 そう言って用務員さんが歩き出したので、響と子ども達は大人しくついていった。

 家庭科室を出て、相変わらずデコボコのリノリウムの廊下を歩くと、最初に見えてきた階段を上がる。

「床板が剥がれてたりするから、気を付けてね」

「はーい」

 登りながら足元を見ると、階段のステップの端が欠けていたり、板材が外れてズレていたりした。手すりは埃と錆がひどく、踊り場の壁にも大きなヒビが入っていて、著しく老朽化している。

 自分たちが通っていた頃も古い校舎だとは思っていたけれど、その後何度か起きた大きめの地震で破損したようだ。

 かつての母校の姿に想いを馳せながら階段を上がっていると、あっという間に三階につく。そこで響はああそうだ、と思い出して子ども達に声をかけた。

「旧校舎って各階に二箇所トイレがあるんだけど、どっちのトイレかな?」

 すると新聞委員の子達が驚いた顔で響を見上げる。

「えっ!?」「そうなんですか?」

 驚きようから察するに、旧校舎の各階のトイレが二つあることは知らなかったらしい。

「うん。昇降口側のほうが東トイレ、反対の奥側は西トイレって呼ばれてたんだ。だから、三階のトイレだけだと、どっちなのかなって」

 旧校舎は新校舎よりも大きくて広い上、全ての教室を使っていた時期は各階に一箇所だと人数的に足りなかったのだと思われる。響達が使っていた頃は、確か東側トイレを主に使っていたような記憶があるが。

 響と新聞委員の子ども達は、どっちに行ったものかと迷っていると、その様子を見ていた用務員さんが小さく息を吐き、廊下を奥のほうへ向かって歩き出した。

「……その噂のトイレなら、多分西トイレだと思いますよ」

「えっ」

「何か知っているんですか?」

 用務員さんの後を追いかけながら、トイレの噂の調査担当になっている四年生の薫と弥亮が尋ねる。用務員さんは小さく頷くと、静かな声で話してくれた。

「……もう何十年も昔の話だけど『ワカナさん』っていう女の子が、放課後、三階の西トイレにある窓を掃除してる時に落ちちゃって、亡くなるっていう事故があったんだよ」

「そんな事故が?」

「うん。落ちたのは掃除時間も終わった後らしくて、ちょうど校舎裏を掃除していた子達もすでに帰っててねぇ。なかなか教室に荷物を取りに来ないからと、お友達が探しにいって発見したそうだ。三階からの転落なら大怪我で済む場合もあるけど、打ちどころが悪かったみたいで……。見つかった時にはすでに亡くなっていたらしい」

 話を聞きながら薫が懸命にメモを取る。

 すると、薫のすぐ後ろで聞いていた諒が口を開いた。

「……用務員さん、詳しいんですね」

「ああ、実はその事故があった頃、私もこの学校近辺に住んでいてね。毎朝通勤の時に挨拶をしていた子が亡くなったって聞いて、すごく吃驚したから覚えてるんだ」

「そう、だったんですね」

 もしかしたら、ご近所さんだったのだろうか、と響はぼんやりと考えながら用務員さんの話を聞く。

「……仕事の都合で、その事件からしばらく後に引っ越してしまいましたが。当時は学校を取り囲んで大騒ぎでしたよ。新聞でも大々的に報じられてましたね」

「だからうちの学校は『花子さん』じゃなくて『ワカナさん』なんだなぁ」

 弥亮が合点がいったという顔で頷いた。

 よくある『学校の怪談』や『学校の七不思議』で、トイレのお化けといえば『花子さん』だが、トイレにまつわるそんな死亡事故があったのであれば、亡くなった子の名前がそのままお化けの名前になるのも不思議ではない。

「……そんなに熱心に掃除をするなんて。よほど学校が好きだったんでしょうねぇ」

 どことなく寂しそうな顔で、用務員さんがポツリと言った。

 学校の近くに住んでいた用務員さんは、友達と一緒に小学校に向かう『ワカナさん』と「おはようございます」「いってらっしゃい」「気を付けて」と言い合う仲だったのだろう。

 ──そうだったとしたら、居た堪れないよな。

 そんなことを考えていると、薫の後ろを歩いている諒の顔が妙に青ざめていることに気付いた。用務員さんの話を聞いて、怖くなってしまったのだろうか。

 諒に声を掛けようか、としたところで、問題の西トイレについてしまった。

「さ、ここが西トイレだよ」

 出入り口は普通の、よくある男女に分かれたトイレ。

 トイレの取材担当は四年生だから、と女子トイレの入り口に並ぶように立たされた薫たちは、恐る恐る中を観察する。

 タイルが剥がれ、壁にヒビの入っているトイレの中は、出入り口から続く壁側に手洗い場があり、その反対側に個室が四つ並んでいた。鍵をかけていない場合は開きっぱなしになる個室らしく、全てのドアが開いている。その個室の並びの一番奥、端のほうには掃除用具入れなのか小さくて閉じたままのドアがあった。

 そしてトイレの一番突き当たりになる壁には、大きな窓が一つ。これが例の『ワカナさん』が落ちたとされる窓だ。

 相変わらず電気はつかないが、窓から入る光のおかげで多少は明るい。もしこれで鏡でもあったら光が反射してより明るかったかもしれないが、手洗い場の壁には鏡をつけていたと思われる跡だけが残っていた。

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