2-1
教育実習の三日目。
この日は月に二回設けられている『委員会活動の時間』があり、この時間は四〜六年生の児童がそれぞれ委員会ごとに集まって活動することになっている。
響は四年三組の担任が受け持っている『新聞委員会』の活動を見学することになった。
新聞委員会の活動は、主に星之峯小学校の校内新聞『星之峯こども通信』を作成することである。自分たちで紙面に掲載する内容を考え、取材をし、文章やレイアウトを作って新聞を完成させ、校内の各掲示板に貼るところまでを行うのだ。
校内新聞は一学期につき一〜二枚は作成して校内に貼り出していて、今学期は五月に新任の先生を紹介する校内新聞を作成したばかり。夏休み前に掲示するものは、夏の納涼にいいだろうと『学校の七不思議』について調べることになったそうだ。
七不思議はそれぞれ、六年生が三つ、五年生と四年生は二つずつ、くじ引きで決めた『噂』の内容と真相を調べるらしい。
今回題材となった『星之峯小学校の七不思議』は、以下の通りだ。
・旧校舎のとある教室の掃除用具入れのバケツは持ち出してはいけない
・旧校舎の音楽室では、夜中にリコーダーの練習をしている幽霊が出る
・焼却炉跡地では、時々叩く音やうめき声、焦げ臭い匂いがする
・旧校舎の三階のトイレには『ワカナさん』が出る
・体育館のステージ下の引き出しが勝手に開いている時は、体育館を使ってはいけない
・旧校舎の家庭科室にある足踏みミシンは、夜中に使っている人がいる
・図書室の奥にある黒い本の秘密が分かった人は呪われる
これらのうち、薫たち四年生は、トイレのワカナさんと黒い本について調べることになったらしい。五年生は旧校舎のバケツとミシン、六年生は旧校舎の音楽室と焼却炉跡地、そして体育館だ。
「……それで薫があの本を持ってたのかぁ」
新聞委員の今回の取材内容について確認した響は、なるほどなぁと心の中で大きく頷く。
久々に帰宅した実家の弟の部屋に、真っ黒で怪しい本がドーンと置いてあったので、最初こそ精神を病んでるのではないかと心配をしたのだが、寧ろ積極的に委員会活動に精を出していただけなのだ、とこれでしっかり確定したのだった。
──薫が本当にいい子に育っていて、嬉しい……!
教育実習中なのを少しばかり忘れて感動に浸っていると、雪野先生に肩を叩かれる。
「さ、喜山先生。弟さんの成長に感動してないで『旧校舎』への取材の同行、お願いしますね♪」
「……ア、ハイ」
口に出さないようにしていたのに、もしかしたら雪野先生には、自分が弟へ少しばかり執着気味なことがバレているのかもしれない。
ちょっとこれは気を付けなければ、と響は心の中で襟を正しつつ、教室内で旧校舎へ取材に行くメンバーが集まっている机のほうへ足を向ける。
「旧校舎に取材に行くのは、ここにいる子たちで全員?」
「あ、喜山先生。旧校舎の付き添いは喜山先生なんですか?」
「うん。俺は旧校舎で授業受けてた世代だし、旧校舎のこともよく知ってるからさ」
今日の委員会活動の時間は、実際に噂の現場に行き、取材をするのが活動のメイン。
本当は雪野先生が旧校舎にいくのが嫌だから代わりに行くことになったのだが、これを子ども達に言ってしまうと残りの実習期間がどうなるか分からなくなるので、絶対に言わないようにしようと響は心に決めていた。
「あ、そうだ。取材に行く前に、みんなの名前を教えてくれる?」
旧校舎への取材メンバーは、四年生の三人と五年生の三人、そして六年生が一人の合計七人。全員に軽く自己紹介をしてもらい、響は名前などのメモを取る。
「お兄ちゃ……じゃなかった、喜山先生と一緒なの嬉しいな」
いつの間にか隣にいた薫が嬉しそうにこちらを見上げていたので、つい響もつられて笑顔になってしまった。が、今は実習中である、と響は軽く咳払いをして誤魔化す。
「よし、じゃあ早速向かおう。まずは用務員室だね」
「はーい」
まずは旧校舎に入るために、用務員さんから鍵を借りなければならない。
響は子ども達を連れて教室を出ると、新校舎一階の奥にある用務員室へ足を向ける。
──そういえば、用務員さんとはちゃんと挨拶できてなかったな。
教育実習の初日、学校の職員関係者とは全校朝礼前の職員会議の席で顔合わせはしているのだが、個別での挨拶ができていない人も多い。
これはちょうどいい機会かもしれないな、と思いながら、響はたどり着いた用務員室のドアをノックした。
「すみませーん、旧校舎の取材をしたいのですが」
ドアの向こうから「はーい」と声がしてドアが開くと、中から白髪混じりの髪を帽子に収め、グレーの作業服を着た六十代くらいの男性が現れた。
「ああ、あまり聞かない声だと思ったら、教育実習の。私は用務員の鈴村さとると言います。よろしくどうぞ」
そう言って朗らかに笑う用務員さんは、笑うと現れる目尻のシワが印象的で、人の良さそうな雰囲気が伝わってくる。
「喜山響です。よろしくお願いします」
「それで、なんだったかな。旧校舎に入りたいって?」
「はい。実は、新聞委員の子達が『学校の七不思議』の取材で旧校舎に入りたいそうで」
そう言って響は後ろを振り返った。周囲にはやる気満々の子ども達が、メモ帳やタブレット端末をそれぞれに掲げて見せる。
「あー、そういうことね。はいはい」
用務員さんは子ども達を嬉しそうに見ると、今度は歯を見せて笑った。それから用務員室に一度引っ込んで、鍵束と懐中電灯を持って再び現れる。
「よし、じゃあ行きましょうか」
そう促され、響たち新聞委員は、用務員さんと一緒に旧校舎へと向かった。