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「こっちが理科室でー」「人体模型あるよ」「カーテンが真っ黒なの」

「あっちが音楽室!」「先生ピアノ弾ける?」「ぼく弾けるよ!」

 響を中心にした子ども達の一行は、口々に新校舎内にあるものをあれこれと、楽しそうに説明しながら案内してくれる。

 案内の途中、窓の外に中庭を挟んで奥のほうにある、暗い灰色のコンクリートで出来た建物、かつての学び舎である旧校舎が見えたので響はそっと目を細めた。

 星之峯小学校は、創立から百年近くが経つ、歴史のある学校である。

 自分が小学生の頃は一学年五クラスもあったのだが、それでも教室が余るほどに旧校舎は大きくて広い。いわゆるベビーブームと言われる時代に建てられたものらしく、建てられた当時は一学年が十クラスはあったそうで、かなり年季が入った建物なのだ。

 現在の新校舎は少子化で子どもの数が減ったこともあり、それにあわせて教室数も減らしたそうなので、旧校舎よりはこぢんまりとした印象を受ける。響が卒業した後に建てられた校舎ということもあってか、ところどころにまだ新品の色を残していて綺麗だ。

 上の階から順に各教室を見て周っていた一行は、ようやく一階へと辿り着く。

 一階にあるのは職員室をはじめとした職員向けの部屋がほとんどで、保健室や印刷室、そして図書室などだ。

「ここが図書室!」「静かにしなきゃいけないんだよ」

 図書室の前で立ち止まると、子ども達はみな人差し指を口先にあてて、シィーっとやってみせる。

 引き戸を静かに開けて入ると、紙とインクの匂いが合わさった『本の匂い』に包まれた。奥に進むと、司書の先生が座る貸し出しカウンターがあり、反対側には背の低い本棚がいくつも立ち並ぶ。その隙間にはポツポツと机と椅子が置いてあり、本好きな子ども達が静かに、そして熱心に本を読んでいた。

 児童向けのシリーズ本や、いろんな分野の図鑑。小学生には難しそうな分厚い本があったかと思えば、低学年向けなのか絵本なんかも置いてあった。

 ──小学生の時は、本なんてまったく興味なかったけど。

 響はある本棚の前で屈むと、下の方の段に置いてあった絵本を一冊手に取る。実家にもあった本で、薫が小さい時によく読み聞かせをした懐かしい本だ。

 教職を目指すことにしたのも、歳の離れた弟の面倒を見ているうちに、子どもと関わる仕事をしたいと思うようになったからである。

 ──懐かしいなぁ。

 立ったままペラペラと捲っていると、移動中は集団から少し離れていた諒が、スススッと近寄ってきた。

「……本を借りたい時は、先生も貸し出しカードを作る必要があるので、作ってくださいね」

 そう説明する諒の顔を、近場でマジマジと眺めた響は、バレンタインには女の子にたくさんチョコを貰っていそうだな、とぼんやり考える。諒は薫と同様、四年生にしては少し身長が低く、ツリ目気味だがとても整った顔立ちをしていた。

「教えてくれてありがとう。辻田くんって図書委員?」

「いえ、新聞委員です」

「え? ああ、そうなんだ」

 本が好きだと言っていたし、てっきり図書委員なんだろうな、と勝手に思っていたのだが違ったらしい。

 しかし、新聞委員であれば、同じ委員の薫が諒に自分から話しかけに行ったことにも納得がいく。

「委員活動のときは、諒くんと、あと二組の大原(おおはら)弥亮(やすけ)くんの三人で取材したりしてるんだぁ」

 諒の隣にいた薫が楽しそうに説明してくれた。薫も委員活動は積極的に参加しているようだし、思っている以上に仲良くしているのかもしれない。

「……あ、そうだ。薫くん、あの本もう読んだ?」

「ううん、あとちょっとだよ。……でも『秘密』のこと、さっぱり分かんなくて」

 どうやら『あの本』というのは、薫の部屋で見た真っ黒な表紙に『わかる』と書かれた本のことのようだ。

 薫の話では、新聞委員の四年生は『黒い本の秘密が分かったら呪われる』という七不思議を調査することになっているそうなので、きっとそのことだろう。

「……分かんなくていいんだよ。分かったら本当に呪われちゃうんだから」

 そう言った諒は、妙に暗い顔で視線を伏せた。

 本をよく読むと言っていたし、頭も良さそうに見える諒から『本当に呪われる』なんて言葉が出るのが意外すぎて、響はシンプルに驚く。

「……辻田くんは『呪い』を信じてるの?」

 諒はチラリと響に視線を向けると、すぐに逸らした。

「『呪い』とか、そんな非科学的なこと、あると思ってません」

「あはは、だよねぇ」

 予想通りの回答に響も思わず笑顔になる。しかしそれでも、諒の表情はどこか暗かった。

「……でも、あの本の『秘密』は本当に危ないんです」

 俯いたまま、ポツリと呟くように言った諒の肩が、小さく震えている。

「それは、どういうこと……?」

 聞こうとした次の瞬間、キーンコーンカーンコーン、と昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いた。

「わ、教室戻んなきゃ!」

 児童たちがワラワラと図書室の出入り口に向かい始める。

「ほら、先生も行かないと!」

「あ、ああ!」

 響は慌てるように答えて、持ったままだった絵本を棚に戻すと、同じ三組の児童たちと一緒に教室へと向かった。

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