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7-2

 メロンゼリーを食べ終わった三人はリビングに移動し、それぞれ取材に使ったノートやタブレット端末を広げる。

 来週ある委員活動の日は、新聞用に集めた記事や写真を持ち寄って確認し、どこにどんなふうにレイアウトするのかを全員で相談する予定だ。

 なので今日は、四年生が担当になった『トイレのワカナさん』と『わかるの本』の記事に使う写真を選んだり、記事用に考えた文章を見せ合うらしい。

 ──月曜からしばらくは全校集会や時短授業になりそうだし、今のうちにこういう話し合いをしておくのも正解かもな。

 実習期間だというのにイレギュラーなことばかり起きているので、響も少しばかり頭が痛かった。

 けれど、大人達の心配をよそに、子ども達はこんなにも逞しいし、変わらない日常があると思っている。それならば大人も、出来る限り変わらない『日常』を提供しなければ。

「ところで、学校新聞ではどこまで紹介するつもりなんだい?」

「トイレのワカナさんの話と『わかるの本』は、なるべく一緒に紹介しようと思って」

「まぁ、繋がりがあるもんね」

「昔トイレの窓から落ちて亡くなったワカナさんと、本の作者が同じ人だった、ってとこまでは紹介しなきゃ、とは思ってるんですけど……」

 そう言いつつ、三人はリビングのテーブルに広げた資料を見つめて少しだけ暗い顔をする。

「……若菜さんのお父さんのこと、どこまで書いたほうがいいのかなぁって」

「そうだなぁ……」

 響は先ほどまでニュース記事を見ていたタブレット端末に視線を戻した。

 地方向けのネットニュースを見ると、星之峯小学校の火事はそれなりに大きく報じられており、逮捕された藤島は現在も大人しく取り調べに応じているらしいことが書かれている。

 娘の復讐のため、過去にイジメていた子ども達に手をかけていたこと、そして過去の犯行を知られてしまう可能性があったために、響たちを殺す目的で旧校舎の音楽室に閉じ込めて火をつけたことまで書かれていた。

 過去の未解決事件──かつて娘をイジメていた子どもを事故に見せかけて加害し、うち二人を殺害していた件にも関与している可能性があるので、余罪をいくつも追求されることになるだろう、ともある。

 そして「容疑者は娘の墓参りを希望しており、保釈申請も検討されている」という一文で締め括られていた。

 記事には諒がイジメっ子の子どもと知り、嫉妬から他の子ども達よりも強い殺意を向けたことは書かれていない。

 ──まだそこまで取り調べで話してないのか、配慮されたか、どっちだろうな。

 火事の直後、学校まで諒を迎えにきた母親を見た。

 聞いていた通り足が不自由らしく、杖をつきながらも懸命に諒に駆け寄り、無事であったことを心の底から喜んでいた。その後、響をはじめ職員達にも丁寧にお礼を言って帰っていったが、かつて誰かをイジメていたなんて思えないような、優しくて物静かな雰囲気の女性だった。

 ──本当に、イジメはあったんだろうか。

 諒の母親が反省して藤島に謝りに行ったのは事実だろう。

 しかし、娘の代わりに復讐をした藤島は、なぜイジメられていた事実を娘が死ぬまで気付かなかったのか。本当に大切な娘なら、そういった変化にも気付いてやれただろうに。

 ──イジメに気付けなかった不甲斐なさもあるのかな。

 若菜さんが亡くなったのは、年齢から考えると藤島が編集者として忙しく働いていた時期だろう。

 旧校舎を案内してくれた時、当時の若菜さんがどんな子だったのか詳しく話してくれなかったのは、その頃は本当に毎朝挨拶をするくらいしか接点がなかったから、かもしれない。

 星之峯小学校は、過去にイジメを隠蔽した過去がある。

 今では考えられないことだが、昔は有力者の家族だからという理由で忖度し、都合の悪いことを無かった事にする、という学校は少なからずあったのだ。しかし、当時のことを知る人間は少ないので、本当にイジメられていたのかを証明するのは難しいだろう。

 響はタブレット端末を閉じると、三人のほうを見た。

「『本の秘密が分かると呪われる』っていう話だし、安心してもらうためにも、そう言われていた理由くらいは書いたほうがいいかもね」

 すると三人は、それぞれ顔を見合わせる。

「若菜さんのお父さんがイジメっ子を見つけるために作った本で、イジメっ子に復讐したからそう言われるようになった、くらいは書いてもいいんじゃないか?」

「……そうだね。それなら復讐はもう終わってるから、この『秘密』を知っても大丈夫だよってことも書かないと」

「実はそのお父さんが用務員さんで、捕まってもう牢屋にいるから大丈夫、は書きづらいよな……」

 弥亮がそう言うと、三人は少しだけ暗い顔をした。

 学校新聞は下級生の子達も読むので、あまり複雑な事情を書いても、正しく分かってはもらえないだろう。それに用務員さんには懐いていた子も多く、今回の事件でショックを受けている子も一人や二人ではない。その子達のことを考えると、薫達もやはりそこまで書くのは気が引けるようだった。

「よし! とりあえず、使う写真選ぶか。何枚あればいいんだっけ?」

「最低一枚必要で、予備でもう一枚」

「じゃあ僕、文章考えるね」

 弥亮と諒がタブレット端末で撮影した写真をどれにするか、と見ている横で、薫はノートに記事用の文章を書き始める。

 トイレのワカナさんについては以前文章を書いていたので、あとは『わかるの本』についてだけ書けばいいだけだ。


 星之峯小学校の七不思議・その⑦

 図書室の奥にある黒い本の『秘密』が分かった人は呪われる。

 この黒い本というのは『わかる』という本のことです。実はこの本を書いたのは亡くなる前の『トイレのワカナさん』だったのです!

 事故で亡くなったと言われている『ワカナさん』は、本当はイジメが理由で自殺していて、それを知った『ワカナさん』のお父さんが、イジメっ子たちを見つけるためにこの『わかる』の本を作りました。

 そして本を書いたのが『ワカナさん』だと気付いたイジメっ子達は、ワカナさんのお父さんに復讐されてしまったそうです。そのため、『秘密を知ったら呪われる』という噂になり、七不思議の一つになったのです。

 今はもう復讐は終わっているので、『秘密』を知っても呪われることはありません。


「……やっぱり、『呪い』なんてないんだね」

 文章を書き上げた薫が、ノートを見つめながら呟いた。

「そうかもねぇ」

 響は薫の横に座ると、文章の確認をしながら頭を撫でる。

 結局、この黒い本に隠されていたのは、『呪い』という言葉の傘をさした復讐心と恐怖心だった。完璧な『呪い』を演じるために、復讐を完遂してしまったことを隠すために、必死に罪を重ねる人間が一人いただけなのである。

「でもさー、諒は『わかるの本』の秘密を聞いた後に、ケガしそうになったんだろ?」

 ソファで諒の隣に座っていた弥亮が、何か考えるような顔をして腕を組んだ。

「うん。看板が落ちてきて、危うくケガするところだったんだ」

「もし『呪い』がないとしたら、それも用務員さんがやったってこと?」

「そう、なっちゃうね?」

 弥亮と諒は二人してそんなことが可能なのだろうか、と頭をひねる。

 そんな二人を見ながら、響は声をかけた。

「諒くんはいつお母さんから本の話を聞いたんだい?」

「えっと、先月くらい……かな。新聞委員で七不思議の特集やるって決まってすぐ、図書室であの本を借りて帰ったら、母さんがめちゃくちゃ驚いて──」

 自宅のリビングでその本をランドセルから取り出すと、諒の母親は突然顔を真っ青にして震えだしたらしい。

 あまりに動揺するので諒が詳しく尋ねたところ、最初は「あなたも呪われてしまうから」と言われ、教えてもらえなかったそうだ。しかしその後何度も熱心にお願いして聞いたところ、母親は泣きながらようやく自分が過去に犯した過ち──同級生をイジメていたことを告白したという。そして『わかるの本』は亡くなった若菜さんが書いたという本の『秘密』を打ち明け、さらにその存在を知った数日後、事故に遭って足が不自由になったことまで話したのだ。

「母さんは『秘密』を知った以上、あなたも気を付けるのよって。だから一人で登下校するようにして気を付けてたら、数日後に看板が落ちてきて……」

「それ、どこで聞いたんだ?」

「家で聞いたに決まってるだろ」

 弥亮が尋ねると、諒は当たり前だろう、という顔で返す。すると弥亮は、そうだよなぁ、と眉を八の字に下げた。

「そうなると、諒が家で『秘密』の話を聞いたこと、用務員さんが知ってるわけないんだよな」

 実際藤島は、保健室で諒が『秘密』について響達に話していた時に偶然居合わせている。なので、もし諒がイジメっ子の子どもということを知ったとしたら、多分その時のはずだ。もしそれ以前から知っていたなら、学校内でもっと酷いケガをしている可能性が高い。

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