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太くて短い脚付きのパフェグラスに、刻んでよりプルプルに輝くエメラルドグリーンのクラッシュゼリーをたっぷり詰め、その上にはまあるくよそった白くて甘いバニラアイス。
グラスのふちに真っ赤なさくらんぼを載せたら、完成。
「はい、これが喜山先生特製『メロンゼリーのクリームソーダ』です!」
「いっただっきまーす!」
日曜日。
この日喜山家には諒と弥亮が遊びに来ており、響は薫を含む三人に『メロンゼリーのクリームソーダ』を作ってふるまった。
「……おいしい!」
「うんめー!!」
「でしょー?」
キッチンのダイニングテーブルで、諒と弥亮がそれぞれ感嘆の声を上げると、薫がなぜか自慢げに答える。
小さい頃は引っ込み思案で、友達らしい友達もいなかった薫だが、今回の新聞委員の活動で諒と弥亮とはすっかり仲良くなったらしく、こうして家に招くようになったのは、喜ばしいことだ。
響は三人が美味しそうに食べる様子を見ながら、タブレット端末で先日起きた事件のネット記事に目を通す。
金曜日の放課後。響と新聞委員の四年生は、旧校舎の音楽室で七不思議の一つ『旧校舎の音楽室では、夜中にリコーダーの練習をしている幽霊が出る』という噂について、用務員さんの提案のもと検証実験をする予定だった。
しかしそれは用務員こと藤島哲の策略で、『わかるの本』に隠されていた『秘密』──イジメにより自殺した藤島若菜さんの著書で、イジメっ子に復讐するために作られた本だったと知った響たちを、音楽室に閉じ込めて焼き殺すことが目的だったのである。
こうして無事でいるとおり、音楽室からはなんとか脱出し、藤島は逮捕された。
しかし、星之峯小学校側は長年勤めていた用務員さんが、放火と殺人未遂で逮捕されたことで、もうてんやわんやの大騒ぎ。
多分今頃、児童や保護者へ週明けから説明会を行う準備のため、他の教員は土日返上でいろんな準備や対応に追われていることだろう。本来であれば、響も教育実習生として手伝いをするはずなのだが、今回の事件では完全な被害者である上、事情聴取などもあって手伝いはできなかった。
そして今日は、ようやく警察から解放されたこともあり、諒と弥亮、そして薫の精神面のケアと労いも兼ね、こうして自宅で『メロンゼリーのクリームソーダ』を振る舞うことにしたのだ。
音楽室に閉じ込められ、炎と煙が迫るなか、勇敢にも窓から脱出した子ども達──なかでも特に、その後も藤島に捕まるなど、より怖い経験をした諒のことが気がかりだったが、こうして三人で楽しく笑い合っているので、響としてはその様子を見れただけでもホッとするような気持ちだった。
もちろん、後々になって何かしらのフラッシュバックはあるかもしれない。だが響はあと二週間もすれば教育実習期間が終わり、通っていた大学のある隣の県へ戻らなければならず、それ以降は見守れないのが歯痒かった。
──四年生担任の先生達には、ちゃんと何があったか話しておかないとな。
教師という仕事は、子ども達が成長する期間の、ほんの短い時間に寄り添うことしかできない。響は今回の件でそれをまざまざと思い知った。
だからこそ、そばに居られる間は出来ることをしてあげたい。
メロンゼリーを食べ終え、それぞれ「ごちそうさまでした」としっかり手を合わせた三人を見ながら、響は改めて尋ねる。
「それで、今日はうちに集まって何をするんだい?」
ちなみに薫からは「二人が遊びにくるから、メロンゼリー作って!」としか聞いていない。
「来週、委員活動の時間あるから、新聞に載せる用の文章と写真を決めようと思って!」
委員活動の時間は、二週間に一度。確かに来週の水曜にその時間が設けられてはいるが……。
三人の食べ終わったグラスを片付けながら、響は当たり前に答える三人にドン引きする。
「……え、お前ら月曜から学校行くの?」
「? うん、そのつもりだけど?」
他の先生たちからも「精神面も考慮してしばらくお休みさせたほうがいいかもしれません」と言われていたので、子ども達の予想外な強さに響は慌ててしまう。
「あんなことがあったのに、普通に登校するのか?」
「別にケガとかしてないし……」
「確かにちょーっと怖かったし危ないことはしたけど、別に休むほどじゃなくね?」
薫と弥亮が「そうだよねぇ?」と頷きあっていた。確かにこの二人は、音楽室から脱出の時に怖い思いをしただけである。それもそれで、なかなかの体験ではあるのだが、ただ諒はその後に藤島に捕まって首を絞められたり、人質のような状態になったのだ。二人よりもっと怖い目に遭っているはずが、と諒のほうを見ると、なぜか少し照れた顔をしている。
「……ボクも怖かったし、母さんにも休みなさいって言われたけど、喜山先生はあと二週間でいなくなっちゃうんでしょ?」
「え、あぁ……うん」
「休んだら会える時間減っちゃうし……。だから、行こうと思って」
諒の言葉に響は思わず天を仰ぎ、心の中でガッツポーズをした。
──……正直、嬉しい!
実習初日は少し距離を置かれていると感じたし、新聞委員の活動を通して少し心を開いてくれたとは思っていたけれど、それはあくまで薫が一緒にいるからだろうと考えていた。なので「先生に会いたいから学校に行く」と言ってもらえたのは、素直に嬉しい。なかなか人に懐かない子猫が、ようやく膝に乗って寝てくれた時のような気持ちである。
「……そ、そっかぁ。嬉しいけど、無理はしないでね」
「うん、無理はしてないよ。大丈夫」
心の中では祝福のトランペットが鳴り続けているの隠しつつ、響が喜びを噛み締めながら頭を撫でると、諒が嬉しそうにはにかんだ顔で笑った。