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四年三組の帰りの会がおわり、子ども達のほとんどがバタバタと教室を出ていく中、廊下から教室に入ってきた児童が二人いた。一組の薫と、二組の弥亮である。
「よし諒、今日から一緒に帰るぞ!」
「……ほ、本当に一緒に帰るの?」
「本当に決まってるでしょ!」
今日の放課後は、新聞委員で活動する予定はない。なのでいつも通りみんなと時間をズラし、一人きりで帰ろうと教室に残っていた諒を、薫と弥亮がわざわざ三組の教室にやってきて誘いにきたのである。
昼休みに諒は『わかるの本』の『秘密』を共有し、周囲に『呪い』の影響が出ないよう一人で登下校していると話してくれた。だからこそ、薫と弥亮は『秘密』を知っている者同士、一緒に帰ったほうが安全だと思ったのだろう。
──早速一緒に帰ろうとしてくれてるのか。
三組の教室の奥にある教卓で、プリントを整理していた響は、そんな三人の様子を微笑ましく見守っていた。
「……どうしても?」
「うん! それに一緒の方がきっと安全だよ」
『呪い』のことが気になるのだろう、諒は薫の言葉に揺れつつも、まだどこか躊躇いがあるらしい。
「昼休みに言っただろ! なんか落ちてきても避けりゃいいんだって!」
そう言う弥亮は黒いランドセルを背負ったまま、シュッ、シュッ、と素早く、教室内に並べられた机と机の間をすり抜けるように素早く動いてみせる。
何故か腕を体の前に突き出すように立てて、手だけを曲げる、まるでカマキリの前足のように上げているのだけが気になるが、これは彼なりの素早いイメージなのかもしれない。
「ぼ、僕も避けられるよ!」
今度は紺のランドセルを背負ったままの薫が素早い動きをやってみせる。しかし弥亮の真似なのか、やはり手をカマキリのようにあげ、シュッ、シュッ、と、弥亮には少しばかり劣るようなスピードで机の隙間を移動した。
──薫はなにをやっても可愛いなぁ。
響が一生懸命な薫の様子をほのぼのと眺めていると、突然、ガンッと鈍い音が響く。机の隙間を素早く(?)動いていた薫が、机の角に思い切り腰を強打した音だった。
「……うっ」
「か、薫くん!?」
うめき声を上げた薫に、諒が慌てて声をかける。
離れた教卓から見守っていただけの響も、こればかりは流石に慌てて駆け寄った。
「薫、大丈夫か?」
響が声をかけると、薫はブルブルと痛みに耐えるように体を震わせながら、腰をおさえつつ涙目になった顔をあげる。
「だ、だいじょうぶぅ……」
歯を食いしばりながら答える様子を見るに、やはり痛いようだ。
響と諒が心配そうな顔を薫に向ける中、弥亮は一人腕を組み、眉をひそめる。この様子だけなら、将来を憂う戦国武将のようだ。
「……これは、練習しながら帰るしかないな」
「そ、そうだね……」
「……えっ」
弥亮の言葉に、薫が不甲斐ないとばかりの様子で答えるので、諒は戸惑いの顔で二人をそれぞれ見る。
しかし二人はすでによく分からない、謎の世界観を共有しており、そこに諒が加わるのは必然かのような、有無を言わせない表情をしていた。
「ま、まぁ。二人と一緒の方が何か危ないことに遭った時に助けを呼んだりできるし、一緒に帰ったらどう?」
響はそう言って、困惑する諒の頭を撫でる。
この科学の時代に、超常現象的な『呪い』が存在するとは思えないが、諒は実際すでに危ない目に遭ったのだ。一人で登下校していて、もし前回よりも危険な事故に遭ってしまっても、誰かしら側にいたほうがいい場合もあるはず。
「……は、はい」
しぶしぶという感じでようやく諒が頷くと、弥亮が嬉しそうに拳をふりあげた。
「よーし帰るぞぉ!」
「おー!」
「おー」
諒が茶色のランドセルを背負うと、三人は揃って廊下に出る。
高さがバラバラの黒、紺、茶のランドセルが横に並ぶ様子は、なんだか妙に可愛く見えた。
「よし、昇降口まで『カマキリ走り』な!」
「わかった!」
「えー……」
弥亮と薫は勇ましく、残りの諒は少し嫌そうに、三人は並んで腕を突き出し、カマキリのようにシャキンと立てる。
「じゃあ先生、さようなら!」
「さようなら!」
「……さ、さようなら」
「はい、さようなら。気を付けてな」
響がそう返すと、三人はシュッ、シュッと素早さの効果音を口で言いながら、廊下を昇降口に向かって走り出した。
「あ、コラ! 廊下を走るんじゃない!」
教室の出入り口で見守っていた響は、走り出した三人に慌ててそう言ったのだが、素早くなったらしいその足で廊下の角を曲がり、あっという間に見えなくなってしまう。
「……やれやれぇ」
響はひとり、呆れつつも少しだけ嬉しい気持ちで息を吐いた。