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5-1

 二日後の水曜日。

 昼休みに響が小柴先生の授業準備の手伝いをしていると、職員室にバタバタと四年生の子ども達がやってきた。

「先生大変!」

「辻田くんと大原くんがケンカしてる!」

「えー!?」

 子ども達の先導で、響は小柴先生たちと一緒に職員室を飛び出す。

 たどり着いたのは新校舎の裏手側で、中庭の端の、あまり人目のつかない場所だった。そこでは大柄な弥亮が小柄な諒を地面に引き倒し、Tシャツの襟首を掴んで睨みつけている。

「なんで黙ってたんだよ!」

「……言いたくないから」

「弥亮くんやめて!」

 二人のすぐ近くでは、薫がおろおろと興奮した弥亮を宥めようとしていた。

 この三人ということは、どうやら新聞委員内での揉め事らしい。

「こらこらお前たち、何をしてるんだ!」

 響は慌てて弥亮を羽交い締めするようにして諒から引き剥がし、暴れる身体を抑えつける。小学四年生とはいえ、弥亮は比較的体格がいいほうなので、なかなかに力が必要だ。

 倒れていた諒が上半身を起こしたが、すでに弥亮とそれなりの取っ組み合いをした後らしく、足や腕のあちこちを擦りむいている。

「とりあえず、みんな保健室に」

 小柴先生と一緒に二人をなだめながら、治療のために保健室へ移動した。

「それで、なにがあったんだ?」

 保健室ですり傷の治療を受けさせつつ話を聞いてみるが、先ほどまでの威勢の良さはどこへやら。それぞれ長椅子の端っこに座り、二人してそっぽを向き、頑なに何も言おうとしない。

「なになにケンカ?」「え、誰とだれが?」「新聞委員だって」

 騒ぎを聞きつけたのか、保健室の出入り口付近には野次馬の児童たちがワラワラと集まってきてしまった。

「ほーら、みんな集まらないの」

 小柴先生が「あとお願いしますね」と言って、野次馬の子ども達を保健室から追いやりに出ていく。

 きっと、新聞委員の子ども達なら懐いている響が話を聞いたほうがいいだろう、と小柴先生が配慮してくれたのだ。

 ──とはいえ、こうもだんまりじゃなぁ。

 養護教諭の先生も、治療を終えると気を利かせて保健室から出ていってしまう。

 ひとまずは、現場で見守っていた薫に話を聞くしかない。

「で、薫。二人になにがあったんだ?」

 響に問われた薫は、互いにそっぽを向いたままの二人を交互に見た後、自分のTシャツのお腹の辺りをギュッと握りながら口を開いた。

「……えっと、その。『ワカナさん』の事故の記事が途中だねって話を、この前したでしょう?」

「へ? ああ、したなぁ」

 思いもよらない話に、響はポカンとしつつも思い出す。

 諒が市立図書館でコピーしたものを配ったという『トイレのワカナさん』が生まれるきっかけになった、転落事故についての報道記事。その記事の切り抜きコピーを見せてもらった時、文章の途中でバッツリ切られていたのに響が気付いて、先日指摘していたのだ。

 それを薫が弥亮に伝えたところ、弥亮はお兄さんに協力してもらい、改めて記事の載っていた過去の新聞全面を見てみたらしい。すると、切り抜かれていなかった残りの部分に、『重大なヒント』があったのだという。

「重大なヒント?」

「……ワカナさんの父親、『わかるの本』の編集者の人だったんですよ!」

 弥亮が不機嫌そうな声でそう言った。

 それからポケットに入れていた、畳まれた紙を取り出すと、驚く響と薫の前に差し出す。

 その紙はどうやら該当記事全体が入るようにコピーしたものらしく、広げて読んでみると、確かに記事の後半、若菜さんの父親として『藤島哲』という名前が書かれていた。

 そしてそれだけではなく、記事には驚くようなことが書かれていた。

「若菜さんがイジメられていた……?」

 切り取られてしまっていた後半は『娘はイジメを受けていたようなので、本当に事故なのかきちんと調べて欲しい』と、訴えている内容だったのである。

「こんな大事な情報、ワザとオレたちに教えないなんて!」

 弥亮は歯を食いしばり、諒をギッと鋭い目つきで睨みつけた。確かに、みんなで一生懸命『秘密』の手がかりを探しているところなのに、それを諒が独り占めしたのだから、弥亮が怒るのも無理はないだろう。

 しかしだ。

 もし、若菜さんがあの『わかるの本』の著者であるなら、学校に寄贈された理由は納得がいく。けれど、あの本の内容では『イジメられている』とは到底思えない。

「……だって、あの本の『呪い』は本当なんだ」

 短い沈黙を破るように、俯いたままの諒がポツリと震える声で言う。

「『呪い』なんてあるわけがないだろ?」

 すかさず弥亮が否定するが、諒は頑なに首を降って「本当にあるんだ」と繰り返すばかり。

 その様子に痺れを切らしたのか、弥亮が立ち上がり、諒のTシャツの襟ぐりを掴んだ。

「お前が散々言ってたんだぞ!『呪い』なんて非科学的だって。なのにあの本だけ『呪い』は本物とか、信じられるわけないだろ!」

 響に引き剥がされながらも弥亮が叫ぶ。

 すると諒は、どこか観念したような顔で三人を見上げた。

「本当なんだ! ……だって、母さんはあの本のせいで足が不自由になったんだから!」

「えっ?」

 確かに、諒の母親は足が不自由だという話は聞いている。しかしそれと『わかるの本』の秘密が全く結びつかない。

 分からない、という顔をする三人の顔をそれぞれ見つめると、諒はゆっくりと口を開いて話し始めた。

「……ワカナさんは、事故じゃない。……自殺なんだ。イジメにあってて。母さんは、イジメてた人のうちの、一人なんだ」

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