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4-4

 ■


「諒くん、一緒に帰ろう!」

 用務員室での取材を終え、荷物を取りに教室へ戻る途中、薫が諒にそう声をかける。今日は弥亮が習い事のためにいないので、新聞委員の四年生は諒と薫の二人だけだった。

「……あ、ごめん。一人で帰るから」

 諒は一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに目を逸らしてそう答える。

「えー、なんでー?」

「その……まだ、やる事あるし」

 視線をあちらこちらに向けながら、やっとの思いで諒はそう絞り出した。

 しかし、用務員室での日誌の書き取りにかなり時間がかかったので、子ども達はもう下校しなければならない時間である。

「こら、もう下校時間だからこれ以上の居残りはダメだぞ」

 先生が付き添っていれば大丈夫だが、響は残っているこの四年生の二人を校門まで送ったら職員室に戻るつもりだ。

「……あ、その、えっと。じゃあ、行くとこが、あるので」

「寄り道はしちゃダメなんだよお」

 どうにも諒は、ハッキリ「一緒に帰りたくない」とは言えないらしい。

 きっと言えないのではなく、言いたくないのだろう。

 けれど、何かはわからないが、一緒に帰れない理由があるようだ。

「む、無理なものは無理だから!」

 叫ぶようにそう言うと、諒は一人で先に教室に走っていき、大急ぎで茶色のランドセルを背負いながらバタバタと「さようなら!」と叫んで響と薫の横をすり抜けてしまう。きっとあの勢いのまま昇降口の方へ走っていき、またバタバタと外ばきに履き替えて、逃げるように学校を出ていくのだ。

「……今日もダメかぁ」

 諒の走り去った方向を見送りながら、薫がポツリと呟く。

「なんだ、よく誘ってるのか?」

「うん。取材で帰るの遅くなるし、帰り道が同じ方向だからいつも誘ってるんだけど、最近は絶対一緒に帰ってくれないの」

 ため息をつきながら、薫が四年一組の教室に足を向けた。響もそのまま隣を歩きながら一組のクラスへ向かう。

「前は、一緒に帰ってたのか?」

「うん。朝も時々一緒になることがあって、諒くんから声を掛けてくれてたよ。でも、最近は朝に会うこと殆どなくって」

「そういや、諒くんはほぼ一番乗りで登校してるって聞いたな」

「えー、そうなの? だから会わないのかぁ」

 響も話に、薫のため息がより一層重くなった。

「僕、嫌われちゃったのかな……」

 一組の教室で、紺色のランドセルに持っていたノートを入れた薫が、そう言いながら目を潤ませる。

「そ、そんなわけないだろ! 本当に嫌いなら一緒に残って取材なんかしないよ」

 泣きそうな薫に、響は慌ててそれらしい根拠を告げた。

 実際問題、小学生くらいの子なら、嫌いな子とは徹底して一緒に活動することを避けるものである。だからこんなふうに一緒に楽しく、積極的に委員活動をしているのなら、少なくとも嫌われてはいないはずだ。

「……ほんとう?」

「うん。……きっと、何か事情があるんだよ。諒くんはお兄ちゃんのクラスの子だし、理由が聞けたら聞いてみる。それでいいか?」

「……うん」

 目の端を拳で拭いながら薫が小さく頷いたので、響は優しく頭を撫でる。

 諒は三組でも少しクラスメイトと距離をとる傾向にあるので、響もそれが気になっていたのだ。

 ──少し、踏み込んでみてもいいかな。

 自分は一ヶ月だけの先生である。

 なので、児童とはあまり深く関わりすぎないようにしようと思っていたのだが、懐いてくれた子を無下にするわけにもいかない。まして、大事な弟と仲良くなってくれたお友達。放っておくなど無理な話だ。

「お兄ちゃんは、まだ先生のお仕事あるんだよね?」

 持ち帰る荷物を確認し、響は薫と一緒に校門まで向かう。

「うん。明日の授業の準備とか、色々……」

「わかったぁ」

「なるべく早く帰るからな」

「うん」

 まだ少ししょんぼりした顔の薫を校門まで見送ると、響は職員室へ向かった。

 職員室に戻ると、同じように複数の先生がまだ作業をしており、響はその隙間を縫うようにして端っこにある自分の席に着く。さて、今日の授業のことを振り返りつつ日誌を書こうか、というタイミングで小柴先生がやってきた。

「喜山先生、今日も新聞委員の子達の付き添いでしたか」

「あ、小柴先生。はい、すっかり懐かれてしまって」

「実習期間は短いですからね。今のうちにたくさん子ども達と接してください」

 小柴先生はそう言ってニッコリ笑う。

 大学で講義を受けているだけでは体験することのできない、実際の子ども達とのふれあいは本当に有意義な時間だ。

 実在する子ども達は、本や資料に載っているような予想の通りに、思い通りに動いてくれるわけじゃない。相手をしているのは、それぞれの人生を歩いている、生きている人間なのだ。

「……そういえば、辻田諒くんのことなんですが」

 せっかくなので、響は思い切って聞いてみようと、口を開く。

「彼がどうかしましたか?」

「なんだか、友だちとの交流を極端に避けてる感じがしまして」

 響はそう言って、先ほど薫から聞いた諒のここ最近の変化について小柴先生に話してみた。

 ふんふんと話を聞いていた小柴先生は、うーん、と唸るように腕を組む。

「諒くんはそうなんですよねぇ。少し前から急に、お友達を避けるようになったんですよね」

「もともとは違うんですか?」

「ええ、以前は休み時間になるとよくお友だちとおしゃべりしてましたし、登下校も近所の子と一緒にしていました。でも、それがある時から急になくなりましてね」

 響が教育実習で来た時から、諒は物静かで、よく一人でいるイメージが強かった。なので大人しい性格の子どもなんだろうと思っていたのだが、やはり本来は違うらしい。

「いつぐらいから、ですか?」

「喜山先生がくる、少し前くらいからですかね。ケンカをしたとか、イジメにあってるとか、そういうのともまた違うので、我々も気にしてはいるんですが」

「……そうですか」

 薫の言っていた『最近』というのも、おそらく数週間くらい前からのことなのだろう。担任教師が戸惑っているくらいなのだから、薫がしょげてしまうのも仕方がない。

「諒くんはお母さんのほうが、足を悪くされてましてね。そんなお母さんを献身的に支える、すごく良い子なんですよ」

 そういった話は誰からも聞いたことがなかったので、響は内心すごく驚いてしまった。でも思い返せば、初めて行った図書室で貸し出しカードのことを親切に教えてくれたのも諒である。

 気遣いのできる家族思いの優しい子が、自分から友達の輪から外れ、一人になろうとする理由はなんだろうか。

「喜山先生にはだいぶ心を許しているようですし、もし何か話を聞けそうだったら、聞いてあげてください」

「……はいっ」

 小柴先生がニッコリと笑いながらいうので、響は大きく頷きながら返事をした。

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