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 ■



 キッチンの壁にかけたアナログ時計の短針が数字の『三』を指し、長針は『十二』を少し過ぎている。

 おやつの時間だ。

「……よーし、そろそろいいかなぁ」

 響はそう言いながら冷蔵庫に入れておいた、半透明のプラスチックで出来たタッパーをそーっと取り出す。

 キッチンのテーブルに置いて蓋を開けると、綺麗な緑色に透けるゼリーが、表面をツヤツヤと光らせていた。

「できてる?」

「うん、よさそうだな」

 隣から嬉しそうに問いかける薫に、響は大きく頷いてみせる。

 これは市販で売られている粉末をお湯で溶かし、冷蔵庫で二時間以上冷やし固めると出来上がるゼリー。買い物から帰ってきてすぐ、三時のおやつのために響が仕込んでおいたのだ。

「わー、早く食べたい!」

「まぁ待て待て」

 大量のゼリーに大喜びの薫を宥めると、響は大きめのフォークを取り出す。

 ここまでは誰でも作れる普通のゼリーだが、薫が響のつくるメロンゼリーを気に入っているのはここからだ。

 まず、タッパーいっぱいのゼリーをフォークで縦横に割いていき、細かいクラッシュゼリーにする。それをスプーンですくって背の高いパフェグラスに詰めていき、その上にバニラアイスをまあるく盛り付け、小さなチョコレートで出来たカラースプレーを撒いたら完成だ。

「はい、お兄ちゃん特製『メロンゼリーのクリームソーダ』おまちどおさま!」

「やったー!」

 薫が両手をあげて喜ぶ。

 これはまだ響が高校生の時、クリームソーダを飲んでみたいが、炭酸が苦手だという薫のために作ったものだ。一度作ったら大変気に入ったらしく、忙しい母に代わって子守をする時は、せがまれてよく作ってあげていたオヤツである。

 母の分と合わせて三人分作ると、揃ってリビングでオヤツの時間だ。

「おいしー!」

 早速ひと口食べた薫が嬉しい悲鳴をあげる。懐かしくて甘いメロンの香りのするゼリーと、バニラアイスの甘いミルクが合わさった、クリーミーな味が口いっぱいに広がって美味しい。夏が近い今の季節にはちょうどいいオヤツだ。

「薫は昔から響のつくるコレ、好きよねぇ」

 家事の休憩にやってきた母が、懐かしそうに目を細めていう。

「お兄ちゃんの作るやつが一番美味しいもん」

「そうかそうか」

 薫に喜んでもらえるなら、いつでもいつまでも作ってやりたいなぁ、と響もひんやりとするアイスとゼリーを口いっぱいに頬張った。

 リビングで三人、のんびりと食べている時、響は午前中に行った商店街での出来事をふと思い出す。

「ねぇ、母さん『テッちゃん』てあだ名になる理由って、何があると思う?」

「理由?」

 不思議な顔をする母に、響は商店街で学校の用務員さんが店主に『テッちゃん』と呼ばれていたことを話した。

「用務員さんの名前ってなんていったかしら?」

「『鈴村さとる』さん」

「『鉄村』さんとか下の名前に『テツ』が入ってたらわかるけど、全然違うなら何かしらねぇ?」

 聞かれた母も、うーんと頭を捻るが、パッとそれらしい答えは出てこない。

「やっぱそーだよねぇ」

 響は自身のアダナについて思い返す。基本的に『響』とか『喜山』とか、そのままで呼ばれることの方が多かったし、高校の時に『ひーちゃん』と呼ぶ友人が数名いたくらいで、結局それも名前を由来にしたものばかりだ。

「用務員さん『せっかく変わったのに』って言ってたよ」

 薫が口周りにアイスをつけたままで口を挟む。

 そういえば確かに、そんなことも言っていたような……。

「あー、それなら結婚して苗字が変わってるとかかしらね」

「えー? 結婚したら女の人の苗字が変わるんじゃないの?」

「違うわよ。婚姻届出すときにどっちの苗字にしますかーって選べるようになってて、相談して決めるのよ」

 そう言いながら母は、薫の口周りについたバニラアイスをティッシュで拭う。

「そうなんだ。じゃあお母さんは結婚する時にお父さんの苗字に変えたの?」

「そういうことね」

 用務員さんが結婚する前の苗字に『テツ』が含まれていたのなら、昔馴染みはそれを知っているだろうし、可能性としては高そうだ。

「まーでも、名前の方も読みにくいとか間違われやすいっていう理由で、改名しちゃう人もいるからねぇ」

「え、そんな理由で変えていいの?」

 響が驚いて尋ねると、ティッシュをリビングの小さなゴミ箱に捨てた母が、うん、と小さく頷く。

「いいみたいよ。お母さんの世代の子って、妙に変わった名前つけられてる人が多いって話したことあるでしょ? 同級生にも『読まれなくて困るから』って理由で改名した子いたし」

「へー」

 以前、母宛の郵便に書かれた差出人の名前が読めなくてギョッとしたことがあり、その時母の世代は所謂『キラキラネーム』と呼ばれる名前をつけられた子ども達が注目を浴びていたというのを聞いたのだ。

「それからかしらねぇ、よくある読みだけど変わった漢字を使う子とか、そんな読み方なんだぁ、ってビックリする子が増えた気がするかも」

 響は赴任初日に出席簿を見て、思ってたのと違う漢字の読みをする名前が多かったことを思い出す。

「たしかに、うちのクラスの子も、ちょこちょこ『そう読むんだ』ってなる子がいるんだよなぁ……」

 出席簿にちゃんと読み仮名が書いてあったので、なんとか間違えずに済んでいるが、もしなかったら大惨事だった。

「諒くんも間違いそうな漢字だよね」

「あー、最初『りょう』くんだと思ったもんな。あれで『まこと』はビックリした」

「間違えちゃうと嫌われるわよ、喜山センセ」

「はい、気をつけます……」

 母に言われ、響は食べ終わったらちゃんと出席簿の確認をしようと心に決め、グラスに残るゼリーを食べた。

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