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4-1

 お昼も近くなってきた、日曜日の午前中。

 母に昼食用のお惣菜を買ってきて欲しいと頼まれた響は、ならば薫と一緒に行こうと、二階にある薫の部屋へと向かう。

「おーい、薫。一緒にお昼ご飯の買い物に……」

 ノックして扉を開けると、学習机に向かう薫が、例の黒い本『分かるの本』を真剣な眼差しで読んでいた。

「おーい、薫?」

「え、あ、お兄ちゃん!」

 響が部屋に入っても気付かず、肩を叩かれてようやく気付いたらしい。ものすごい集中ぶりだ。

「まーた読んでたのか」

「うん。これ、明日返却しなきゃだから、少しでもヒントを見つけたくって」

 この本に『秘密』が隠されていて、それを知ったら呪われるという奇妙な七不思議。

 それが本当かどうか、隠されているのがどんな『秘密』でなぜ知ったら呪われるのか。それを校内新聞で取り上げて紹介するには、やはり『秘密』を見つけなければならない。

 しかし、薫のしょんぼりした顔を見るからに、今日も収穫は無いようだ。

 響はそんな薫の頭を撫でながら言う。

「……よし。じゃあ、頑張り屋の薫のために、今日のオヤツは()()()()()()を作ってやろう」

「本当!?」

 薫の表情がぱあっと一気に明るくなった。響の作る『美味しいもの』は、薫にとっての大好物でもある。

「ああ。そのためにも、買い物にいかなきゃな」

「はーい!」

 本を閉じ、すぐに支度を済ませた薫と一緒に家を出ると、二人は駅前にある商店街へと向かった。

 昔ながらのアーケード街になっているそこは、響が住んでいた時と変わらず、休日もそれなりの人出で賑わっている。好きなドーナツを売っているお店に、ランチもやっている居酒屋。食品から日用品まで一通りのものが揃うスーパーは、看板こそだいぶ古びたものの、昔から変わらない。

 ──やっぱり懐かしいなぁ。

 一部の店舗は様変わりしてしまっているが、馴染みの店が今も元気に営業しているのは、なんだかとても嬉しく感じる。

 母に頼まれた買い物は、スーパーでキャベツと卵を買い、お昼ご飯で食べるお肉屋さんのコロッケ。スーパーでの買い物を済ませた響と薫は、商店街の中ほどに店舗を構える、老舗の精肉店へと足を向けた。

「あらー、響ちゃん! 帰ってるって聞いてたけど、本当だったのねぇ」

 精肉の並ぶガラス張りのケースの向こう、小窓の開いたそこから顔を出した肉屋の奥さんが、すぐに響に気付いて甲高い声をあげる。

「お久しぶりです。ええ、実は教育実習で」

「先生になるって言ってたもんねぇ。……あら、じゃあ星之峯小学校に?」

「そうなんです」

 響は小さい時からおつかいでこの店に買いものへ来ているので、たとえ成人を過ぎても、ここの奥さんからすれば『小さな子ども』と同じなのだ。

「まぁまぁそうなのぉ。薫ちゃんもよかったねぇ、お兄ちゃんと一緒に学校行けて」

「うん!」

 奥さんに言われて、薫も嬉しそうに頷く。年齢差もあって、薫とは一緒に学校に通う、ということが一度もなかった。結局今も、響が先生ということもあって、時間的に一緒に登校することはできないけれど、同じ学校に通っているというのは薫にとっても嬉しいことらしい。

 ──幼稚園の時、俺と一緒に学校行きたいって駄々こねた時があったもんなぁ。

 当時からお兄ちゃんが大好きな薫は、幼稚園に通い始めた当初、兄が毎日通っている場所と同じ所に行けると思っていたらしく、違うと知って幼稚園や家で大泣きしてしまったのだ。その頃の響は、家から比較的近い中学高校に通っていたので、薫をほぼ毎日、幼稚園バスの乗合場まで連れて行って見送ったりしていたのである。

 懐かしい思い出話と軽い世間話をしながら、揚げ物の並ぶ棚から好きなコロッケを選び、さぁ帰ろうか、というその時だった。

「あれえ、テッちゃんじゃねーか! 久しぶりだなあ!」

 精肉店の斜め向かいにある居酒屋のほうから、よく通る大きな声が聞こえてくる。驚いてそちらを見ると、開店準備をしている店主さんの声だった。

 精肉店同様、あちらもかなり老舗の居酒屋で、お昼時から開店し、ランチメニューとして美味しい和定食を出してくれる店である。店主さんも元気そうだな、と眺めていると、話しかけられたらしい男の人が目尻にシワをたくさん寄せて笑っていた。

「よー、シゲちゃん。久しぶりだな」

 私服姿なので最初は分からなかったが、笑いながら返しているその人は、よくよく見ると用務員さんである。

「久々に顔出してくれたなぁ。どうだい、元気してたかい」

「まあなぁ。でもシゲちゃん、いい加減その呼び方はやめとくれよ。せっかく変わったってのに」

「ははは、わりぃわりぃ! でもテッちゃんはテッちゃんだろう?」

 二人は長年の付き合いがある者同士らしく、笑い合いながら開店したばかりのお店に入っていってしまった。

「……あれ、用務員さんだよね?」

「そう、だよな?」

 気になってつい店に入っていくのを見届けてしまった響だったが、やはり薫も同じ理由で見ていたらしい。

「なんで『テッちゃん』て呼ばれてたんだろう」

「不思議だな……」

 用務員さんの名前は、確か『鈴村さとる』だったはず。

 いくらあだ名だったとしても『テッちゃん』と呼ばれるようになる要素が一つも見当たらない。

 ──なにかしらそう呼ばれるようになる、キッカケでもあったのかな。

「あ、お兄ちゃん。早く帰らないとコロッケ冷めちゃう!」

「そうだった。アイスも買ってあるし、早く帰ろう」

 用務員さんは以前この辺りに住んでいたと言っていたし、店主さんとはその頃からの知り合いなのだろうか。もしそうなら、仲良く話していることに違和感はない。

 ──でも、なんだろう。なにか……。

 小さな何かが引っ掛かっている。

 でも、気になっている理由が自分でもよく分からない。

 用務員さんは、七不思議の調査で最近はよくお世話になっている人の一人だ。だから知らない一面を知って気になっただけ、かもしれないけれど。

 響はとりあえず、まぁいいか、と記憶の隅に置いておき、早く早くと先をいく薫の後を追いかけた。

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