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3-3

 ■



「ただいまー」

 金曜日ということもあり、小学校の先生達と一緒に夕飯を食べて響が実家に帰宅する頃には、夜も遅い時間になっていた。

 二階の自室へ戻ろうとする途中、薫の部屋の前を通るとドアの隙間から明かりが漏れているのに気付き、響は思わずノックする。

「おーい薫、まだ起きてるのか? 開けるぞー?」

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさーい」

 声が返ってきたので響がドアを開けると、煌々と明かりをつけた学習机に向かう薫がこちらを向いていた。

「ただいま、薫。まだ勉強してたのか?」

「ううん、勉強じゃなくて、新聞委員の取材のことまとめてて」

「ほう、どれどれ?」

 響はそう言いながら、ネクタイを緩めつつ部屋に入り、薫がまとめたというノートに視線を落とす。

 四年生が担当する七不思議は、旧校舎のトイレに出る『ワカナさん』のことと、図書室にある黒い本『わかるの本』のこと。

 ノートにはまず『ワカナさん』のことがまとめてあった。


 星之峯小学校の七不思議・その④

 旧校舎の三階の西トイレには『ワカナさん』というお化けが出る。

 どうして星之峯小学校には『花子さん』ではなく『ワカナさん』が出るのでしょうか。その昔トイレの掃除当番だった『藤島(ふじしま)若菜(わかな)さん』という女の子が、放課後の清掃中、トイレの窓の外側を掃除しようとして転落し、亡くなってしまうという事故があったからです。

 一生懸命掃除をするくらい、学校が大好きだった女の子なので、亡くなってからも『若菜さん』が学校にいるのではないか、という噂が七不思議の一つになったのかもしれませんね。


「……うん、よく書けているね」

「本当?」

 薫が嬉しそうに笑うので、響も思わず笑い返す。

 そのままノートのページを何気なくめくると、そこには古い新聞記事のコピーが貼り付けてあった。

「この新聞記事はどうしたんだ?」

「あ、諒くんがね、市立図書館の昔の新聞から見つけてきたんだって」

 若菜さんの亡くなった事故については、用務員さんが大々的に報道されたと話していたので、探してきてコピーしたものを薫と弥亮に渡したらしい。本が好きだと言うだけあって、諒は市立図書館もよく利用しているのだろう。

 感心しつつ、改めて新聞記事に目を通すと、用務員さんの話していたこととほぼ同じ内容が書かれていた。少し違うのは、亡くなった若菜さんの氏名と、亡くなった年齢が十一歳だったと明確に書かれていることくらい。

 流石に写真までは載ってないか、と思いつつ文字を辿っていると、最後の文章が中途半端なままで終わっている。

「……あれ、この記事、もしかして途中?」

 響の言葉に驚いた薫が改めて記事をマジマジと見つめ、ようやく気付いたとばかりに驚いていた。

「あ、本当だぁ。コピーし忘れちゃったのかな?」

「なんか縦に長そうな記事だし、コピーに入り切らなかったのかもな」

 新聞の記事は時々、レイアウトの関係なのか妙に縦長に続いている場合があるので、気付かなかったか、コピーをするのが難しかったのかもしれない。

 用務員さんの言っていた話と遜色はないし、この内容だけで十分記事の根拠にはなるので、問題はないだろう。

「ひとまず、トイレのほうはなんとかなりそうだな」

「うん、でも問題は『わかるの本』なんだよなぁ」

 薫がはぁ、と大きくため息をついて机の端を見る。

 そこには、黒い表紙に白字で『わかる』というタイトルだけ書かれた分厚い本。

 響は改めてその本を手に取ると、パラパラとめくって読んでみた。

 内容は少し平仮名の多い、拙い文章で書かれた詩歌。

 女の子らしい文体で、今日はこんなことがあった、あんなことをみつけた、毎日がすごく楽しい、と喜びをひたすらに綴る、どちらかといえば日記のような内容だ。本には筆者について記載がなく、それについての説明もなければこの本がどういう経緯で生まれたのかすら書いていない。だが、この文章を書いたのはきっと小学生くらいの女の子だろう。

 友達と思われる女の子の名前が五人ほど出てくるが、筆者本人の名前の手がかりになりそうなものはない。

 黒地に白文字だけと、一見するとホラー小説か自己啓発本のようにも見える装丁だが、内容はどこまでもポジティブな文章ばかりなので、なんともチグハグとした本だ。

「この本の『秘密』が分かると呪われる、ねぇ……」

 響はパラパラと最後までめくり、一番最後の奥付に目を通す。

 編集者や出版社、装丁者の名前は書かれているものの、著者名は頑なに書かれておらず、発行は初版で日付も三〇年以上が経っていた。流行ったのであれば重版されていそうだが、これまで耳にしたことはないし、出版社も聞いたことがない名前が書かれている。

「出版社のこと一応調べたけど、今はもうない会社みたい」

「そうかー……」

 奥付ページの一番下に、うねうねと波打つラインを六本、格子状に組み合わせた形のロゴの横には『さざ波出版』の文字。背表紙にも同じロゴがあったなぁ、と響は背表紙を見返す。

「そもそも、なんでこの本は学校の図書室にあるんだろう?」

「えっと、司書の先生に聞いたら、書いた人か作った人だかが、学校の関係者だったんだって」

 薫が取材についてまとめたノートを捲りながら教えてくれた。どうやら薫達新聞委員は、昼休みなども使って、疑問に思ったことを一つずつきちんと、熱心に調べているらしい。

「なるほど、それで寄贈されたとかなのか。寄贈されたなら詳しい記録が残ってそうなのに、残ってなかったの?」

「記録はあるんだけど、何故か名前のところが黒く塗りつぶされて、司書の先生も分からないって」

「そうか……」

 この本が学校に贈られた当時は、誰が書いたのかくらいは暗黙の了解として分かっていたのだろう。そうでもなければ、こんな怪しげな本をいつまでも図書室に置いておくわけがない。しかしその記録の人物名が塗り潰されていたというのは、何かしらの意図を感じる。

 響は改めて奥付ページにある、人物名の書かれている欄に目を通した。

 発行人や装丁デザインなどの並びに『編集 藤島哲』と書いてある。

「……あれ、この人も『藤島』さんなんだね」

「そう! 若菜さんと同じ苗字なの!」

 薫が嬉しそうに言うが、響はそれにうーん、と渋い顔を向けた。

「……もし、この編集者の人が学校の関係者だからってことで寄贈されたなら、ちょっと微妙だよな」

 そう返す響の表情を見て、薫も困ったように眉毛を下げる。

「お兄ちゃんもそう思う?」

「うん」

 というのも、実は星之峯小学校のあるこの辺には何故か『藤島』という苗字の人が多いのだ。

 実家から二軒お隣の家も『藤島さん』だし、クラスにだって必ず一人はいるレベルの、この辺ではとてもポピュラーな苗字なのである。だからこそ『若菜さん』の苗字が『藤島』だったのも、地元の子だったんだなと思うし、寄贈をしたという学校関係者の苗字が『藤島』なら納得がいくのだ。

「やーっぱ関係ないよねぇ……」

 ノートを見つめながら薫がため息をつく。

「まぁ、どっちも同じ苗字なら、親戚くらいの可能性はありそうだけどね」

「でも親戚だったとしても、この本の『秘密』には関係ないもん」

 薫がそう言って頬を膨らませるので、響は『わかるの本』を片手に持ったまま、空いた手で拗ねる弟の頭を撫でた。

「この本の作者も女の子っぽいし、もし仮に書いた人が若菜さんと関係のある人だったとして、どんな『秘密』を知ったら呪われるんだろうな?」

 たとえ『トイレのワカナさん』と『わかるの本』に繋がりがあったとしても、内容からして呪われるような本の『秘密』は見えてこない。何せ、若菜さんも学校が大好きだったようだし、『わかるの本』の作者も学校生活を楽しく過ごしていることを書いているだけだからだ。

 ──それに、諒くんの様子が気になるんだよな。

 教育実習も日数が経ち、受け持っている子ども達のことも下の名前で呼ぶくらいには親しくなった。諒とも新聞委員の活動で一緒になることもあってよく話をするが、やはり『わかるの本』の話題になると、どこか表情が暗い。

 教育実習の初日、呪いは信じていないが『わかるの本』だけは本当に危ないのだ、と言っていた時の諒の表情が妙に印象に残っている。

「……お兄ちゃん?」

 考え込んでしまった響を、薫が心配そうな顔で見上げていた。

「ああ、大丈夫。なんでもないよ」

「やっぱりこの本、調べない方がいいのかなぁ」

 黒い本を見つめながら、薫が呟くように言うので、響は再び薫の頭を撫でた。

「大丈夫だよ。『呪い』なんてあるわけないし。なんか危ないことになっても、お兄ちゃんがちゃんと守ってやるから。な?」

「うんっ」

 薫が嬉しそうに笑うので、響もにっこりと笑い返す。

 そう、科学のこの時代に、『呪い』なんてあるわけがない。

「さ、もう遅いし早く寝なさい」

「はーい」

 元気よく返事をした薫は机の明かりを消すと、すぐに机の横にあるベッドに入る。

「おやすみ、お兄ちゃん」

「うん、おやすみ」

 響はそう返すと、薫の部屋の明かりを消してからドアを閉めた。

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