役立たずの刃
とある聖剣があった。
魔王を打ち倒すための聖剣だ。
振るえばたった一振りで竜の堅牢な鱗さえも切り裂くと伝えられる。
そして、聖剣自体に付与された神の愛と形容されるほどに膨大な魔力により、大魔術師の魔法でさえもあっさりとはねのけると伝えられている。
しかし、そんな聖剣を誰にでも使えるはずもなく、剣は古の時代より存在する大樹に突き刺さっており、勇者以外には引き抜くことは出来ないのだと伝えられている。
ここまでしつこいほどに『伝えられている』と表現したが、無論これには理由がある。
何故なら、この聖剣。
御覧の通り、存在自体は間違いなくしている。
また、大樹から引き抜こうとしても誰も引き抜けなかったことも事実だ。
だが、振るった者が居ないために竜の堅牢な鱗を切り裂くかは分からない。
そもそも竜なんて、今の時代じゃもう神話の存在だ。
そして、大魔術師の魔法でさえもはねのけるとは言われているが、当然ながら大魔術師も魔法も今の時代じゃ見ることもない。
しかしながら、とりあえず大樹の部位ごと切り抜いて持ち去ろうとした者が居たが、彼が持ってきた電動ドリルは大樹に刃をあてた途端にありえない方向にねじ曲がり、チェーンソーは暴れだして大地に突き刺さり、挙句の果てには爆弾を使ってみても大樹に傷一つつかなかった。
どうやら、神の愛と形容される膨大な魔力とやらの護りは大樹全体に及んでいるらしい。
では、魔王はどうなったのか。
聖剣は魔王を打ち倒すために存在するのではないのか。
その答えは実に単純で、そして実に困ったものでもある。
つまり、だ。
人間は聖剣など使わないでも魔王に打ち勝ってしまったのだ。
文章にすればあっと言う間だが、実際には数千年にも及ぶ恐怖の時代があった……と伝えられている。
だが、考えてもみてほしい。
いくら恐怖に支配されていようとも、その期間が数千年ともなれば人間は何かしらの対抗手段を作ってしまうものなのだ。
伝承……いや、はっきりと残っている記録によれば魔王の末路はいわば銃殺刑のような悲惨なものだったらしい。
なんともやるせないというか、情けないというか、夢がないというか……いずれにせよ、魔王は人間に負けたのだ。
よりにもよって聖剣を持たない人間に。
ということで、今この時代においてこの聖剣は観光地の名物と化している。
隣に建てられている大仰な看板には次のように書かれている。
『どなたでもお気軽にお試しください』
なんともフレンドリーなものだ。
よって、現代においても聖剣は誰にも抜かれず、今日もまた観光客たちが半ば冗談で刃を抜こうとしている。