第2話 衝撃の事実
天魔邸に赴いた典。
そこで衝撃の事実を知ることになる。
それは信じがたい、そして信じたくない事実だった。
典はぼんやりと空を眺めていた。先程の天狗の姿はとうに消え、ただ雲がのんびり流れていくだけである。
(……あの方の最後の言葉…飯綱丸様に言うなってどういうことなのだろう…?)
典は色々疑問に思うところがあったが、手紙を見ないと始まらない、と家の中に戻り、手紙を読んでみることにした。
(菅牧典殿
十月七日、私のところへおいでいただきたい。
貴女の御予定があるやもしれぬが、緊急事態
ゆえ、何卒こちらを優先していただくこと、
お願い申し上げる。
なお、楓間から聞いたと思うが、くれぐれも
飯綱丸には内密にするよう宜しく頼む。
星河山守錦次郎)
典は天魔を数えるほどしか見たことがないし、無論天魔の字など見たこと無かった。しかしこの手紙は、嗚呼これは天魔の字だなと不思議と思ってしまうような達筆で書かれていた。
山守とは、天魔になった者が代々受け継ぐ字である。
天魔は世襲制ではないので、理論上は誰でもなることができる。しかし現実は、天魔一族やそれに近しい家柄の天狗が跡を継いでいた。そのため、天狗上層部の家系では、天魔一族に仲間入りする為、無理やり娘を天魔の家に嫁がせたりと、激しい家同士の政治バトルが繰り広げられていた。
さて、典はなぜ飯綱丸に内密にしておかなければならないか、などの疑問を解消するために手紙を読んだのだが、分かったのは天魔の家に行く日にちと謎に緊急事態に陥っている、ということだけ。典は少し落胆した。
「何よこれ…重要なことが何一つ書いてないじゃない…これならわざわざ手紙を認めなくてもあの楓間さんに伝言を頼めばよかったのに…」
典の疑問は増えていく一方だった。分かっているのは何かがこの山で起こっている、或いは起こりつつある、ということだけだ。
今は考えても無駄だ。天魔様に会えば全てが分かる。典は手紙を自分の部屋の机にしまい、今日の夕飯の買い出しに人里に繰り出すのだった。
十月七日
朝から典は妙な緊張感に包まれていた。
「どうした典。顔色が悪くないか?」
飯綱丸様は心配してくれる。しかし典は大丈夫と言って誤魔化すしか無かった。飯綱丸もそれ以上追及はしてこなかった。
(まったく、人を欺くのが上手いっていうのも、なんかねえ……)
典は少々複雑な気持ちになった。
飯綱丸もいつも通り出勤した。体調が悪くなったら遠慮なく休め。という言葉を残して。
自分をここまで気にかけてくれているというのに、内緒でコソコソするのは気が引けたが、天魔の命令であるから仕方がない。典にとっては飯綱丸が出勤した後からが本番であった。
「よし、これでいいかな…と。」
典は気持ちいつもよりも身だしなみを整え、(しかしいつもとさほど変わりはない)家を出た。
飯綱丸邸と天魔邸では飛んでも数十分かかる。歩いていけば尚更だ。典にとっては軽い運動であった。
数十分のフライトを終え、天魔邸。
それは豪邸と言うに相応しいものだった。飯綱丸邸も広いのだが、それとは比にならぬほど、どデカい。敷地面積は紅魔館くらい、と言ったら過言だろうか。
いやはや。さすが天魔、と言った次第である。
さて、典は天魔邸の扉を前にして二の足を踏んでいた。
どうやって入るのが正解なのか分からなかったからだ。
扉を叩く?ごめんくださいと叫ぶ?
典は、どれも天魔様に対し失礼に当たる気がした。
典が扉の前でモゴモゴしていると、その気配を察知したのか、扉が開く。典は天魔様かと思って身構える。
しかし、出てきたのは見覚えのある天狗………
そう、典に手紙を届けに来た、楓間である。
「おう、典。来たか来たか。さあ入れ、天魔様が中でお待ちしているぞ。」
楓間はまるで友人のように気さくな感じで話しかけてきた。そのおかげで少々緊張もほぐれつつ、中へ入った。
楓間の後をついていきながら、典は長い長い廊下を歩いた。すると、ある襖の前で楓間が立ち止まる。
「天魔様。菅牧典を連れて参りました。」
楓間は高らかに叫ぶ。すると中から天魔と思わしき人物の返事が返ってきた。
「ご苦労。入ってくれ。」
初老の男性の声であった。
失礼しますと、楓間は襖を開ける。中にいたのは……天魔その人(天狗)。数多の天狗を率い、妖怪の山を統べる者。典が仕えている飯綱丸よりも一回りも二回りも偉い天狗である。
「さてさて、二人とも座ってくれ。」
天魔はそう促す。
「今、茶を淹れさせるでな。」
天魔、という事を除いては前の天狗はただの人のいいお爺さんであった。天魔、という事を除いては。
典はこんなに偉い天狗を前にしても、欲望を抑えきれなかった。欲望とは、典が手紙を読んでから今まで溜め込んできた疑問の数々を尋ねる事である。
「あの、天魔様。飯綱丸様に言うなって………」
もっと言うべきことがあっただろうが、典は緊張しすぎて頭の中で思っていたことが口に出てしまった。
典はしまったと思い横を見たら、楓間はやはり、やれやれと言った顔をしている。
そして恐る恐る前へ顔を向けると、天魔は苦笑いをしていた。そして言う。
「ははは、好奇心旺盛な狐さんだことだ。少々世間話でもと思っていたが、先に彼女の疑問に答えるとしよう。」
天魔は真面目な顔になり、話し始めた。
とその前に、楓間が聞く。
「あの、私もここにいてよろしいのでしょうか……?」
「なに勿論。お前は信用してるでな。それに、いつかは全天狗が知ることになるだろう話だ。」
天魔は意味深な事を呟き、気を取り直して、と話し始めた。
「典。飯綱丸はお前が慕って、敬愛して、もう長年仕えている事を知っている。だからお前にとっては信じがたい事かも知れないし、信じたくない事かも知れない。しかし、単刀直入に言うぞ。」
天魔の溜めに、典はごくりと唾を呑み込む。何を言われても驚かないぞと言い聞かせながら。
「実は…飯綱丸が我ら天狗を裏切ったやも知れぬ、と言う話が出ているのだ。」
典は絶句した。