狼の呪いと泊まり込み 1
狼の魔獣がもたらす呪いについては、文献で読んだことがある。
その呪いは、満月の夜に最大になるという。
着替えもなく家を追い出されて困惑した私に、騎士団長様が自分のシャツを貸してくれた。
それから、女性用の騎士服のズボンもお借りした。
「……何というか、君が俺のシャツを着ていると思うと、感慨深いものがあるな」
「そうですか? 確かにこんなに大きさが違うと感動しますよね。それにしても大きいですね。ズボンがなくても問題なさそうです」
「それは、さすがにダメだ」
騎士団長様のシャツは、3回も袖口をまくっても、まだ長い。
膝上までの長さがあるから、特にそれだけも問題なさそうなのに、わざわざ女性騎士に連絡を取りズボンを借りてきてくれた騎士団長様は、とても親切だ。
「わざわざ、ありがとうございました」
「明日は、休みだったな? 俺も休みを取るから、服を注文しよう」
「そんな、わざわざお休みしていただくなんて申し訳ないです」
「いや、目のやり場に困るから、頼む!!」
少し赤くなった頬、確かにシャツを借りて着ているなんて、本当の婚約者みたいだ。
「……それよりも、呪いを解く方法を試しましょう」
侯爵領までは王都から1週間以上かかる。
王都の本邸に、最低限の使用人だけを置き、騎士団長様は一人で暮らしている。
使用人たちは、しばらく領地に下がらせているらしい。騎士団長様が、狼の魔獣に呪いを受けるなど、王都を揺るがす大事件だ。
公表の準備が整うまで、事実を知る人間は最小限にするというのが、先々代騎士団長である祖父と話し合っての決めたことだという。
「俺と君はこの屋敷に二人きりなのだが……。やはり、今からでも、ルードディア殿に俺から頼んで家に」
「いいえ! 都合が良いではないですか」
「えっ、都合がいい!?」
「呪いを解く方法は、人に見られない方が良いようなものも多いので」
そう告げると、なぜか狼耳がペタンと下がる。
私から離れていって、ソファーに座り上目遣いに見てくるその姿はまるでいじけてしまった愛犬のようだ。
「……えっと?」
「いや、何となくこの姿になってから、本能に忠実になってしまったらしくてな」
「そうですか。急がなければいけませんね」
呪いが定着していく過程では、色々な反応が起こる。高位の呪いであればあるほど、それは顕著だという。
「……ところで、呪いをかけた狼の魔獣の種類を教えていただけますか?」
災害級の魔獣だという、狼の魔獣。
けれど、集団で襲いかかる習性がある彼らは、群では災害級でも一体ずつであれば、そうでないことも多い。
「フェンリス狼」
「はい?」
災害級どころか、神話級の魔獣の名が聞こえた気がした。フェンリス狼、それは、神々すらも喰らうという巨大な狼だ。
「えっと……。フェンリス狼に呪われたのですか? いや、確かに北端に生息しているといわれていますが」
「倒した際に、呪いを受けて……な」
「えっと、そんな大討伐隊が、組まれたという情報は」
「単独で倒した。これは、俺の問題だから」
フェンリス狼に、個人的な恨みでもあったのだろうか。でも、ようやく合点がいく。
騎士団長様は、数々の加護により呪いや魔法、物理攻撃すべてに耐性が高く、無敵で無敗だったのだ。
――そんな彼に呪いをかけられるのは、神話級の魔獣くらいらしい。
「確かに、犬の魔獣で、神話級というのは聞いたことがないですね」
「そうだな……。自分でも、まさかここまで呪いにかかりにくいとは、思わなかった」
「……つまり、騎士団長様のそれは、上位の魔獣が眷属を増やすための呪いということですね」
「……そうかもな」
「まずは、オーソドックスなところから始めましょう。聖水は試しましたか?」
ソファーに座り、ぼんやりと私を見つめていた騎士団長様が頭を振る。
呪われたら、すぐに聖水を被るというのは、基本中の基本だというのに、騎士団長様ともあろうお方が試していないなんて。
けれど、聖水は呪いを解く以外に解毒や軽微な傷の治癒など、騎士にとってなくてはならないものだ。
「何処にしまってありますか?」
「そこの棚に」
「わ、これだけの量を常備しているなんて」
美しい細工のガラス瓶は、抱えるほど大きい。
重いそれを何とか持って、ソファーにたどり着く目前で、毛足の長いラグに足を引っかけて私は転んでしまう。
「きゃ!!」
――バシャンッ!!
「おっと、大丈夫か?」
「申し訳ありません……。貴重な聖水を」
高級なガラス瓶は、柔らかいラグに受け止められて割れなかったけれど、私は高価な聖水をすべてこぼしてしまった。
私のお給料、何ヶ月分だろうか……。
「それは構わないが……。目のやり場に困る、何とかしてくれ」
二人で大量の聖水を被ってしまった結果、ご多分に漏れず私のシャツは透けてしまっていた。
もちろん、騎士団長様のシャツも……。
「ひゃーっ!! お見苦しいものを!!」
色気のない声を上げた私は、部屋の壁に走り寄り体を丸めたのだった。
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