婚約の申し込みと犬(?)耳 2
ここから、新エピソードです。
モフモフ、不憫、ジレジレ度全開でお届けします。
まるで、婚約の初顔合わせのように私たちは黙り込んでしまった。
騎士団長様は、遠征用のマントを羽織り、再びフードを深くかぶり直してしまった。
すると、幻だったかのように狼耳と尻尾は、マントの中に隠されてしまう。
「あ……」
「ん……?」
狼耳が隠されてしまったことに、落胆した私に何を思ったのか騎士団長様が首を傾げた。
そして、再びフードが取り払われる。
「……これか、ずいぶん嬉しそうだな」
「……えっ、そんなわかりやすいですか?」
「触ってみるか……?」
「……いいのですか!?」
黒い耳は、ピクピクと撫でられるのを待ちわびる犬のように揺れている。
その耳にそっと触れると、ビロードのように滑らかな触り心地だった。
あまりに気持ちよいその感触に夢中になっていると、低い笑い声が聞こえてきた。
「あっ……。失礼しました」
「……婚約を受け入れてくれるか?」
ここまできて、まだ婚約の申し出に対する返事をしていなかったことに気がつく。
フワフワの耳から手を離すことを名残惜しく思いながら、私は騎士団長様の金色の瞳を見つめた。
「――確かに、犬耳と尻尾を条件に出しましたが、呪いさえ解ければ選ぶ立場の騎士団長様が、私なんかと婚約するなんて……」
「……君は、本当にそう思っているのか?」
「え……?」
「この王国において、女性は婚約後は仕事を辞めて家に入るというのが一般的だ。だが、君に婚約を申し込んできた多数の貴族令息たちは、仕事を続けるという条件を容易に受け入れた」
確かに、たくさんの婚約申し込みの釣書が届いていた。
けれど、それは祖父が先々代騎士団長だからに違いない。
「……騎士団長様からの婚約を受けさせていただきます」
どちらにしても、騎士団長様の呪いを解く方法を探さなければいけない。
最前線で戦う騎士が、呪いを受けてしまうというのはよくあることだ。
この場合、それを解く方法を文献から探し出すというのも、司書官の重要な役目なのだ。
騎士団長様は、精霊に愛され、複数の加護をその身に宿している。
だから、通常の呪いなんてかかるはずがないのだ……。
強力な呪いは、一つの作用ではなく、複数の作用を持つことが多い。
遅発性に発動する作用が、命を奪うことだってあるのだ。
「……嬉しいな」
耳がピクピクと動き、尻尾がブンブン揺れているのが目についてしまう。
本当に自暴自棄になって条件が合う私に婚約を申し込んだにしては、喜びすぎではないだろうか。
それとも、狼耳と尻尾というものは、本人の意図に反して動いてしまうものなのだろうか。
「そんなのんきに笑っている場合ですか。ところで耳と尻尾が生えてしまった以外にお体の不調はないのですか?」
「…………ない」
これは直感に過ぎないけれど、確実に騎士団長様は嘘をついた気がした。
というより、明らかに耳と尻尾に元気がない。
こんなに感情がわかりやすく表に出てしまっては、狼耳と尻尾が周囲に受け入れられたとしても、やはり職務に支障が出てしまうのではなかろうか……。
こうなったら、婚約者の立場を利用して、何としても騎士団長様の呪いを解いて差し上げなくては。
「――騎士団長様のお屋敷に連れていってください」
「……え?」
「お一人暮らしでしたよね? 今日から泊まり込みで、呪いを解く方法を試します」
「……泊まり込み?」
金色の瞳がまん丸に見開いた。
そんなに驚くようなことだろうか。呪いを解くのは時間勝負だ。
時間が経てば立つほど、呪いというものは定着し、解くのが難しくなっていく。
騎士団長様はお忙しく、私も日中は図書館で働いている。
必然的に呪いを解く方法を試すのは、二人の仕事が終わってからの夜しかないというのに……。
「――それはいい!!」
そのとき、扉が勢いよく開いて祖父が全力同意しながら飛び込んできた。
きっと、展開が心配で扉の前で聞き耳を立てていたに違いない。
「呪いを解くまでは、家に帰れないと思え!」
「ちょ……。おじい様、着替えとか、お化粧品とか……!!」
「あとで送ってやろう!!」
そのまま私たちは、祖父の手により家の外へと出されてしまった。
二人で顔を見合わせる。
「呪いを解くのもそうですが、帰るところがないので泊めてもらえませんか?」
「……もちろんだ」
騎士団長様は、婚約したにもかかわらず口元を押さえて顔を逸らせてしまった。
やっぱり、呪いを受けて、しかも傷心のところを祖父が私の婚約の条件を伝えて騎士団長様を言いくるめたに相違ない。申し訳なさ過ぎて涙が出そうだ。
「では、しばらくの間よろしくお願いします」
「……呪いは解けなくても良いから、ずっといてくれないか?」
「ダメですよ! でも、不安でしょうからそばにいてあげますね」
「……伝わっていない」
「え?」
「何でもない」
騎士団長様の手が、私の手を包み込んだ。
それだけで、心臓が高鳴ってしまう。
こうして、私たち二人は婚約者となり、呪いを解く方法を探すことになったのだった。
最後まで、お付き合いいただき
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