番外編 犬(狼)耳になる騎士団長の物語
「お前の心意気を汲んではいたが、もうこれ以上は待てん」
ある種事件とも言えるこの物語は、彼のひと言から始まった。
遠征から帰ったとたん、俺は恩師でもある先々代騎士団長ルードディア卿に呼び出された。
これは、王都周辺に上級魔獣でも発生したのかと思って身構えた。
――しかし、ルードディア卿から告げられたのは、俺にとってはある意味、神話級魔獣発生以上の人生の大事件だった。
「リリアーヌ宛の婚約の申し出が、あとを絶たない。お前はどうしたいんだ」
「……俺は」
彼女の隣に立つ権利が欲しくて、ここまで努力してきた。
けれど、自分の夢を実現させて輝く彼女の障害にもなりたくなかった。
「儂が気が付いてないとでも思ったか?」
「……ルードディア卿」
「お前だからこそ推薦状の件は、目を瞑った。そして三年待った。それなのに、なぜいまだ手をこまねいている?」
「それは」
「リリアーヌの仕事を応援したいなどと言うなよ? どうせ、お前以外の男と結婚したなら、遅かれ早かれ仕事を続けるなど出来るはずもない」
確かに、結婚後は女性は家に入るという考えが強いこの国で、リリアーヌが仕事を続けるのは難しいだろう。
「だが、お前は違うのだろう?」
「ええ」
「ふむ、本格的にリリアーヌを押してみるか」
髭をいじりながら去って行ったルードディア卿。
その背中を見送った俺は、彼女に告白をする決意をしていた。
***
――しかし事態は思わぬ方向へと進む。
「犬耳と尻尾、ですか」
「ああ、リリアーヌは、それがない男と寝所を共にする気はないそうだ」
「寝所を共に……」
リリアーヌ嬢が、他の男性と並び、寝所を共にする。そんなことを考える度に、王都を破壊してしまいそうなほどの衝動に駆られる俺は、かなりおかしいのだろう。
それでも、彼女が俺を選ばないのなら、大人しく消えようと思っていた。
深刻な表情を浮かべていただろう俺を見つめ、ルードディア卿はニヤリと笑うと小瓶を差し出す。
「……これは?」
「ふふん。儂が若い頃に討伐した上級魔獣の呪いが込められておる。奴は、次々と眷属を生み出して中々苦戦した」
「はあ……」
「わからぬのか? 眷属にされた人間は、犬耳と尻尾が生えた姿だったというのに。もうその魔獣は討伐済みだ。眷属にされることはなかろう。さあ、飲むか飲まないか選べ」
魔獣の呪いには、どんな副作用があるかわからない。そして、犬耳と尻尾を持ってしまった騎士団長が、周囲に受け入れられるかも……。
犬耳と尻尾があったからといって、リリアーヌ嬢が俺を選んでくれるのかさえも。
「……ふん、潔いことだ」
そんな迷いが浮かんだときには、すでに小瓶に入った魔法薬を飲み干していた。
――だが、後悔など微塵もなかった。
しかし、すべて飲み干したにもかかわらず、俺の姿はまったく変わることがなかった。
「……うん? 呪いが古すぎたか。いや、ディオルト、お前の祝福が強すぎて呪いが効かなかったのか」
「……そう、ですか」
「まあ、気を落とすな。お前の心意気はしかと受け止めた。なに、どう見てもリリアーヌもお前のことを……。お、おい、ディオルト!?」
走り去った俺にその言葉の続きが聞こえることはなかった。
その足で俺は長期休暇を強引にもぎ取ると、自身に犬耳と尻尾を与えてくれる魔獣探しへと旅立ったのだった。
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