狼と恋の呪い 2
騎士団長様が、神話級の魔獣に呪われたという情報は、即日王都を駆け巡った。
けれど、長期休暇を取っていた騎士団長様が、王国を守るために自らの命をかけたことで、国王陛下からお褒めの言葉があったこともあり、概ね好意的に受け入れられているようだ。
「嘘をついているようで、少々心苦しいが」
国王陛下から賜った勲章。
それを指先で弄びながら、騎士団長様が呟いた。
それ……。そんなに乱暴に取り扱ってはいけないものではないのか、と私はハラハラし通しだ。
「うん? でも、この勲章の宝石は、君の瞳の色に似ているな。ブローチに加工しようか」
「不敬です!! それに、それって生きているうちに賜ったのは騎士団長様だけだという、希少な勲章ですよね!?」
「……こういうのは、叙勲されたことに意味があるんだ」
「特別な席でつけるときに、ブローチにしてしまったら困るでしょう?」
ピタリ、と動きを止めた騎士団長様は、上から下まで私をジロジロと見た。
その視線の意味がわからずに、後退りたくなったとき、その唇が信じられない言葉を紡いだ。
「なるほど……。この勲章に似合うデザインのドレスとアクセサリーを注文しよう」
「えっ?」
「だって、君が出る夜会には全部俺が隣に立つのだから」
「ふぇ?」
「仕事以外は、そばに置いてくれるのだろう?」
こちらをうかがうようにゆっくりと振られた尻尾。それは、獲物を狙っているようにも見えるし、こちらの反応をうかがって怯えているようでもある。
ちょっと、距離が近すぎるけれど、やっぱり可愛い愛犬みたいな様子に、なぜか胸がキュンッと音を立ててしまう。
「約束してくれたはずだ……」
私が返答できずにいると、あからさまにぺたんこになってしまう耳がずるい。
その耳の可愛さは、ダメって言えなくなってしまうダメな私を作り上げてしまう。
つい近くに行って、その耳に触れ、ワシワシと頭を撫でてしまった。
王国の英雄が、こんなに従順な大型犬みたいになってしまうなんて、誰も想像しないだろう。
「わかりました。でも、騎士団長様もお揃いですよ?」
「……早速デザイナーを呼び出すか。ああ、ついでに結婚式のドレスも」
「えっ」
「ん? 婚約者になったのだから、今さら逃げないだろう?」
笑った口からのぞくのは、八重歯ではなく牙なのだ。騎士団長様は、時々グイグイ攻めてくるから、私は反応に困ってしまう。
「えっと、仕事は続けていいのですよね?」
「ああ、そうだ。アレを渡すのを忘れていた」
騎士団長様は、私の質問に答えずに背を向けて、机の引き出しをガサガサとまさぐった。
「ほら、約束の品だ」
「え……?」
そこには、私が復職するための推薦状が連名で書かれていた。
私は、騎士団長様のサインの上に書かれた名を見て、ピシリと動きを止める。
「ひぇ!? どうして、国王陛下の署名まで入っているんですか?」
「ん? だって、王立中央図書館の最高責任者は、陛下だろう? 先日の討伐で得た素材をすべて献上して、礼としてサインしてもらったんだ」
予想の遙か上をいくお方の名前が入った推薦状。
これがあれば、産後の復帰も容易いだろう……って、気が早過ぎはしないだろうか。
「あ、ありがとうございます」
その想像に、不意に赤くなってしまった頬を見られたくなくて、少し視線を逸らし、私は騎士団長様にお礼を言った。
「喜んでもらえて、うれしいな」
尻尾がぶんぶん振られて、騎士団長様は褒めて褒めてと言っているようだ。
「本当に、嬉しいです」
「ああ」
そして私はますます赤くなってしまった頬を隠すように、そそくさと重要すぎる推薦状を金庫へとしまい込んだのだった。
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