呪いと犬耳と尻尾 2
スカートの裾が、ふわふわと元の形に戻っていく。騎士団長様が抱きしめてくる力が強すぎて、身体がきしむようだ。
「逃げられたか」
その声は、低くて背筋が凍りそうなほど冷たい。
私の知っている騎士団長様と、王国を守る英雄との違いに、理解が追いつかない。……それにしても、力が強すぎる。
「……騎士団長様」
身じろぎすると、騎士団長様がようやく力を緩めてくれる。
「すまない。無事か」
「はい。騎士団長様は、なぜここに?」
「……君の声が聞こえてきたから」
思わず凝視してしまった三角耳は、どんな小さな音でも拾おうというように、忙しなく向きを変えている。こんな場面なのに、その可愛さにメロメロになりそうだ。
「はぁ、君は豪胆だ」
「え?」
「俺がこんなにも肝を冷やしているというのに」
騎士団長様の言葉に、英雄の彼が肝を冷やす事態なんてそうそうないだろうと思う。
けれど、眉をひそめて苦々しく唇を歪めたその表情から、騎士団長様の言葉は真実のようにしか感じ取れない。
「どうして?」
「君が攫われかけたからに決まっている」
「……ご迷惑をおかけしました」
「違うんだ。君がいなくなったら、俺は生きていけない」
トンッと地面に下ろされて、そっと頬に大きな手が触れる。
その手が震えていることに気が付いてしまって、思わず自分の手を重ねる。
「……心配掛けて、ごめんなさい」
「いや、君を一人にした俺の落ち度だ。人間からの悪意にばかり目を向けていた。まさか……」
「やっぱり、先ほどの犬耳の男性は、人ではないのですね?」
「ああ、それから訂正するとあれは狼耳だ」
「なるほど」
おそらくそこは大切な部分なのだろう。
私も猿とか、他の動物と間違えられるのは、何だかとても嫌だもの。
「それで、あの……。なぜ私を?」
「……あれは、楽しんでいるだけだ。あまりに大きな力を持つから」
「えっと、先ほどの男性は」
「あれが、フェンリス狼だ」
神を喰らうというフェンリス狼は、神話級の魔獣だ。それは、人とは違う領域にいるという。
「討伐したのでは……」
「さすがに、あれは人の身では倒せない」
「……では、その耳と尻尾は」
婚約したくないがために口にした『犬耳と尻尾』という言葉。それは、王国の英雄と神話級の魔獣を繋いでしまったらしい。
後ほど、フェンリス狼のフェンさんとは、また出会うことになるのだけれど……。
「もしかして、その耳と尻尾の呪いを解くには」
「難しいだろうな。彼が納得しない限り」
「な、なるほど」
「とりあえず、帰ろう」
「仕事途中だったのでは?」
「……火急の用件は、あの魔獣だ」
騎士団長様が飛び出していったのは、先ほどのフェンさんが原因だったらしい。
けれど、私の元に現れるなんて、想定外だったのだろう。
――それにしても、騎士団長様はどうして私の居場所がわかったのだろう。
再度私を抱き上げて歩き出した騎士団長様は、険しい表情をしている。
降ろしてください、とは言い出しにくく、しかたがないので私は、首に手を回してせめてもと周囲の視線から顔だけでも隠したのだった。
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