呪いと犬耳と尻尾 1
白銀の犬耳と尻尾を持った男性に、強引に手を引かれて歩き出す。
叫ぼうか、通信魔道具を起動しようかと一瞬悩んでしまったことを悔いる。
「ああ、今、あの男を呼び出されるのは面倒だ」
「きゃ!?」
男性は、私のことを荷物のように担ぎ上げて走り出してしまった。
誘拐なのだろうか。
でも、犬耳と尻尾を持っているなんて、あまりに今回の出来事と関連がありそうだ。
いざとなったら、祖父に持たされている奥の手を使えば良い……。
私は、その男性から情報を引き出すことに決めた。
「私とあなたは、初対面ですよね? いったいなぜ、こんなことをするのですか?」
「確かに初対面だが、無関係というわけではない。それから、俺のことはフェンとでも呼べ」
「フェンさんは、騎士団長様の知り合いなのですか?」
騎士団長様は、この国の中枢に位置するお方だ。
私は、形ばかりとはいっても彼の婚約者と公表されているのだ。
もっと、安全に気をつけなければ行けなかったと後悔する。
「……今となっては、親戚のようなものかな」
そ、それは、犬耳と尻尾がですか!?
思わずそう聞きそうになったけれど、口にしない方が良い気がして口をつぐむ。
だって、人間に呪いをかけられる魔獣、しかも眷属を作ることができる魔獣というのは、押し並べて高位の存在なのだ。
もし彼が、そんな魔獣と出会い、呪いを受けても生き残れるような人なら、並の実力ではないことが証明されてしまう。
けれど、王立中央図書館に勤め、古今東西の文献に精通している私でも、生まれながらに犬耳と尻尾を持った存在なんて……。
――本当に? 本当に見たことも聞いたこともなかっただろうか
「……まさか」
「そのまさか、が何を指しているか俺にはわからないが、お前は地味だが賢そうだ。正しいのかもしれないな」
――地味という言葉は、的確ではあるけれど少々失礼だ。
そんなことを思っているうちに、王都の外れの城壁まで来てしまった。
フェンさんが、城壁に片足をかけて一気に飛び上がったそのとき、私は確信する。
人間を超えた身体能力。彼は、呪いをかけられた人間ではなく……。
――騎士団長様の足かせにばかりなってしまう。
先ほどから、浮かぶのは騎士団長様のことばかりだ。
もし、このまま私が攫われてしまったなら、騎士団長様はきっとどんな手段を使ってでも私のことを助け出そうとする気がした。
「待て!!」
そのとき、遙か下方でたった今、想像していた声がした。
一気に飛び上がった恐怖で閉じていた目を開けると、金色の瞳と視線が交差する。
「……番の危機に反応したか」
「……騎士団長様!!」
声の限りに叫ぶと、騎士団長様が城壁に足をかけて、一気に登ってきた。
その身体能力に、やはり彼が並の人間ではないのだと思い知らされるようだ。
「……きゃ!?」
私を奪うように抱き寄せた騎士団長様は、そのまま城壁から飛び降りた。
強い衝撃を覚悟して、抱きついた私のワンピースの裾が風に煽られて風船のように膨らむ。
その風に守られるように、トンッと静かな音と共に騎士団長様は、私を抱き寄せたまま地面に着地したのだった。
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