看病と告白 3
そういえば、職場を休むのは初めてだ。
そんなことを思いながら、外に出掛け、伝書屋に職場宛の伝書魔法を依頼する。
「えーと、内容は……」
考えた末に、正直に“婚約者が体調不良のため”と記載した。
「他に理由もないしね……」
仮初めという認識でありながら、職場にまで婚約者を名乗ってしまったことに罪悪感を覚えつつお屋敷へと戻る。
「……騎士団長様」
騎士団長様は、制服から私服へと着替えていた。
その装いは、シャツにトラウザーズとシンプルだけれど、何でも似合う人というのは確かに存在するのだと体現しているようだ。
「……リリアーヌ嬢」
耳と尻尾は、彼が落ち込んでいることを私に告げている。
「嫌ではありませんでした」
「……」
「ところで、先ほどのお言葉では、まるで騎士になったのも、狼耳になったのも私のためだったように聞こえてしまいました」
「……それは」
逸らされた瞳を追いかけて、前に立つ。
呪いは、騎士団長様を徐々に蝕んでいる。
もし、呪われたことが、私の言葉のせいだとしたら……。
「私のことが好きだから、わざと呪われたんですか」
騎士団長様は、眉をひそめ、けれど私をまっすぐ見下ろした。
「……全部、君を手に入れたくてしたことだ」
「なぜ……」
「三ヵ月前、ルードディア卿が、獣人化の呪いが込められた宝石を持って俺の元を訪れた」
――おじい様、何やっているんですか!?
それが私の正直な感想だ。でも、そうだとすれば、騎士団長様が長期休暇を取ってまで、多くの魔獣を倒してきたのはなぜだったのだろう。
「……犬耳と尻尾を手に入れて、君の前に現れれば良いという言葉は、あまりにも魅惑的だった」
「……」
「他の男に渡してもいいが、俺に一番に声をかけた、という言葉を聞いて迷わずそれを使ったよ」
フラフラと私の前から消えた祖父が、そんなことを画策していたなんて、困惑と驚きと怒りが湧き上がる。
「けれど、精霊たちから数々の加護を受けた俺には、その呪いは効き目がなかった」
「そ、それで……?」
なんとなく、話の流れが読めてしまった私は、騎士団長様を見つめた。
「俺はルードディア卿に、他の男に声をかけるのはやめてほしいと頭を下げ、その足で騎士団に長期休暇願を出した」
「……それで」
「すでに君のところには、データが送られているだろう?」
――王都を不在にしていた約三ヵ月間に、騎士団長様が討伐した魔獣は十三体。そのうち十一体が上級魔獣で、一体が災害級魔獣。
……そして、騎士団長様に呪いを掛けた魔獣は、神話級。
「犬の魔獣では、騎士団長様に呪いを掛けることはできなかった、と……」
「その通りだ」
「えぇ……」
呪いで命を落とした仲間だって、騎士団長様はたくさん見てきたに決まっている。
それにもかかわらず、どうしてそんなことを……。
「命が惜しくないのですか」
「君のとなりに、俺ではない誰かが立っているのを見るくらいなら、いっそ……」
「っ……」
ボタボタとこぼれた大粒の涙は、いったい何に対するものなのだろう。
「すまない……」
「騎士団長様は、バカです。大バカです!!」
「君を泣かせるつもりは、なかったんだ」
「私なんかに、そんな価値はないですよ」
「……それを決めるのは、君じゃなく俺だ。なによりも得がたくて、誰よりも愛している」
信じられなかった。
王国の英雄、騎士団長様は、出会ったあのころと違い、遙か遠くに行ってしまった。
それでも、せめて陰ながら力になりたくて、私は……。
それにしても、一度に色々考えすぎたせいなのだろうか。頭がクラクラするし、寒気がする。
「ところで、リリアーヌ嬢、先ほどから顔色が悪い気がするが……」
「……クシュンッ!!」
一瞬にして尻尾の毛を逆立てさせた騎士団長様の、そこからの行動は早かった。
私を横抱きにしたと思うと、あっという間にベッドに寝かせて布団を掛け、秋になったばかりでまだ火の気のない暖炉に魔法で火をつけた。
――私は、その日から熱を出して寝込んでしまった。
騎士になったのも私のためだ、という騎士団長様の言葉の意味を確認することもできないまま、三日間、過保護すぎるほど過保護に、看病されることになるのだった。
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