文明の利器
第一章~冷却シートは反則だろの巻
私立探偵という胡散臭い肩書きの鳩羽美咲{はとば・みさき}氏は、八月某日、簡素なオフィスで熱中症寸前にまで追い込まれていた。
今時にエアコンなしという過酷な環境なのはその懐具合から伺えるが、それにしても暑い、最早死ぬ覚悟なほどに暑い。
二十歳半ばで脱水死などしたくないのであろうミサキ氏は、麦茶をガブガブと飲んで、唯一の文明の利器である扇風機にしがみついて、ひたすらにあーあーと唸っていた。これ、一度はやるよね?
ミサキ氏の仕事は普通の探偵とは少し違っていて、今でこそ猛暑と戦っているが、普段はタロンという化物と戦っている、孤高のガンマンなのである。愛用するのはヘビーバレル・リボルバーで、それを二挺持ってタロン、地獄の禿鷹を退治して回るのが彼女の本来の姿なのだ。扇風機にしがみついている姿からは想像できないだろうが。
「美咲さん、アイス食べますか?」
相棒兼雑用係の「僕」は見かねて提案してみた。僕だって死にそうに暑いが、この猛暑ながら暑いのには耐性がある方なのでまだマシなのだ。
「食べるよ、そりゃ勿論。てか、冷却シートは反則だろ」
言いつつアイスを頬張るミサキ氏は、アイスさながら溶けそうである。
さて、僕の雇い主である鳩羽美咲氏を語る前に、僕がここ、ミサキ探偵事務所にお世話になった経緯から語ってみようと思う。大した話ではないのであまり期待しないで下さい。
結論から言うと僕がタロンに襲われていた所を助けられたのだ。
地獄の使者、鉤爪を意味するタロンはその名の通りの怪物で、背翼と鉤爪と鋭い牙を持った異形のことで、稀に僕らの世界に迷い込んでは悪さをするという輩なのだ。
そのタロンに深夜の路地裏で襲われていた所を、扇風機と一緒のミサキ氏に救われたのが縁で、このサウナ、もとい、事務所にお世話になることになったのだ。
以上、猛暑を堪能するにはうってつけの事務所より、経緯でした。