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9/9

 あれから一か月ほどが経った。俺の生活は変わらずだった。

 佳奈と一緒に登下校し、学校では康太と馬鹿な話をし、時々星乃姉妹も会話に加わって話が弾み、休日に遥、彼方がバイトしているファミレスや喫茶店に遊びに行ったり、補伽さんは顔を合わせれば相変わらず罵倒してくる。


 そんな日々が俺の日常になっていったある日、ちょっとした、いや、俺にとっては大事件が起きた。

 ふと目が覚める。目を開いても部屋の中は暗くて周りはよく見えない。

 俺は枕元に置いてあるスマホを感覚で取り、画面を触る。

 それに反応したスマホが光を灯し、周囲との明るさの違いで目が細まる。


 時間を確認すると現在時刻は午前二時。普段俺は、就寝すると基本的には朝まで目を覚まさない。じゃあなんで今日は起きてしまったのかと言うと、昼間に三時間程度だが、昼寝をしていたからだ。

 昼寝をした時は偶にだが、夜中に目を覚ますことがある。


「……喉乾いたな」

 このまますぐに眠っても良かったのだが、喉が渇いていたのでリビングに水を飲みに行くことにした。


「夜中に家の中を周ることはないけど、皆寝てるだろうし、あんまり音をたてないようにしないとな」

 と言うことで、某スニーキングゲームの如く音が鳴らないよう慎重に行動を始める。

 音を立てないように扉を開け、廊下に出る。


 現在地は二階の最奥の部屋だ。まずは一階に降りるための階段まで移動することだが、その道中に佳奈の部屋がある。そこが第一関門だろう。

 そろりそろりとゆっくりと足を踏み出す。


 足音はならないが時々床が「ギシッ」と若干音を立てるせいでその度に心臓がドキドキする。

 別に悪い事をしているわけじゃないのになんでこんなに焦るもんなんだろうな。

 そんなことを思っていると、佳奈の部屋の前まで進んでいた。


(息を殺せ、音を立てるな。佳奈の睡眠の邪魔はさせないぞ)

 立って歩くと床がきしんで音が鳴るならと、匍匐前進で進もうとし、うつ伏せになった時だった。


「……お……ちゃ……き……」

(ん?)

 どこからか声が聞こえた気がした。

 まさか俺が音を出したわけじゃないよなと動きを止め、耳を澄ます。


「……はぁ……もちぃ……お兄ちゃん……っ!」

 声を押し殺したような、くぐもった声に微かに聞き取れた俺を呼ぶ声に何かあったのかと思い、ノックもせずに部屋に入った。


「どうした佳奈⁉ 大丈夫か⁉」

 部屋に入るなりすぐに声を掛ける。

「えっ…………おにぃ……ちゃ……なん……で……」


 俺は自分の目を疑った。俺の目に映った佳奈は……ベッドに座ったままパジャマを気崩し、致していたのだった。

 俺たちは時が止まったかのように錯覚し、お互い見つめ合ったまま、動くことはおろか、喋ることさえできなかった。


 先に我に返ったのは、佳奈だった。

 真横に置いてあった枕を掴むと、そのまま俺に向かって投げてきた。

 未だに動くことのできない俺は、顔面で枕を受け、部屋の外に倒れる。

 そしてすぐさま部屋の扉が閉じられてしまった。


 取り敢えず立ち上がろうとするが、足にうまく力が入らずに、そのまま尻もちをついてしまう。

 その状態のまましばらく呆然としていた。まだ脳が今の出来事を受け付けないのだ。

 どのくらいそうしていたのだろう。一分も経っていないかもしれないし、一時間以上経っているかもしれない。どれだけ時間が経ったのか分からないが、ようやく、俺は正気を取り戻す。


「はっ!」

 正気に戻った俺は何が起こったのかを整理し始める。

 まず、俺が佳奈を起こさないように静かに移動していると、佳奈の部屋から何か聞こえ、起こしてしまったのかと思い、耳を澄ましていると、お兄ちゃんと聞こえたから何かあったのかと思って部屋に入ると致していたんだ。


 俺の名前を呼びながら致している……まさか好意があるのか? 家族としての好意なら分かるが、状況的に異性としての好意ということになる。俺たちは兄妹なのに?

 整理していると段々落ち着かなくなってきた。


「とりあえず水を飲んで落ち着こう」

 それからリビングで水を飲み、部屋に戻って布団に潜ったわけだが、落ち着いたことで逆にさっきより鮮明に考えてしまう。


 周りから見れば俺たちの距離感は近すぎていた。普通にハグとかしていたしな。確かにこう改まって考えてみると他の家庭の兄妹は、いや、それどころかカップルでも人前でハグをしているのはあまり見かけないものだ。


 だが俺たちの……もう俺たちではないのか。少なくても俺は妹として、家族としての好意で行っていた。

 けれど佳奈は異性としての好意で行っていたということになるのだろうか。


 一体佳奈はいつから異性として接していたのだろう。あの時か、それとももっと前か。

 いくら考えたところで答えなど出るはずもなく。

 結局この日はもう眠ることなどできなかった。


 外から鳥のさえずりが聞こえる。

「……朝か」

 いつも起きる時間より幾分か早い。だが、いつもの時間まで待てば佳奈と顔を合わせることになる。


 断じて佳奈のことが嫌いになったとかそういうわけではない。俺の佳奈への気持ちは変わってはいない。でも、さっき(とはいっても数時間前だが)あんなことがあったから顔を合わせるのが気まずい。


 佳奈も致しているところを見られたんだ。しかも異性として好意を寄せている相手に。きっと顔を合わせたくないだろう。

 俺は勝手に佳奈もそう思っているだろうと、自分を正当化しようとしていた。


 いつもより早めに朝食を食べ、早めに顔を洗い、早めに制服に着替える。そして早めに、随分と早めに学校に向かう。佳奈が起きてくる前に。

 俺は気付いていなかった。この行動はまるで佳奈から逃げているようだと。


「一人で登校するのは随分と久々な気がするな」

 実際には佳奈と登校するようになってからまだ二か月も経っていないのだが、そう感じるほどに二人の日々を堪能していたのだ。

 やけに長く感じた通学路がようやく終わりを迎え、学校に到着する。


「まだ六時半なのに学校はもう開いているのか」

 正直しばらくは学校の外で待つ覚悟ではあった。でも朝から働く人がいるお陰でその必要はなかった。

 それと陸上部だろうか。恐らく朝練なのだろう。ちらほら学校の周りを走っているのが見える。


 陸上部の大変だなと思いながら学校に入ろうとすると、走っている人物が俺の後ろで止まり声を掛けてきた。


「あれ? 高田君?」

「遥さん?」


 振り返るとそこにはポニーテールの体操服姿で汗を流しながら僅かに呼吸を乱している星乃遥さんが立っていた。


「おはよう。遥さん陸上部だったんだね」

「おはよ! うん、陸上部だよっ! って高田君隈が凄いけど大丈夫?」

「あー、ちょっと寝不足でね」


 自分では気付かなかったが一目で分かるほど隈があるらしい。


「学校来るのもいつもに比べてだいぶ早いもんね。なにかあったの?」

「ううん、大したことじゃないよ。朝練頑張ってね! それじゃ」

「え、ちょっと⁉」


 他の人に知られてはいけない気がして、適当に誤魔化し足早に校舎へと入っていった。

 教室に入るがまだ誰もいなかった。


「そりゃそうか。まだ六時半だもんな」

 とりあえず席に座るが、特にやることはないので机に突っ伏す。

 俺の席は窓側にあり、朝日が俺の席に当たっている。程よく暖かく、体に当たる日が心地よい。

 眠れていなったことも相まって、俺は意識を手放した。


「起きろー。健也」

 体を揺さぶられ、目を覚ます。

 顔をあげると康太が椅子を反対向きに座り、俺に机で頬杖をついていた。


「おー起きたか。って隈すごいな」

 時刻は八時半。あとちょっとしたら朝礼が始まる時間だ。


「今日はちょっと眠れて無くてな。二時間ぐらい寝たからちょっとはスッキリしたけど」

「二時間⁉ お前そんなに早く学校に来てたのかよ。なんかあったんか?」


 体を伸ばすとバキバキと骨が鳴る。

「あー……いや、特に」

 その曖昧な返事に康太は俺の目を見据えてから声を出す。


「お前が話したくないなら離さないでいいと思うけど、話したら案外スッキリするかもしれないぜ? 解決するかどうかは分からんが、糸口が掴めたりとかな」


 人に相談できるような内容ではないが、誤魔化してならいいかもしれない。

 そういうわけで内容をかいつまんで相談する。


「実は昨日……というか今日か。佳奈が秘密にしていたこと? 俺が知っちゃまずかったこと? を意図せずだが知ってしまったんだよ。それでちょっと顔を合わせずらいと言うか」


 話し終えると康太はうーんと唸ってから言葉を出す。


「それって妹ちゃんが知られたくなかったって言ったのか?」

「言ってはないけどその時の反応的にそうなんだと思うけど……」

「お前がそうが思い込んでるだけなんじゃないのか? その時の状況は分からんが、反射的にそういう反応をしただけかもしれないしな。ちなみにその後話したりは?」

「話どころか顔も合わせてない」


 そういえばいつ以来だろうか、佳奈とこんなに顔を合わせなかったのは。高校と中学で登校時間が別々のあの時でさえ、朝は必ず顔を合わせていた。


「超絶シスコンのお前が顔すら合わせないって大事件じゃねぇか……」

 康太はそんな大ごとなのかと言った感じの表情をしていた。


「ごほん。とりあえず、お前が見ちゃったことを悪いと思ってるなら、謝罪して、それで一度話してみたら良いんじゃないか? 案外気にしてるのはお前だけって可能性はあると思うぜ?」


 流石にあれを気にしてないってのはないと思うが、話すらしてない状況で俺が勝手にあれこれ悩んでいても答えなんて出ないだろう。


「そうだな、一度話してみるよ」

 と、述べたその時、教室の扉が勢いよく開かれた。

 先生が来たのかと思い、皆が扉に目を向ける。が、そこにいたのは妹の佳奈だった。


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