五
目が覚める。と同時に違和感を感じとる。身体が締め付けられている感覚があるのだ。
俺は無言で布団を捲る。
「やっぱりか」
するとそこには佳奈が抱きついてスースーと眠っていた。
佳奈は時々俺が寝ている間に布団に潜りこんできて添い寝をすることがある。
さて、どうしたものかと考えていると
「んんっ〜〜、あっ、兄さんおはよー」
『兄さん』。普段、佳奈は俺の事を『お兄ちゃん』と呼んでいるが、今みたいに布団に潜り込んだ日や、そうでない日も偶に呼び方が『兄さん』となる。最初にそう呼んだのは確か昨年の佳奈が先に家に帰っていた時だ。
佳奈も思春期だろうし、寂しいが何時までも『お兄ちゃん』とは呼んでくれないのだろう。と思っていたのだが、そうでは無いらしい。あの日は一日中『兄さん』呼びだったが、次の日には『お兄ちゃん』呼びに戻っていた。しかし今日みたいに、布団に潜り込んだ時含め、ちょくちょく『兄さん』呼びをする日が出てきた。
気になった俺はなぜ呼び方を変えるのか聞いた事があるが、「んー? 気分……かなぁ?」と若干はぐらかされてしまった。
はぐらかしたと言うことは知られたくないのだろうと思い、俺はそれ以上追求はしなかった。呼び方が変わるのが嫌な訳では無いし、どちらかと言うと偶に呼び方が変わると新鮮な気持ちになるから俺にとってもいい事だ。
「兄さん?」
「あ、あぁ。おはよ」
佳奈が目を覚ます。が、依然抱きついたままだ。
「佳奈、いつも言ってるが何も言わずに布団に入って抱きついてくるのは止めてくれ。流石に恥ずかしい。親しき仲にも礼儀あり、だぞ」
男子ならわかってくれると思うが、寝起きはアレがある。いくら仲が良かろうが、アレは流石に恥ずかしいってもんだろう。
「ごめんなさい。でも昨日あんなに気分上がっちゃったらそりゃ、昂っちゃうよ……」
どんどん尻すぼみになっていき、よく聞き取れない。
「え?」
「ううん、なんでもない! ごめんね、兄さん!」
抱きつくのをやめ、布団から出る。愛くるしいパジャマ姿を見せたと思ったら、そのまま部屋から出ていってしまった。
「……………………」
カサカサの唇にリップを塗ってから着替え、リビングへ移動した。
朝食を食べていると着替えた佳奈がやってきた。
昨日の着飾った服とは打って変わって、今日の格好では外には到底出られない服装だ。端的に言うとだらしがない感じ。
佳奈は外に出る時や、人に会う時はちゃんとするのだが、外に出ない日等は基本的にだらしない格好をする。
だらしない格好ではあるが俺はかなり好きだ。何せ、この姿を見られるのは家族の、兄の特権だからな。
「兄さん私の方じっと見つめてどうしたの? そんなに見つめられると照れちゃうんだけど……」
顔を少し赤らめながらもじもじしだした。
「寝癖もヘアースタイルだなぁって思ってさ」
ばっ!と効果音が付きそうな勢いで、主張が激しい寝癖を抑え、顔をさらに赤くして洗面台の方へと走っていった。
「残念、今日はもう寝癖が見られないのか」
服装は大丈夫だが、寝癖はダメみたいだ。
ちなみに、今日みたいな日は大体寝癖が立っているのだが、今みたいに直されてしまうから言わずに楽しんでいた。
「でも、今の反応も可愛かったな。これはこれでありだな」
寝癖を直した佳奈が部屋に戻ってきたと同時にピロンとチャットアプリから通知の音が鳴る。
スマホを開き確認すると、康太から『今日も妹とデートなのか? 今日は空いてるなら遊び行こーぜ。暇すぎる』と来ていた。
今日はたまにしか見れない佳奈を堪能するんだよと思いながら一瞬佳奈の方を見ると、佳奈もスマホに目を落としていた。
「兄さん、今日家に友達呼んでもいい?」
それは別に構わないのだが、まさかもう遊ぶ仲の友達ができたのか。まだ入学してから1週間しか経ってないのに。なら、もっと仲を深める為にも俺が居ては邪魔になりそうだし、今日は康太に付き合ってやるか。
「おう。俺も誘われたから外出るわ」
「そうなんだ。じゃあ兄さんも楽しんできてね」
こうして今日は康太と過ごすことが決定された。