二
鍵を開け家に入る。
「「ただいま」」
しかしその挨拶に返事はない。母は仕事に行っており、父は俺と佳奈が小さい頃に他界している。
そしてこの返事がないという寂しい状況ではあるのだが、俺は密かに感激していた。
それはまた佳奈と一緒に帰ることが出来たからだ。
中学の頃は毎日一緒に帰っていたが、俺が高校になってからの1年間、当たり前ではあるがほとんど別々に帰宅していた。
俺が先に帰れた時は良いのだが、佳奈が先に帰っている時は、1人で寂しい時間を過ごさせてしまっていることになるので、とてもいたたまれない気持ちになっていた。
俺が高校に上がって間もない頃、急いで学校から帰り家に入ろうとした時、微かにだが、部屋から「お兄ちゃんっ!」と籠った声が聞こえたことがある。
その後すぐに家に入り、佳奈の部屋の前に移動すると佳奈が出てきて平然を装った声で「に、兄さんおかえりなさい!」といかにも私は大丈夫! って感じを出しながら言ってきた。若干息が上がっており、大丈夫だとは思えなかったが、きっと佳奈が俺が心配しないように気を使ったのだろうと思い、その気遣いを無駄にしないようにその事については聞かなかったが、それだけ寂しい思いをしていたということだ。
時々、帰る時間がズレたりはするだろうが、ほとんどは一緒に帰る事ができるだろう。これであの時の様な思いをさせることはかなり少なく出来る。
「久々にお兄ちゃんと帰ってこれた〜」
靴を脱ぎながら嬉しそうに呟く。
「1年ぶりだもんな」
「1年分取り返すから覚悟してよね、お兄ちゃん!」
数時間後、母さんが帰ってきたので夕食にした。ちなみに夕食を作るのは俺だ。仕事がある母さんの代わりに何が出来ないか探していた時に料理に手を出してみたのだ。
初めのうちは母さんに教えて貰いながら一緒に作っていたが、気付いたら1人でやれるようになっていて、それからは俺の担当になっている。
「母さん、今日冷蔵庫にデザート入ってるから食べていいよ」
「あら、嬉しいわ。いつもありがとうね、健也」
「気にしないで、母さん。母さんもお仕事お疲れ様」
皆が夕食を食べ終えたあと、母さんが今日は私が洗い物するわといい、食器などを洗い始めた。
「私今からデザート食べるけどお兄ちゃんどうする?」
「じゃあ俺も食べようかな」
はーい、と言いながら自分の分と俺の分のデザートを取ってきてくれた。
「あっま〜い!」
佳奈はロールケーキ風のミルクレープを口に頬張り、幸せそうな顔をしている。
「たまに食べコンビニデザートは美味いな」
俺はデザートは珈琲ゼリーだ。この甘すぎず、苦すぎないこの絶妙なバランスがとてもよい。
そんな風に堪能していると、佳奈がジーッと俺の珈琲ゼリーを凝視していた。
「ん? 1口いるか?」
「いいの? ありがとう!」
スプーンで珈琲ゼリーを掬い、佳奈の口に持っていく。
「ほれ、あーん」
躊躇う素振りもなく、差し出された珈琲ゼリーを口に頬張る。
「こっちもおいしい〜」
蕩けるような顔をして堪能すると、今度は自分のミルクレープをスプーンで掬い、俺の方に差し出してくる。
「いいのか?」
「もちろん!」
「んじゃ、遠慮なく」
俺も躊躇うことなく差し出されたミルクレープを口にする。
「うん、美味い。ありがとうな」
「えへへ、こっちこそありがと」
なんてやっていると、洗い物を終えた母さんが自分の分のデザートを手に持ち、こちらにやってくる。ちなみに母さんはイチゴの入ったクレープだ。フルーツ系が好きな人なのだ。
「相変わらず仲がいいわね、あんたたち」
今のやり取りを見ていたのだろう。そんなことを言いながらクレープを食べ始める。
「お母さんのも1口ちょうだい!」
「はいね」
佳奈が母さんのデザートも貰って幸せそうな顔をする。それを見ながら母さんが冗談げに言った。
「ただ、変な気だけは起こしちゃダメよ〜。特に健也は魔が差したとか言ってもダメなんだからね」
「何言ってるんだよ母さん」
まずそんな事は有り得ないが。俺が佳奈を不幸な目に合わせるわけが無い。それに俺たちは兄妹だ。
それを分かっているから本気で言っていないのだろうが。
でもそれならなんで言ってきたのかが分からないな。
「…………………………」
珍しく話に入ってこなかった妹に俺は気付かなかった。