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012 修学旅行に行くぞ

 梅雨も明け、燦々と照りつける太陽が眩しくなってきた7月、俺たちはついに……修学旅行へと向かう。

 沖縄に対する期待感からか、俺の心臓は飛び跳ねるように鼓動を生んでいた。

 いや、期待しているのは沖縄だけではない。俺にとって初めての体験がもう一つある。それは……


「おい見ろよ莉里! 飛行機だ! でっけぇ!」

「騒がないでよ子どもじゃないんだから!」

「これが興奮せずにいられるかよ! 飛行機なんて生まれて初めて見たからな!」


 そう、飛行機だ。

 貧乏な家で生まれ育った俺に飛行機で旅行に行くなんて経験は皆無だった。だから今はすこぶる興奮している。

 修学旅行もどうせ行けないだろうと思っていたが、その積み立てだけは親父が仕事を増やして払ってくれたらしい。本当に頭が上がらないぜ。


「アンタ、ずいぶん荷物少ないわね」

「おう。修学旅行に行けるのは親父のお陰だからな。土産を買うんだ」

「へぇ。いい息子なのね、顔に似合わず」

「ひと言余計だっての」


 似合ってねぇのは承知している。だからってやらないわけにはいかない。それが礼儀ってもんだろ。

 土産は親父だけでいいんだが、それだと姉貴に殺されるからな、一応あいつにも買っていこう。


「そ、そこの2人!」

「あん?」

「ん?」


 俺たちの談笑を遮ったのは黒髪ロングの背の高い少女だった。

 普段リリアばかり見ているから感覚が麻痺しているが、冷静に見ればこいつもかなり可愛い子だ。初対面だが。


「僕らのクラスで男女班になったのは君たちだけ! 風紀委員として不埒なことは許さないからね!」

「……あんた誰?」

「なっ!? 僕だよ僕! 小学校から一緒だろ!?」

「知らんが」

「ぐっ……大将はこういうやつだったな。知ってるよそれくらい……」

「あら、下の名前で呼び捨てとはずいぶん親しいじゃない?」

「莉里、誤解すんなよ? 俺はこいつを知らねぇ」

「馬鹿なのか!? 久野楓(くのかえで)だよ!」

「マジで知らなかったわ」


 小学校にこんな可愛いやついたか? ……思い出せない。一緒にバカやってた男子しか覚えてないからな。

 俺が知らないと正直に告げると久野とやらは涙目になってしまった。

 終いにはバカ! と叫ばれて逃げられる。なんなんだよ。


「アンタあの子のこと知らないの?」

「知らん。ってかクラスメイトのほとんどを知らんぞ」

「ふぅん。……ま、アンタらしいか」

「なんでちょっと笑ってるんだよ」

「誤解しないでよ? アンタらしいって言ってるじゃない」

「どういう意味だ?」

「ま、いつか分かる日が来るといいわね」

「はぁ?」


 何がなんだか分からんので久野の方を見てみた。

 久野はどうやら友達と班を組んでいるわけではなさそうで、一人で座って本を読んでいた。いつかの自分を見ているようだな。

 1時間ほど待ってようやく飛行機に搭乗することができた。端っこの3人席が俺たちの席らしい。もう1人分は誰だろうか。


「あ、私窓際がいい!」

「おいおい、俺だって窓際がいいぞ」

「むー。彼氏なら譲りなさいよ」

「ダメだ。窓際だけは譲れない」

「ってことは……」

「ギャンブルだ」

「おーい、飛行機の中でまで何をしてるんだ?」


 悪友に呆れられるのも納得だ。修学旅行の飛行機でギャンブルする馬鹿は俺くらいのものだろう。


「じゃあ私が勝負を指定するわね。この飴玉が右手と左手、どちらに握られているかアンタに当ててもらうから」

「なるほどな。目を瞑っていればいいわけか」

「さすが、話が早いわね」

「ただし、どちらの手にも入れないってイカサマはなしだぞ?」

「……わかってるわよ。そんなイカサマはしないわ」


 イカサマを先に潰しておいてから目を瞑った。そうじゃないとリリアは何をするかわからんからな。

 窓際くらい譲れよと言われるかもしれないが、初の飛行機なんだから景色を思う存分見たい! これは少年心ってやつだな。


「もういいか?」

「まだよ」

「あぁ? 飴を手に隠すだけだろうが!」

「せっかちな男は嫌われるわよ」


 なんだ? 何か仕掛けているのか? いや……そんなことはねぇか。

 リリアに嫌われるかもというだけで行動を変えちまうんだから恋ってすげぇよな。俺もこんなに丸くなるなんて思ってもいなかったぜ。


「待たせたわね。目を開けなさい」

「よし……」


 目を開けるとリリアの両手が閉じられ、グーでこちらに向けられていた。

 右か、左か。どちらかに飴が入っているはずだ。

 こんなもん考えたって仕方がねぇ。まぁ俺の直感は強いんだ、選べる立場にしたこと、後悔させてやるよ!


「俺から見て右だ!」

「いくわよ……オープン!」


 リリアが左手を開くと、そこにはカラフルな包み紙があった。つまり、俺の勝ちだ!


「よしっ! 俺の勝ちだ!」

「何言っているのかしら? ここに飴玉はないわよ?」

「……はっ?」


 包み紙を奪うと、ペラペラだった。中身の飴玉だけなくなっている……ってことは!


「ふふ、美味しかったわ」

「テメェ! またイカサマかよ!」

「条件の絞り込みが甘かったわね。どちらかには当たりを入れたわ。肝心の飴玉は食べちゃったけどね」

「だから時間かかってたのか! クソが!」


 俺がリリアの肩を掴み、ぶんぶん揺らして抗議するがリリアは頑なに窓際を譲らなかった。


「おい、何をしているんだ?」

「あぁ? ……うおっ!?」

「えっ? きゃあ!?」


 久野ってやつが俺のケツにぶつかってきて、俺がリリアに覆い被さっちまった。

 リリアの唇に俺の唇が重なりそうになるところをなんとか避けて頬に留めることができた。危ねぇ……事故で負けるところだった。


「テメェ! 気をつけろ!」

「ご、ごめん……だが機内で騒ぐのはよくないぞ!」

「チッ」


 俺は何事もなかったかのように3列席の真ん中に座った。

 ……が、その実心臓はバクバクだ。リリアにほっぺにチューされたんだからな。事故だとしてもドキドキはする。

 リリアを横目で見るが、顔を真っ赤にしてそっぽ向いていやがる。チッ……久野とやらのせいで怒らせちまったじゃねぇか。

 とんだ旅のスタートだぜ。

明日の更新はお休みさせていただきます。

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