待て、しかして希望せよ
真夜中の港町、センケーゲの倉庫街。
建物のひとつに入った俺っちたちに……
特職女たちを探すなら、その王命を下していただきたい、と天才ネズミのシロカゲは言った。
「……判った。じゃあ、今だけ。今夜だけだかんな。お前らの王になるのは」
適当にそんなフリでもしておこう。
「今はそれで充分でございます。では……CHUUUuuu!」
シロカゲが不思議な叫びを上げると、視界をふさいでいた帆布をネズミどもが左右に引っ張り、その奥の光景を露わにした。
そこに見えたのは……
星空、だった。
真っ暗の部屋の中、またたく無数の赤い星。いや、それは星じゃない。眼だ。ネズミの眼だっ!
暗闇の中、無数のネズミが眼を光らせている!
一瞬、パニックになりかけたけど……
「フシャー!」
俺っちを背に乗せていたマヌーが、うなり声をと共に体毛を膨らませて緊張したのが判った。他のヒトが熱くなれば、逆に自分は冷静になれる、って本当だな。俺っちは少し落ち着いて、ダチの肩を(肩らしきところを)優しく叩き、ネズミ視覚であたりを見回す。
大きな倉庫の暗がりのなか、積み上げられた大小の荷物を覆い隠すように、たぶんセンケーゲじゅうのネズミどもが集まってる。それが俺っちたちを見つめている。その眼はこう語っていた。
(敵か?、敵か?、敵か?)
正直言って、怖い。
だけど。そう思ったとき、俺っちのなかに不思議な想いが湧き上がった。酒に酔ったような……おなじみの、魔意味に接続される熱い感覚と共に。
『こいつらのほうが怖がっている。俺っちを……見知らぬネズミを? いや、違う。なにもかも怖がっている。いつも、いつも……』
どうしてそんな考えが浮かんだのか、それは判らない、判らないが……
「さあ、王としてのお言葉を」
脇に控えるシロカゲが囁く。そう言えばほんの数日前、この白ネズミのことを俺は『もうひとりの俺っち』だと思った。ツーフェ町でネズミどもを毒殺したときは『ざまぁ』と思ったくせに。
そう。ここにいるネズミどもは。
死ねばいいとさえ思っていた、ネズミたちは……
仲間はいても、小さく、弱く、見知らぬ者からは疎まれ、嫌われ、馬鹿にされ、踏みつけにされ、小さく、不思議なちからさえ救いにならない。
そう、まるで……
(敵か?、敵か?、敵か?、味方か?)
ああっ、待て、待て、待て!
ネズミたちの視線のせいなのか、それとも小さなケダモノたちは本当に何かを感じているのか、その想いが、魔意味が伝わってくるせいなのか。
俺っちの心が熱い、暴走してる!?
(敵か?、味方か?、それとも……)
もっと、もっと熱くなる。
身体が、想いが熱くなる。
(それとも……我らを救う者か?)
やめろ!
これは錯覚だ。カン違いだ。頭のいいシロカゲならともかく、たかが普通のネズミどもがそんなこと想うわけないじゃないか。
初対面の俺っちを救い主だなんて想うなんて変じゃないか小さく弱く疎まれ嫌われ馬鹿にされ踏みつけにされ不思議なちからさえ救いにならず小さいからと言ってネズミなんて汚い気持ち悪い臭い小さい生き物に同情するなんて変だおかしい間違ってるありえない!
ネズミに優しいギャルなんていない!
そう、お前たちは、まるで……
もうひとりの、俺っち。
俺が、ついにそう悟ったとき。
その、ありえざる想いは、ありえるカタチになり、物理法則を捻じ曲げる魔意味パワーとなった。
ちからは行き先を求め、《《俺》》の過去と現在を呼び水に迸った。ネズミを殺し、ネズミがすがるモノを殺し、ネズミを神敵と呼ぶモノを殺し、いま、ネズミの天敵たる猫の上に立つモノ……おのれより強いモノの上に立つモノ。
王。
ちからは言葉に定められ、小さな俺っちの小さな脳内にまるで爆発したかのように響き渡った……
真・変身!
ジャンッ!
ピアノの鍵盤をいくつも同時に叩くような脳内効果音と共に……
余は変身した!
いや、変身させられてしまったのだ。
他ならぬ余自身の思い込みによって!
真の妖精形態と同様に、いつもの変身とまるで違うことは、すぐに判った。外から見れば本物のネズミに見えても、今までの余の自覚では高級コスプレにしか感じていなかった。
しかし……
いまの余は、あきらかにネズミそのものだ。視界に入る手や足の先は細く、爪は尖り、毛むくじゃらの体表は倉庫の冷気を直接感じている。長いピンク色の尻尾は柔らかく自在に動かせた。尻尾を導火線のように燃やしていた幻の炎は消えた。
変身と共に、運命が変わったのだ!
それはとても恐ろしく、同時にとても誇らしかった。ずしり、と頭の上のドクロの指輪が重くなったような気がした。それは今や余にとって本物の王冠だ。ケットシー族が顔をよじって余の姿をのぞきこんだ。その猫目が大きく見開かれた。
「クライン……?」
「違う。余は、余は……」
王冠の重さを跳ね返すように背を伸ばす。伸びた前歯の隙間からすうっと息を吸い込み、長いヒゲを揺らして、余は民に向かって叫ぶ!
「余はネズミ大王なり!」
「「「 チュウウウウウーッ!! 」」」
余の言葉に民たちが応えた。そう、今の余は民と語り合うことができるのだ!
「……おお、おおーうっ!!」
かたわらの白ネズミが感涙にむせんだ。
「余は……余はお前たちと同じく、小さきものなり。弱きものなり。踏みつけられしものなり……」
あれっ?
俺は調子こいて、何を言ってるんだ?
「されど、ちからを持つものなり。小さいというちからを!」
えーと、そうだ、命令しなきゃ……
「今、そのちからのふたつが奪われた……王の名において、お前たちに命ず。我がしもべ、ヒト族の娘たちを探し出せ。奪われたちからを取り戻せ!」
たしか、あの娘たちの特徴は、シロカゲがもう伝えていたんだよな。それにしても芝居がかった口調が止められないぞ! しかも、ちょっといい気持ちになってる!
脳の一部だけは冷静だけど、自分の心をまるでコントロールできてない! フェアリー・ライブのときみたいに、ノリノリになってないか?
ヤバい。これはヤバい。
どうヤバいかうまく言葉にできないが、とにかくヤバいことになりそうな気かする……
「余が、しもべを取り戻し……そしていつか、忌まわしきハイエルフどもに奪われた家族も取り返して…… いつか、いつか。そう、いつか。ネズミ大王の本当のちからが満ちるときがきたら……」
わっ、わっ、ちょっと待て!
「約束しよう。そのときこそ!」
ダメだってばーっ!
「お前たちを、約束の地に……すべてのネズミが、決して踏みつけにされることのない国へと連れていこう! 待て、しかして希望せよ!」
「「「 チュウウウウウーッ!! 」」」
「ああーっ、陛下、陛下! シロカゲのこのちから、この命、すべて永遠に陛下のものです!」
ああっ、言っちゃった。
取返しのつかないことを……!
シロカゲがすっくと立って叫んだ。
「さあ、皆の者よ! 走れ! 散れっ! 王のために、そしてお前たち自身の明日を掴むために! 王のしもべ、ふたりの女を見つけるのだっ! CHUUUuuu!」
そしてあの不思議な鳴き声を上げた!
たちまち、部屋じゅうのネズミたちが走り去った……
余の身体が、ぐらりと揺れ……
ケットシー族の毛皮をすべり、べしゃ、と床に落ちた。
ぽん、と音を立てて……
ネズミ大王形態は解け、いつものネズミ形態に戻った……ネズミ以外の誰かから見れば、たぶん見かけは変わっていないだろう……
フツーの、ネズミだ。
そして、うう……
「初期値、再定義……」
変身解除……
さらに素の自分、小さなニンゲン族の姿に戻った俺は……
ああ……
ああああああああっ!
「ああっ、何だよ、何がネズミ大王だよ、『王の名において』だよ!? しかも『しかして希望せよ』だってぇ? それって何かのパクりだろっ! ……恥ぃよ、恥ぃよぉ!」
俺はたぶん真っ赤な顔で、倉庫の床をゴロゴロ転げ回った。
「それに……とんでもない約束を……しちゃったよぉ!」
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臭い。
ここは、臭い。
ブ姫とフレーメは馬糞まみれの藁の中に潜んでいた。しかし、臭くても発酵した藁はほかほかと湯気をあげるほど暖かった。真冬の夜といえど、朝までここの馬小屋に潜むことはできそうだ。
怒号をあげながら探し回る冒険者どもを上手く避けて、見知らぬ建物をさまよった彼女たちは、ついに開く通用扉を見つけた。そして、ふたつの月の明かりを頼りにこの馬小屋にたどり着いたのだった。
朝がくれば馬を奪い、ここから脱け出す。後は成り行きまかせ。それが特職少女たちが考えた『ぷらん』だった。
「……あー、もう。臭いなあ」
赤毛娘が愚痴った。
「私は少し慣れてきました」
白ゴブリン娘が言った。
「早くご主人さまのとこに戻って、浄化の魔道具を使わせてもらいたいよ……ん?」
何ものかの気配を感じたフレーメは、そうっと藁をかき分けて外を覗いてみた。そして、馬小屋の土間にいたそいつと目があった。
「ひいっ、ネズミっ!」
藁をまき散らしてフレーメは飛び起きた。そこにいたのは何の変哲もない1匹の黒ネズミだった。どうやらご主人さまの変身した姿ではない。彼女はばたばたと四つん這いで小屋の壁まで慌てて逃げた。
「しーっ、しーっ……!」
「だ、だってさぁ……あたい、ネズミだけはダメだもん」
藁山から長耳の顔を出したブ姫が小声で制したが、さきほど冒険者を平気で殺めた少女は震えながら弁解した。そのバニー鎧の耳から藁がぱらぱら落ちていた。
「騒ぐと見つかりますよ……あれっ?」
ブ姫は逃げずにこちらを見つめているネズミを訝しんだ。池に投げ込まれた石が波紋を刻むように、彼女の膨大な魔力は目の前のネズミに不思議な何かを感じたのだ。
ふいに。
黒ネズミの身体がぼやけ、見覚えのある白いネズミの姿が重なった。それはブ姫の魔力と白ネズミのスキルが合わさって見せた幻影だった。白ネズミは何かの言葉を呟いた。一瞬後、また元の黒ネズミの姿に戻った小動物は、角ウサギさえ追い抜くような速度で走り去って行った。
「いま……あのネズミさんが言ったこと、聞こえましたか」
「ネズミが喋るはずないよぉ。ご主人さまじゃあるまいし」
「私にはこう聞こえました」
ブ姫は緑の目をつぶり、神託を告げる巫女のように厳かな口調で言った。
「『待て、しかして希望せよ』と……」
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気が付くと、呆れたような猫顔が俺を見おろしていた。
「クライン、お前……」
「判ってるよ、マヌーの言いたいことは……! たかがネズミと交わした約束なんて気にしなくてもいい、って言いたいんだろ? どうせそんなこと出来ないんだから、ほっとけ、って……」
「えっ?」
シロカゲが傷ついたような声をあげた。
「よく『ネズミとゴブリンは約束という言葉を持たない』って言うもんな。だけどさ……」
ちからなくヨロヨロ立ちあがる俺を、マヌーは黙って見つめていた。
「……今の俺にとっては、違うんだ。少なくとも、死ぬまでに絶対に果たさなくちゃいけない約束なんだよ。だって、気が付いちゃたから。ネズミたちは『もうひとりの俺っち』なんだって……」
「……おおぅ、陛下、陛下!」
「いや、クライン。そんな先の話は別にどうでもいいニャ。それよりお前、気付いてないのかニャ? その尻尾のこと」
「尻尾?」
俺は急いで振り返り、そしてウネウネ動く自分の尻尾と目があった。
いや、尻尾に目はないけど。
えっ。
変身解除したはずなのに残ってる!
尻尾が、ネズミの尻尾が!
「尻尾があるぅ!!」
そう叫んだとたん、ぽとり、と生っぽい尻尾は落ちた。
そしてポンと音を立てて元のヒモに戻った。
「あ、取れた」
はい。100年以上前の翻訳からのバクりですね。
ご愛読、ありがとうございます。
評価や反応をいただけると、尻鳥は嬉しくて踊ります。そして最愛の奥様に笑われます。
もうしたよ、というかたには心からの感謝を!
それではまた次回、同じサイト、同じ作品で、お会いしましょう。




