フェアリーを捕まえた!?
あぁ……緊張する。もうすぐ初めての出番だ。
ここ、アベルク町の興行にて、俺はデビューする。
酒樽のように大きな鳥カゴの中で、俺はその時をじっと待っていた。
この鳥カゴは、町の『よろず屋』でゴブリン族の……ブリナさんが買ってきてくれたモノだ。かなりボラれたと言っていた。鳥くさい。
ここは組み立て舞台の舞台袖。身長18センチの俺にとっては広いが、ニンゲン族にとってはトイレの個室並みに狭い。ここから見る限り、客の入りは上々のようだ。今はトマタさんのマジックが、それなりに観客を沸かせている。エールとナッツの匂いが、いつものように漂ってきた。
まだ肌寒い季節なのに、顔にひとすじの汗が流れる。おっと、ドロシィさん直伝の化粧が崩れる。磨いたスプーンの鏡を見ながら、ちぎった拭き紙で顔をぽんぽんと軽く叩く。金属磨きは刃物マニアであるハッカイ族のサムさんに習った。
「あたしってイケてるかも」
スプーンに歪んで映る自分の顔に、震えながら呟いた。フツーの男(どこがだよ)がこんな格好で恥ずかしくないか、と言われればもちろん恥ずかしい。恥ぃよぉ。でも、今は緊張のほうが上まわってる。
誰も聞いてない冗談でも言わなきゃ、やってらんない。
次は、布ナプキン製にグレードアップしたドレスと、背中に縫い付けた羽の具合を、もう一度確かめる。上演中にポロリしたらシャレにならないよな。羽の原材料になったのは、森トンボの翅だ。昨日、ブリナさんの……旦那のゴラズさんが、わざわざ捕ってきてくれた。
ゴラズさんがいきなり翅をむしって俺に渡すと、残りのトンボ本体をモシャモシャ食べながら持ち場に戻ったのには少しビビったな。その羽をコップの水で湿らせ、金粉をかけて少し巻いておく。
時間だ。
助手猫のマヌーと共にトマタさんが引っ込んできて、ニヤリと俺にほほ笑むと、半分に切ったシーツを鳥カゴに被せた。
「魔物ひしめく大森林から、可憐な妖精がさまよい出ました……」
暗闇の中で座長の前口上が聞こえる。
そして、鳥カゴが乗る小テーブルごと、俺は舞台の中央へと運ばれていった……
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それから、しばらくして。
クロス教会の敷地、芝居小屋のすぐ外。
ツーフェ町の住民たちは、夏の終わりの日差しにさらされながらも、おとなしく行列に並んでいた。芝居小屋にしてはボッタクリ価格のショウを見るために。
「フェアリーっ、フェアリーがみれるかもよぉっ!」
かん高い声が響いた。
背の低い無口な道化師と一緒に立っていた幼女が、声を張り上げて呼び込みをしていた。その仕草と共に、背中につけた紙製の蝶の羽が揺れる。
彼女の整った顔と笹耳を見て、早とちりした何人かが、一瞬、ビクッと身を震わせる。しかしすぐ、緑の髪の幼女が、厄介な「美しきハイエルフ様」などではなく、「ブ姫」とも呼ばれるゴブリン族の稀れ子だと判って、彼らは安堵の溜息をもらした。
『今度来た旅芸人の一座が、本物のフェアリーを捕まえて見世物にしている』
そんな町の噂を耳にして、ふだん教会の掲示板や酒場の張り紙など見もしない新たな客層が、最近では近隣の町からも、こうして集まったのだ。
やがて直前の回が終わり、小屋から客たちがぞろぞろと出てくる。興奮を隠せないその様子を見て、並んでいた者たちの期待が高まる。道化師と幼女に案内されて、ほの暗い大テントの中を転ばぬように歩き、新たな客たちは固いベンチに座った。客席の間を廻る物売りが、芝居小屋価格でエールや果実水やナッツを売りつける。
しばらくするとリュートの音楽が響き、派手なチョッキを着たニンゲン族の中年男が舞台に上がり口上を述べる。
「紳士淑女の皆様方、本日オルゲン一座がご披露いたしますは、驚異に象られた不思議にして不可思議。今から皆様の心はその胸を離れて、魔法と事象の崩れし地平へと羽ばたくのです……」
彼の司会で、演目が始まった。
燃え上がる炎のような赤い煙を、ドラゴンのように自在に吐く刺青顔のハッカイ族。身体強化魔法も使わず素で鍛えぬいた男たちによる組体操。舞台に呼んだ客の秘密を、その手に握った紙にあぶり出して見せる占い婆。助手のケットシーを箱から出したり消したりする元宮廷魔術師。
ウソやハッタリばかりだとしても、田舎の町ではどれもそれなりに見ごたえがあった。だが、観客の目当てはあくまでもフェアリーだ。
そして、いよいよ待望のフェアリーの演目が始まった。
幕が上がると、舞台の中央には小さなテーブルがあった。その上には、テーブルクロスのような布をかけられた何かが乗っている。その布をさっと取り除いて、司会は舞台から降りてしまった。そこにあったのは、大きな鳥カゴ。その中に、何か白っぽい人形のようなものが横たわっていた。
あれが……フェアリー?
人形のようなものはピクリとも動かず、しだいに観客はざわざわと声を上げ始めた。まさか……あれは、死んでる? いや、ひょっとしたら作り物、まさしく人形なのでは? もちろん、この手のものに文句を言うほうがヤボなのだが、ひょっとしたら「見世物小屋あるある」に騙されたのでは?
そのとき。
人形のようなものが、動いた。
それは膝をそろえたまま身を起こし、ヒトならば珍しすぎる黒髪をかき上げて優雅に立ち上がる。正直言って客席からはその顔は小さすぎてよく見えなかったが、白い肌に赤い唇が目立つのは判る。白いドレスをまとった凹凸の少ない身体つきは、わざとらしいほど若い娘らしい仕草と相まって、その姿は清純な美少女にしか思えなかった。
彼女が両手を天に突き出し、大きく背伸びをすると、金粉を舞い散らせながら背中の羽がぱりぱりと広がる。それはまるで、新緑の朝露に濡れた森蜻蛉の翅が、乾いていくようにも見えた。
「「「「「 おおぅ…… 」」」」」
観客たちの驚愕の声が大テントの中に響いた。
まさしく、これこそ、本物のフェアリーだ!
今まで一度も見たことはないけれど、フェアリーに間違いない!
フェアリーは鳥カゴの中にあるスプーンを鏡がわりに身支度を整え、水瓶、いや普通のコップから両方の手のひらで水をすくって飲む。その可愛らしい振る舞いに、観客の目はもう釘づけだ。
最前列の席に、地味な黒衣を着た若い聖官が座っていたが、彼のように厳かな職種の者でさえ、鼻息荒く妖精を見つめるのに夢中のようだった。
そんな観客の存在に気付いたのか、やがてフェアリーは、まるで無実を訴える囚人のように、鳥カゴの針金を両手でつかみ、ガタガタと揺らす。あぁ、と今度は悲しげな声が客席から響く。進んで見物に来たくせに、まったくヒトとは勝手なものだ。
いきなり、魔灯による強い光が彼女に当てられた。
光の中、フェアリーはくるくると踊り子のように回転し、金粉を撒き散らしながら不思議な恰好をした。もし観客の中にクラインと同じく異世界ニホンと縁のある者がいたら、その恰好を指して「あの、あにめ魔法少女の必殺技ぽーずだ」などと呟いたかも知れない。
はたして。
鳥カゴの扉がまるで見えにくい糸で引っ張られたかのように、いや、おそらく妖精の魔法によって、ぱかっと開く。彼女は周囲を見回しながら、鳥カゴを抜け出す……
「あっ、逃げちゃうよ⁉」
観客の子どもの声が響く。
自由を得たフェアリーは、軽快な調べに合わせて、喜びにあふれたダンスを踊る。その踊りはお世辞にも上手とは言えなかったが、その素人臭さが逆に素朴な歓喜を感じさせるのだった。音楽が止み、彼女は両手を広げ上気した顔を上げる。その視線は遥か彼方の故郷を見ているかのようだ。そして、わずかにその身体を屈めた後、その羽でふわりと飛び立つ……
「ニャ~オ」
突然響いた猫の鳴き声に、妖精は驚き、姿勢を崩してテーブルの上に落下した。同時に、舞台の上手から、巨大な猫がのっそりと現れて、痛む自分のお尻をなでているフェアリーに近づいていく。
そして、その猫はテーブルに飛び乗った!
緊迫した音楽、観客の息を飲む音、誰かの小さな悲鳴が聞こえる。死神の鎌がごときドラ猫の前足が妖精を襲う……が、その寸前で彼女はふたたび鳥カゴの中に逃げ込み、自分から扉を閉めた。ふらちな猫は諦めきれずにガタガタと鳥カゴを揺らす。哀れな妖精は鳥カゴの中でしゃがみこみ、両手で頭を抱えてぶるぶる震えるばかりだ。
「こらー!」
今度は幼女の声が突然響く。驚いた猫はテーブルを飛び降り、下手へと逃げていく。あの可愛らしいブ姫が両手を振り上げて、上手から下手へとパタパタ駆け抜けていく。緊張から解き放たれた観客が爆笑する中、ふたたび司会が現れ、終わりの口上を述べるのだった。
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「ぶひっ、クライン、すまん。糸、切れてた」
「これって……」
マヌー登場の直前に、サムさんが裏手から引っ張って、俺がジャンプするように見せかける仕掛け糸が、引っ張る前にもう切れていた、そうだ。
えっ。
糸が切れるのは別にふつうのことだ。たぶんどっかカドに引っかかっただけだ。昨日も、カゴの扉を開ける糸が切れて自分で開けた。演技でゴマかしたけど。
でも、それなら。
俺は、さっき、どうやって飛んだんだ?
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