フラグ回収だぜ!
ネズミ駆除作戦のさなか。
突然、巨大なネズミ系モンスターに襲われた俺っちは、コテコテさんが居候している客間の、ネズミ穴に逃げ込んだ……
そして見つけた。
いや、正確に言うと、見つけなかった。
壁裏の隙間、普通のニンゲンの背丈ほどの高さ、何かが……無い。まるで風景を切り抜いたような、見えないモノが、あそこにある。俺っちのネズミでない部分、ニンゲンである俺の、追い詰められた知覚が、突然、真実を俺っちに告げた。
理屈は判らないが……
あそこに、ネズミには見えないモノがある!
すうっ、と深呼吸して、着ぐるみの下に着ていた衣装に意識を集中して、呪文を唱える。
「魔意味よ、雲のように網のようにこの世界を覆う魔意味よ、妖精の形態を定義する魔意味よ、聖官の認識にて接続せよ、俺っちを再定義せよ!」
急いた気持ちに合わせて急激な、酔いの感覚、繋がる感覚がする。どういう効果なのか知らないが、たちまちネズミの着ぐるみは吹き飛び、その下のフェアリーの衣装があらわになった。奥の手を用意しておいてよかった!
フラグ回収だぜ(泣)!
あたしは、ネズミには見えないモノを見上げる。
そこには、壁の隙間に挟まれた、箱のようなモノがあった。やっぱり。あたし自身の身体から発するキラキラの光で、ぼんやりと、見える!
今のあたしはネズミじゃないから、あれが見えるんだ……!
相手はネズミ系モンスターだ。あのモノの影に隠れれば!
高く舞い上がったあたしは、その、箱のようなモノの上に降り立った。そこに立って初めて判った。これは箱じゃない。バスケット・ケースだ。あたしのベッドのザルと同じように籐で編まれた、ちょっと大きめのバスケットが、むりやり壁の隙間に押し込まれている。
まるで、誰かが慌ててここに隠したかのように。
蓋の部分には、魔付ボタンが、これまた乱暴に3つほど縫い付けられている。そのうち1個はどこかで見たようなデザインだったが、今はゆっくり思い出している余裕がなかった。
ドターン!
壁の外で、たぶん、あのモンスターが本棚を倒す音がした。バスケットの上で、うずくまって、あたしは震えた。本当に、ここに居れば見つからないのか……?
待てよ。
このケースの中に入れば……アイツに見つかりにくくなるんじゃないのか!?
あたしはバスケットの蓋を開け……ようとしたが、開かなかった。壁に挟まって変形しているせいなのか?
これは、イケメン聖官と何日もかけて一緒に研究した、あのワザを試すときだ。あたしはフィギュア選手のようにくるくると回転し、アニメ魔法少女のようなポーズをとり、高らかに叫ぶ。
「妖精魔法、あたしは自由! 解錠!」
そう、今のあたしは魔法が使えるのだ! 呪文に応え、鳥カゴの戸が開くときと同じように、ぱかっ、とバスケットの蓋が開く。なぜか、ボタンのひとつが輝いた。
ガラガラガラ!
たぶんアイツが壁を崩す音が聞こえた。
あたしは夢中でケースの中に飛び込んだ!
バスケットの底に着地、勢いあまってごろごろ転がり、雑多なモノの山に、逆さまに突っ込んだ。顔の上に何か毛皮のようなモノがかぶさり、それを払いのけると、パタン、とバスケットの蓋が閉まるのが見えた。
間に合った……!
底から立ち上がったあたしは、安堵のため息をついて、中を見渡した。身体から出るキラキラのおかげで、弱いLED照明がある程度には明るい。あたしにとっての広さは四畳半ぐらい、高さは手を伸ばせば蓋に触るぐらいだ。
えっ。
このバスケットって……
ドール・ハウスじゃないか?
あたしはそう思った。
もちろん、この世界に人形は当然、存在する。あたしのことを観客が人形だとカン違いするときもあると聞いている。それならドール・ハウスだってあると思う。お貴族様とかお金持ちご用達だろうけどな!
でも、あたしがここをドール・ハウスだと思った理由は、この中に、あたしサイズの日用品の模型が溢れていたからだ。
年季の入った折り畳みテント、男の下着、厚手のコート、安物の魔灯ランタン、旅マント、水筒、火おこし、ボロボロ崩れる保存食の包み、毛皮でできた防寒帽、さっき顔にかぶさったのはこれか。全部、慌てて投げ込んだみたいに無造作に積み重なっている。げっ、野宿用の密閉蓋付き便所壺まであるぞ。
どれもこれも、あたしにぴったりの、すなわち1/10スケールで、信じられないほど精巧で、汚れぐあいもリアルな出来だ。あたしでも使おうと思えば使えるだろう。これはイイモノを見つけたかも知れない。
それにしても……
誰が作ったのか知らないが、いくらなんでも精巧すぎだろ。この魔灯ランタンなんか一瞬だけど本当に点くぞ。たぶん魔石切れだな。凝ってるな~
でも、こんなの、細工物が得意だと言われるスクワラ族だって無理っぽい。
異世界転生したモデラーでもいるのかよ!
いや……待てよ……
もしかして……
ここって……
……
魔包グッズの中なのでは?
こうやって入れたモノが縮むから、魔包グッズはたくさん詰め込める、そういう原理なのでは?
……
……プッ。
いやいやいや、まっさか~!
じゃあなんで、あたしは縮んでないんだ。しかもドレスとかも含めて!
もう縮みきってるから(笑)?
ああっ、命の危機にテンパってるからって、あたしはまたなんという恥ずかしいカン違いを……
そもそも。
魔包グッズは、まあポーチでもカバンでも箱でも同じだけど、この世界の誰もが知ってる通り、生きてるものは入らない。それが常識だ。誰もトライしてみたことがないのか、と問われれば、判らないとしか答えようがないけど。
……とにかく。
現実問題(笑)として、あたしは生きたままこの中に入れた。もちろん、魔意味体質のあたしはトクベツなのかも知れないけど……それってどういう理屈だよ!
むしろ話が逆だろ!
みんな判ってる常識、言わば魔意味の『生きてるものは入らない』に反する現象が、こうやって実際に起きてるんだから!
あたしは縮んでない。
身に着けたモノも縮んでない。
あたしは生きてる。
この現象は魔意味に反する。
だからここは、魔包グッズの中のワケがない。
はい自分を論破!
ここはやっぱりドール・ハウスだ!
なぜこんなとこに隠されていたのか判らないけど!
ご愛読、ありがとうございます。