第9話 時には冷静になり、得を取らざる負えない
宿の一室で二人に責められた、これが通常の男性であればイライラが止まらないだろう。
もしくは変態な男性であればご褒美だ。
もちろん俺は変亭ではない、幸か不幸かエリザベードの特務執事だったので、これぐらいの理不尽は多少なれている。
「わたくし達は護衛任務をして宿代を浮かせたいと思っておりますので、依頼内容が解らないいじょう帰らせていただきます」
「あっだったらサナの部屋に泊って行ってよ! 出発は明日予定だし」
ゴミ部屋のどこに泊まる場所があるんだ? あと帰るとこちらは言っているが話を聞いてない。
「エリちゃん、そこにベッド作るね」
サナが座っているベッドからシーツを引っ張り出す。綺麗とはいえず、染みとかついているのであまり触りたくない。
そのシーツをエリザのほうへと広げると、あら不思議、汚れた洗濯物がベッドに大変身って……と、いう事は無い。
「依頼はキャンセルします。エリザ、べつの宿を取りましょう」
「えええええええええ、寝る所も作ったのに何が不満なのおおおお」
全部が不満だ。
汚いのも、依頼を言わないのも、依頼の金額を言わないのも、年齢詐欺、いやこれは見た目が幼いだけで詐欺ではないな。
「F級冒険者といえど忙しいので」
「一緒の部屋がやだなら、報酬以外に叔父さんにいって部屋用意してもらうからさ。食事もだすし、おさけもだすよおおお。そ、その。胸だけなら触ってもいいから」
「それはいいですね」
「へげっ! まさかのロリッ! これじゃ日記の通り振り向かないはずよね」
「………………いいと言ったのは前半の部分です。日記とは?」
「何でもないです」
相変わらず言葉が変なエリザだ。
まったくもって話しが見えない、しかしまぁ宿と料理がつくのなら中々にいい依頼だろう。
そもそも、冒険者ギルドが弾く仕事は期日が近い物や、ギルドに頼むには手数料を惜しむような依頼人が多い。輸送や護送などはその典型だ。
ギルド紹介料、冒険者に払う金額、冒険者が集まるまでの日数、ギルドに頼んだが、なんらかの理由での依頼取消ししたときのキャンセル料など中々に馬鹿にできない。
その分、ギルドのサポートは素晴らしいが、小さい依頼者にはきつい。
「受けましょう」
「じゃ、叔父さんに言ってきますううう」
バタバタとゴミを散らかして部屋を出て行った。
「これが交渉術です」
「え、全くわかりませんでした」
後で紙に書いたほうがいいかもしれない。
「覚える気がないのであれば今からでも針仕事をお勧めします」
「嫌です」
エリザが満面の笑みで俺に意志を伝えて来た。
何がそんなに嫌なんだ。追い出されたとはいえ、衣食住には困らない生活だろうに。
「たっだいまあああ。叔父さんの許可もらったし、余りものでよければ直ぐに出来るてええ…………あれ、喧嘩しましたあ?」
「「してません」」
声がかぶり思わず眉が動いたのを感じた。
「そうかな……? でもお二人は恋人同士なんですよね?」
「違います!」「へげっやっぱそうみえます!?」
俺とエリザの声が再びかぶった。
みえます。じゃない。当然違う元雇い主とその部下……いや長く使えていただけの下っ端だ。ある程度の意見は許されていたし、俺も調子に乗らない様に助言もして来ただけの関係である。
そもそもだ。
俺とエリザが恋人同士であれば、エリザの婚約だって決まった時にエリザが何とかしただろう、それぐらいの事はする女だ。
「ええっと、そう信頼できる部下と上司です」
物はいいようだ。
この場合上司はどっちになるんだ、過去の上司はエリザであるが、現在の上司は俺でいいのだろうか? パートナーとなった今は、同様の存在と思うのだがな。
「ご理解いただけましたか?」
「ええっと、良くわからないけどご飯食べたい!」
話を聞いてほしい、いや話を理解して欲しい所だ。
俺達は先ほど食べたからそうでもないが、依頼主であるサナの提案に乗っておこう。
あれだけ食べたエリザはまだ食べれるのか? と見ると、ハンカチでよだれを拭いているのを見てしまった。
大丈夫そうだ。
一階へと降りて小さい部屋に入ると、すでに食事は用意されていた。
暖かいスープに、焼き立てのパン、肉を炒めた物や麦酒に、葡萄酒のビンもある。
エリザは俺の服を小さく引っ張るので、振り向くと、小さい声で話し出した。
「美味しそう……オズさん幸せってあるんですね」
「それは良かったです」
エリザは両手を合わせてから食事をしだす。
先ほどの安酒場でもそうだったが、あんな癖などあっただろうか……? まぁ気に止める事もないか。
「サナをーもぐもぐ、リヴァイまで、たべてって欲しいの!」
「…………連れて行ってですよね」
「うん!」
口の中の物をだしてから喋れ。
「オズさん、オズさん! リヴァイってどこですか!」
「通常なら馬車で十日ほどの街ですね。大きな海があり海産物が特徴です。王国内にあるフランベルと同様の港町です」
「フランベル……フランベル? ああっうん。お、大きいのよね」
港町フランベルも覚えてないようだな。
記憶障害と言っているが、記憶喪失に近い感じなのか? しかし、変な事は覚えている。
忘却するような薬でも飲んだか……それほど婚約破棄がショックだったのか。
婚約パーティー前日に『王子との結婚は楽しみだわ。貴方の顔も見納めね……最後にダンスのお相手をしなさい』と強気の命令をされたのを思い出した。
それほど、王子が好きだったのだろう。
「それぐらいでしたら、ギルドの相場は冒険者二人に対して金貨四枚ほどでしょうか。何枚ほどだせます?」
サナは大きく指を三本突き出した。
金貨三枚? おかしい、それであればギルドに登録しても金に困った冒険者は喜んで受けるだろう。
「銀貨三枚!」
なるほど……。
情報料として銀貨一枚を支払った今儲けとなると銀貨二枚か。
食事や備品を買うのに赤字だ。
「で、でも、食事は無料! 叔父さんが保存食も用意してくれるから! ね。ねっ! さっき受けるって言ったよね?」
「大丈夫ですよ、依頼は受けます」
「本当! うれしいいいいい、出発は明日の朝で! じゃんじゃん食べて、飲んで飲んで!」
じゃんじゃん食べて、じゃんじゃん飲むと明日の任務が心配になる。
ここは少量のほうがいいです。とエリザに注意しておかないといけないだろう。
「エリザ」
「このビー……麦酒おいしい。うわ、この赤葡萄酒も肉の燻製にめっちゃ合う。オズさん何でしょう?」
「いえ、何でもないです」
朝早いので酒類は控えましょう。と教えるのは遅かったようだ。
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