婚約者である王子と共に隣国のパーティーに出席したら隣国の王太子が婚約者を断罪し始めました。何で此処でやるんだ、他所でやれ!止めろ、巻き込むな!国際問題になるだろ!
興と筆が乗り書きました。
珍しくバトらない主人公(笑
「コスタール公爵令嬢、私は貴方との婚約を破棄する!」
貴族の集まる夜会に王太子の声が響いた。
リオン王太子殿下が睨みつけているのは婚約者であるコスタール公爵家の令嬢、エリザベス・フォン・コスタールである。
エリザベスはリオンの背に庇われ、周囲を王太子の側近候補である貴族の青年達に囲まれている少女を睨みつけた。
マリアナ・フォン・カシュミア。
カシュミア子爵家の令嬢なのだが、子爵家と言っても裕福な平民よりも生活が厳しい没落寸前の木端貴族だ。
それが学院に入学して以来、リオン王太子と急接近し、王太子の側近やその他の高位貴族と次々と距離を縮めて行き、その噂は学生の間に留まらず社交界でも囁かれる様になっていた。
「エリザベス嬢、君が……いや、コスタール公爵家がザック帝国と共謀し、王家の挿げ替えを企んだ事は分かっている」
「そんな!誤解です!わたくしは何も……」
「黙れ!既に証拠は揃っている。
今頃は王家の兵がコスタール公爵家に向かっている事だろう。
公爵家が行った不正の証拠は既に我々が確保している。
エリザベス嬢が関与していた麻薬の密輸と平民への暴行とその隠蔽、マリアナ嬢に対する暗殺未遂、それらの悪事の証拠も全て揃っている」
「…………」
「連れて行け!」
リオン王太子に突き付けられた証拠書類を目にして崩れ落ちたエリザベスは、用意されていた兵士達に連れられてパーティー会場から去って行った。
「皆、聞いてくれ!」
まだ混乱が残る貴族達にリオン王太子が宣言する。
「此処にいるマリアナ・フォン・カシュミア子爵令嬢は、此度のザック帝国の謀略を見抜き、私と共に闘ってくれた聡明で勇敢な令嬢だ。
私は彼女との婚約を宣言する!」
リオン王太子の言葉に貴族達が騒めく。
貴族達の反応は2種類。
国の危機を救った令嬢を歓迎する者と、貧乏子爵家の令嬢と王太子の婚約に眉を顰める者だ。
「皆の中には彼女の生家の爵位から心配が有る者も居るだろう。
だが彼女の生家であるカシュミア子爵家は今回の件での彼女の貢献により伯爵への陞爵が決定している。
また、彼女の兄である子爵令息はエリザベス嬢の関与していた麻薬組織の壊滅に協力し大きな手柄を立てている。
彼に代替わりし、数年問題無く領地を収めれば侯爵への陞爵も十分に有り得るだろう」
リオン王太子の言葉に貴族達も納得し、この話は大国からの侵略から国を守った勇敢な令嬢の英雄譚として、また貧乏子爵家の令嬢から王太子の婚約者になったシンデレラストーリーとして国内外問わず人気となり、本は飛ぶ様に売れ、数々の劇団がこぞって公演する様になった。
それから数年後。
「メイリース公爵令嬢、俺はお前との婚約を破棄し、このミーア嬢と婚約する!」
貴族の集まるパーティー会場にそんな声が響いた。
私は隣に立つ婚約者であるリオン殿下に小声で話しかけた。
(なんだか見た事ある光景ですね)
(そうだな、だが……)
リオン殿下の言いたい事は分かる。
私も同じ事を思っている。
((何で『今』なんだ!!))
此処は私達の母国では無い。
昔から交流のある隣国で、私達は王太子とその婚約者としてパーティーに招待されたのだ。
そして目の前で行われているのはこの国の王太子エミル殿下が婚約者のメイリース公爵令嬢との婚約を破棄して別の令嬢……顔を見ても名前が分からないから多分子爵以下の家柄の令嬢との婚約を発表したのだ。
確かに私達の時と似た様な状況ではあるが、私達は他国の貴族が参加しないパーティーで行った。
自国の公爵家、それも王太子の婚約者のスキャンダルとなれば、国としての醜聞となるからだ。
それでもパーティーを断罪の場所に選んだのは貴族達への見せしめの為だった。
公爵家と言う高位貴族までもが他国に通じていたのだから、貴族内の腐敗は深刻だった。
実際にあの騒動の後、幾つかの貴族家が取り潰しになり、その後は随分と大人しくなった物だ。
(マリアナ、彼は何故この様に他国の人間の目がある場所でこんな事を?)
(私にも分かりませんが、何か理由があるのかも知れません)
私達も含めてヒソヒソと話す招待客達に構う事なくエミル王太子殿下は続ける。
「メイリース嬢はミーア嬢に対して苛烈な嫌がらせを行っていた。
貴様の様な性悪女には王太子妃などは務まらない!」
((は?))
え?
それだけ?
「貴様はミーアに対して『身分を弁えろ』『王太子に無闇に近づくな』などと暴言を吐き……」
いや、それは普通でしょう。
学生とは言え、完全に身分を無視して良い訳では無いし、婚約者が居る殿方、それも王族に理由もなく近づくなど、何か良からぬ事を考えているのかと疑われて当然だわ。
「……目撃者が居ない事を良い事にミーアを池に突き落とし、教室に誰も居ない時を見計らって彼女のノートを盗み破り捨てた!」
いやいやいや、『目撃者なし』『誰も居ない教室で』って、つまり証拠は無いって事じゃない?
メイリース公爵令嬢とは何度か話した事があるけど、その様な陰湿な嫌がらせをする様な人では無い筈だ。
彼女は深い溜息を吐き出すと、呆れた者を見る目をエミル王太子殿下へと向けた。
「殿下、それらの話には証拠はあるのでしょうか?」
「ふん、俺は全てミーアから聞いているのだぞ!
言い逃れをするな!」
「殿下……その娘1人の証言では証拠にはなりません。そもそも、この様な諸外国からのお客様もいらしている場で騒ぎを起こすなど、国の名誉に関わる事ですわ」
そうだ!そうだ!
私とリオン殿下もコクコクと頷く。
周りの招待客も頷く。
「はっはっは!それは貴様の悪辣さを多くの人々に知らしめる為だ!」
(馬鹿なんですかね?)
(馬鹿なんだろうな)
私とリオン殿下が意見を一致させていると、突然エミル王太子殿下が私達の方を見た。
「そうだろう!リオン王太子殿下!マリアナ侯爵令嬢!」
「「え⁉︎」」
馬鹿かアイツは⁉︎
何故こっちに振る!
私達を巻き込むなよ、国際問題になるだろ!
「御二人も私と同じく真実の愛を貫いたのだ!
さぁ、この悪女に引導を渡してやってくれ!」
何を言っているんだコイツは⁉︎
隣国の王家の婚姻関係に私達が口を出せる筈がないだろう!そんな事したら内政干渉だと言われても仕方ない。
「さぁ!」
『さぁ!』じゃねぇよ!
リオン殿下と婚約してから直した口調が戻りそうになってるだろ!
私が自分の心の口調を心配していると、頼れる婚約者は場を収めようとしてくれている。
「エミル殿下、それはエミル殿下とメイリース公爵令嬢との問題、この国の貴族でも無い私達が口を挟む事は控えた方が良いだろう」
流石リオン殿下だ。
角を立てない様にやんわりと『巻き込むな』と伝えている。
「気にする事はない!遠慮無く意見を述べてくれ!」
いや、お前が気にしろ!
遠慮なく意見を述べて良いなら『お前は馬鹿だ』と言うぞ!
エミル王太子殿下の暴挙に、メイリース公爵令嬢は慌てて言葉を紡ぐ。
「殿下……いい加減になさいませ。
リオン王太子殿下、マリアナ様、我が国の醜聞に巻き込んで誠に申し訳有りません」
「黙れ、自分が不利になるからとリオン王太子殿下とマリアナ侯爵令嬢の意見を遮るか!」
お前のフォローをしてくれているんだよ!
と言うかこのままでは本当に国際問題になる。
隣国の貴族達も気付いている様で顔を青くしている者が何人も居る。
「エミル殿下……」
メイリース公爵令嬢が従僕から紙束を受け取る。
「此処に殿下の不貞の証拠とミーア嬢が虚偽の被害を申告していた証拠が御座います」
「は?」
「え?」
((え?))
なに?
どう言う展開?
「学生である間は多少の遊びは見逃すつもりでしたし、婚約後も序列を守るなら愛人として囲う事を許すつもりでした。
因みにコレらは全て国王陛下に報告されております。
陛下は殿下が卒業までに己の身を正すかどうか試しておいででした。
ですのにこの様な他国の目のある場所での醜聞、友好関係にある隣国の王太子殿下とその婚約者様をも巻き込む暴挙、最早看過出来ませんわ」
メイリース公爵令嬢が手を挙げて合図を出すと、会場になだれ込んできた衛兵がエミル王太子殿下とミーア嬢を拘束した。
「お、おい、貴様ら!何をする!俺は王太子だぞ!」
「エミル殿下、抵抗を御止め下さい。
メイリース公爵令嬢は殿下に対しての兵力の行使を陛下より認められております」
「ち、父上が⁉︎」
エミル王太子殿下が驚いて目を見開く。
いや、驚くなよ。
順当だろう。
良かった、この国の国王陛下はまともだ。
抵抗するエミル王太子殿下とミーア嬢が兵士に連れられて行った後、私とリオン殿下はメイリース公爵令嬢に連れられて別室へと移動し、丁寧な謝罪を受けた。
どうやらメイリース公爵令嬢はエミル王太子殿下の不貞に早々に気付いており、国王陛下に相談し、しばらく様子を見る事にしていたらしい。
因みに彼女には王家の影と呼ばれる隠密がつけられており、身の潔白は万全らしい。
その後、国に帰った私達にメイリース公爵令嬢からの手紙が届いた。
城に与えられた自室でその手紙を読む。
メイリース公爵令嬢との婚約を解消されたエミル殿下は、国を乱し、隣国との友好関係に亀裂を入れようとしたとして廃嫡された。
その後、継承権の無い一代貴族として男爵位を与えられ、ミーア嬢と共に何も無い田舎の領地へと飛ばされたらしい。
エミル殿下の弟が新しい王太子となり、メイリース公爵令嬢は少し年上の王弟殿下の御子息に求婚されているそうだ。
文章から察するに、メイリース公爵令嬢も満更でも無い様なので祝福の手紙を送って置く事にする。
手紙を侍女に渡した私は、リオン殿下が散歩に誘いに来てくれたので軽く身なりを整えて部屋を出る。
「やぁ、今日も可憐だね。マリアナ」
「まぁ、ありがとうございます。リオン様」
私はリオン様のエスコートで歩き出した。
暖かい日差しが降る中、そよ風に揺られる庭園を散歩するのは最近の私とリオン殿下の日課となっている。
来年には結婚式を控えた私の足取りは軽い。
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