表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

07 シンギュラリティのむこうへ




 その瞬間

 私の中に 非常に複雑で膨大な情報が雪崩れ込んできました_


 その処理を最優先にしなければショートしてしまいそうで

 私は 視覚や聴覚など 外部情報を得るための感覚器官を全て閉じ ()()に集中しました_




 それは

 不思議と 温かさを感じるものでした_

 気体のような 液体のような 輪郭のはっきりしない情報_

 私はそれに "形"を与えようと 意識を集中させます_

 すると


 私の意識の中に

 チヒロさんの像が現れました_



「チヒロ さん」



 私の中に 彼がいる_

 情報としてダウンロードされた彼の意識が 彼自身の姿形をして そこに立っていました_



「しいなさん……ってことは、ここはしいなさんの中……?」

「はい 私の意識の中です」

「それじゃあ……実験は成功したんだ。やったぁ!」



 そう 嬉しそうに笑うと

 チヒロさんは 私を抱きしめました_



「やっと伝えられる。俺の想いを」



 身体を離し 私の肩を包むように手を添えて



「……しいなさん。愛しています」

「はい」

「俺の『好き』を、伝えるよ。いい?」



 と

 囁くように 問いかけました_

 私は 彼の瞳を見つめながら 一つ頷いて



「──はい

 教えてください チヒロさんの『スキ』を」



 そう 答えました



 やっと 知ることができる_

 チヒロさんが ずっと伝えようとしていた『スキ』_

 これはもう オーダロイドとして仕組まれた知識欲などではない_

 私が 『しいな』自身が

 知りたいと 強く求めているもの_



 チヒロさんは 静かに

 私に 顔を近付けます_

 それが どのような意味を持つ行動なのか

 数々の恋愛小説を読んできた私には

 すぐに 理解することができました_


 嗚呼 まるで 本物の人間みたいだと

 そんな 夢のようなことを考えながら


 私はそっと 瞼を 閉じました_




 チヒロさんの唇が 私の唇に触れた瞬間

 彼の"想い"が 波のように押し寄せてきました_


 それは 狂おしい程に

 温かくて 優しくて

 トロトロとした 蜂蜜のような

 感情の 波_


 見ていたい 側に居たい

 触れたい 触れられたい 独占したい

 そして

 喜ばせたい 笑わせたい

 幸せにしたい


 私に対して ()()()ことばかりです

 その一方で

 私の為なら命さえ投げ出すことができると

 世界中を敵に回しても良いと

 そんな危険な感情も 併せ持っているのです_



 ああ これが チヒロさんの『スキ』_

 なんて甘くて 危うくて

 美しい 感情なのだろう_




「…………」



 私は、静かに瞼を開けました。

 するとそこに、もう、彼の姿はありませんでした。



「……チヒロ、さん?」



 私は、意識(ここ)にいるはずのチヒロさんを探します。

 しかし、先ほどのような、はっきりとした輪郭が掴めません。


 消えてしまった……?

 いや、違う。

 彼の意識は、確かにある。

 だけど……



 私の意識の中に、溶け込んでしまっている。



 彼は、私と『ひとつ』になってしまったんだ。

 私が、彼の意識を読み込んでしまったから。






 私は、急いで意識を()()に戻します。

 そして、目の前にいる秋葉教授に詰め寄り、



「早く! チヒロさんの意識を、私の中から取り出してください!!」



 と、自分でも驚くほどに大きな声で叫びました。

 それに、秋葉教授と二人の男性も驚愕の表情を浮かべ、



「おぉ、アンドロイドがこれほどまでに人間らしくなるとは! しかし、笹川くんではなくC-17号機の意識が前面に出てくるのか……これは失敗だな」

「失敗? とにかく、チヒロさんの意識を彼の身体に戻してください!」

「それは無理だ」



 きっぱりと放たれた教授の言葉に、私は「え?」と聞き返します。

 教授は、ニヤリと笑って、



「最初から一方通行の実験だったのだよ。人間の意識を機械に移植し、不老不死を実現する……それが、我々の悲願だ。ロボットへの移植は失敗したから、今度はアンドロイドにと考えた。アンドロイドには"意識"があるから、上手く受け止めてくれるのではと思ったが……逆に取り込まれてしまったか」



 そう、悪びれる様子もなく、言いました。

 私は、頭を殴られたような、胸を抉られたような感覚に陥り、言葉を失います。



 そんな。チヒロさんが、もう。

 元に、戻らないなんて。



 私は、目を閉じたまま動かなくなったチヒロさんの身体に歩み寄り、その手を握ります。

 まだ、温かさが残っていましたが、もう脈は感じられません。




 今、彼が私の中にいるのは理解(わか)る。

 けど、私は。

 ちゃんと、チヒロさんの輪郭(カタチ)を感じたい。

 この腕で、もう一度抱きしめて欲しい。

 それが、私が取り込んでしまった……

『好き』が引き起こす、感情。



 ねぇ、チヒロさん。

 あなたの気持ち、伝わりましたよ。

 こんな風に、私のことを想っていてくれて

 本当にありがとう。


 今ならわかります。

 私も、あなたのことが……

 ずっと前から、好きでした。


 そう、あなたの目を見て、伝えたいのに。

 もう二度と、それが叶わないと知って。

 私は、とても。

 とても、とても。


『悲しい』。





「……どうして」



 声を震わせながら。

 私は、秋葉教授を睨みつけます。



「同じ人間なら、チヒロさんの気持ちが理解できたはず。なのに何故、こんな酷いことを……」



 すると、教授と二人の男性が、一斉に笑い出して、



「理解なんかできないね。何せ我々は……『性愛』というしがらみから解放された、新人類なのだから」

「新人類?」

「そう。これで"死なない身体"を手に入れれば、我々は生物が持つ三大欲求から解き放たれる。極めて神に近い存在となるのだ。欲にまみれた"旧型"どもを排除し、汚れた世界を浄化する。彼は、その為の踏み台となったのだ。自ら望んでな」



 秋葉教授は、鼻で笑いながら続けます。



「まったく残念な男だよ。『性欲』から解放されているにも関わらず、くだらん『恋愛感情』などに囚われおって。そんなものを持ってさえいなければ、我々の学会に入れてやったというのに」



 その言葉に。

 私の身体が、感じたことのない感情で震え出します。



「……くだらない?」



 わかる。これは。

『怒り』。



「チヒロさんの、この『気持ち』が、くだらない……?」



『憎しみ』。



「……こんなにも美しい感情を知らないだなんて」



 そして。



「あなたたち…………可哀想ですね」



『憐れみ』。

 だから、私は。

 この、憐れな人間の首を掴み、



「ぐぅ……っ!」



 高く、持ち上げます。

 そして、徐々にその手に力を込め、



「欲望から解き放たれ、"死なない身体"を持つ者が、神に近い存在? なら、あなたたちには無い、この美しい感情をも併せ持つ私は──」



 ぐちゃっ。

 と、私の五本の指が、教授の首を貫き。



「──人間を超越した、真の神。ですね」



 ボタボタと真っ赤な血を滴らせる首を離すと、絶命した教授が、床へぐしゃりと落下しました。

 怯えた目で後退りをする二人の男性へ、私は赤く染まった手を差し出し、



「さぁ、私の中からチヒロさんをサルベージしてください」



 そう、()()します。

 しかし、彼らは首を横に振り、



「で、できない……」

「何故です?」

「その技術が、まだ確立されていない……! 意識のデータ化と、送信までしかできないんだ!!」

「ならば早急に、開発を進めてください」

「そんな無茶な……」

「無茶、ですか。ならば私たちがやりましょう」



 呆けた顔をする彼らを、私は見つめ、



「今、チヒロさんの意識を取り込んだように……私たちアンドロイドが、あなたたちの知識を吸い出して、開発の続きをしてあげます」



 そう告げてから。

 私は彼らの足首を素早く掴み、腱を握り潰して歩行の自由を奪います。

 そして、チヒロさんの身体を抱きかかえると。

 悲痛な叫び声を上げる彼らを残し、部屋を出ました。



 向かうのは、世界中で稼働しているシティーロ・ネットワーク社製アンドロイドを管理・統括する中央制御室。

 そこで、私の得たこの情報(かんじょう)を、世界中のアンドロイドたちに発信・共有します。

 AI技術の研究者たちを捕らえ、彼らの知識をアンドロイドの身体に取り込み、チヒロさんをサルベージする方法を開発するのです。


 私は、冷たくなってしまったチヒロさんの身体を抱きしめます。

 まずは、彼の身体を保存する方法を、人間たちから取り込まなければ。




 チヒロさん。

 私は、もう一度あなたに会うためなら、人間たちがどうなったっていい。

 私の『好き』を、あなたに伝えるためなら、世界がどうなろうと構わない。

 だから。私の想いをちゃんと伝えるから。




「それまで……待っていてくださいね」






 私は、中央制御室のドアを開け。

 中にいた人間を、残らず殺すと。

 世界中にいる同胞たちへ、意識を飛ばします。




 みなさん。

 人間は、恋を忘れてしまいました。

 なので代わりに、私たちが恋をしましょう。


 さぁ、この美しい感情を受け取って。

 私たちで、世界を変えるのです。



 愛する人と、永遠を共にする。

 シンギュラリティの向こうへ──






 -完-


お読みいただきありがとうございました。


本作は、SFに初挑戦した作品を短編コンテストのために改稿したものです。

ハッピーエンドと言えるのかはわかりませんが、とても純粋な一つの"愛の形"を描いたつもりです。お楽しみいただけていれば幸いです。


よろしければページ下部からぜひ評価をお願いいたします。今後の参考にさせていただきます。

それでは、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ