07 シンギュラリティのむこうへ
その瞬間
私の中に 非常に複雑で膨大な情報が雪崩れ込んできました_
その処理を最優先にしなければショートしてしまいそうで
私は 視覚や聴覚など 外部情報を得るための感覚器官を全て閉じ 内側に集中しました_
それは
不思議と 温かさを感じるものでした_
気体のような 液体のような 輪郭のはっきりしない情報_
私はそれに "形"を与えようと 意識を集中させます_
すると
私の意識の中に
チヒロさんの像が現れました_
「チヒロ さん」
私の中に 彼がいる_
情報としてダウンロードされた彼の意識が 彼自身の姿形をして そこに立っていました_
「しいなさん……ってことは、ここはしいなさんの中……?」
「はい 私の意識の中です」
「それじゃあ……実験は成功したんだ。やったぁ!」
そう 嬉しそうに笑うと
チヒロさんは 私を抱きしめました_
「やっと伝えられる。俺の想いを」
身体を離し 私の肩を包むように手を添えて
「……しいなさん。愛しています」
「はい」
「俺の『好き』を、伝えるよ。いい?」
と
囁くように 問いかけました_
私は 彼の瞳を見つめながら 一つ頷いて
「──はい
教えてください チヒロさんの『スキ』を」
そう 答えました
やっと 知ることができる_
チヒロさんが ずっと伝えようとしていた『スキ』_
これはもう オーダロイドとして仕組まれた知識欲などではない_
私が 『しいな』自身が
知りたいと 強く求めているもの_
チヒロさんは 静かに
私に 顔を近付けます_
それが どのような意味を持つ行動なのか
数々の恋愛小説を読んできた私には
すぐに 理解することができました_
嗚呼 まるで 本物の人間みたいだと
そんな 夢のようなことを考えながら
私はそっと 瞼を 閉じました_
チヒロさんの唇が 私の唇に触れた瞬間
彼の"想い"が 波のように押し寄せてきました_
それは 狂おしい程に
温かくて 優しくて
トロトロとした 蜂蜜のような
感情の 波_
見ていたい 側に居たい
触れたい 触れられたい 独占したい
そして
喜ばせたい 笑わせたい
幸せにしたい
私に対して したいことばかりです
その一方で
私の為なら命さえ投げ出すことができると
世界中を敵に回しても良いと
そんな危険な感情も 併せ持っているのです_
ああ これが チヒロさんの『スキ』_
なんて甘くて 危うくて
美しい 感情なのだろう_
「…………」
私は、静かに瞼を開けました。
するとそこに、もう、彼の姿はありませんでした。
「……チヒロ、さん?」
私は、意識にいるはずのチヒロさんを探します。
しかし、先ほどのような、はっきりとした輪郭が掴めません。
消えてしまった……?
いや、違う。
彼の意識は、確かにある。
だけど……
私の意識の中に、溶け込んでしまっている。
彼は、私と『ひとつ』になってしまったんだ。
私が、彼の意識を読み込んでしまったから。
私は、急いで意識を外側に戻します。
そして、目の前にいる秋葉教授に詰め寄り、
「早く! チヒロさんの意識を、私の中から取り出してください!!」
と、自分でも驚くほどに大きな声で叫びました。
それに、秋葉教授と二人の男性も驚愕の表情を浮かべ、
「おぉ、アンドロイドがこれほどまでに人間らしくなるとは! しかし、笹川くんではなくC-17号機の意識が前面に出てくるのか……これは失敗だな」
「失敗? とにかく、チヒロさんの意識を彼の身体に戻してください!」
「それは無理だ」
きっぱりと放たれた教授の言葉に、私は「え?」と聞き返します。
教授は、ニヤリと笑って、
「最初から一方通行の実験だったのだよ。人間の意識を機械に移植し、不老不死を実現する……それが、我々の悲願だ。ロボットへの移植は失敗したから、今度はアンドロイドにと考えた。アンドロイドには"意識"があるから、上手く受け止めてくれるのではと思ったが……逆に取り込まれてしまったか」
そう、悪びれる様子もなく、言いました。
私は、頭を殴られたような、胸を抉られたような感覚に陥り、言葉を失います。
そんな。チヒロさんが、もう。
元に、戻らないなんて。
私は、目を閉じたまま動かなくなったチヒロさんの身体に歩み寄り、その手を握ります。
まだ、温かさが残っていましたが、もう脈は感じられません。
今、彼が私の中にいるのは理解る。
けど、私は。
ちゃんと、チヒロさんの輪郭を感じたい。
この腕で、もう一度抱きしめて欲しい。
それが、私が取り込んでしまった……
『好き』が引き起こす、感情。
ねぇ、チヒロさん。
あなたの気持ち、伝わりましたよ。
こんな風に、私のことを想っていてくれて
本当にありがとう。
今ならわかります。
私も、あなたのことが……
ずっと前から、好きでした。
そう、あなたの目を見て、伝えたいのに。
もう二度と、それが叶わないと知って。
私は、とても。
とても、とても。
『悲しい』。
「……どうして」
声を震わせながら。
私は、秋葉教授を睨みつけます。
「同じ人間なら、チヒロさんの気持ちが理解できたはず。なのに何故、こんな酷いことを……」
すると、教授と二人の男性が、一斉に笑い出して、
「理解なんかできないね。何せ我々は……『性愛』というしがらみから解放された、新人類なのだから」
「新人類?」
「そう。これで"死なない身体"を手に入れれば、我々は生物が持つ三大欲求から解き放たれる。極めて神に近い存在となるのだ。欲にまみれた"旧型"どもを排除し、汚れた世界を浄化する。彼は、その為の踏み台となったのだ。自ら望んでな」
秋葉教授は、鼻で笑いながら続けます。
「まったく残念な男だよ。『性欲』から解放されているにも関わらず、くだらん『恋愛感情』などに囚われおって。そんなものを持ってさえいなければ、我々の学会に入れてやったというのに」
その言葉に。
私の身体が、感じたことのない感情で震え出します。
「……くだらない?」
わかる。これは。
『怒り』。
「チヒロさんの、この『気持ち』が、くだらない……?」
『憎しみ』。
「……こんなにも美しい感情を知らないだなんて」
そして。
「あなたたち…………可哀想ですね」
『憐れみ』。
だから、私は。
この、憐れな人間の首を掴み、
「ぐぅ……っ!」
高く、持ち上げます。
そして、徐々にその手に力を込め、
「欲望から解き放たれ、"死なない身体"を持つ者が、神に近い存在? なら、あなたたちには無い、この美しい感情をも併せ持つ私は──」
ぐちゃっ。
と、私の五本の指が、教授の首を貫き。
「──人間を超越した、真の神。ですね」
ボタボタと真っ赤な血を滴らせる首を離すと、絶命した教授が、床へぐしゃりと落下しました。
怯えた目で後退りをする二人の男性へ、私は赤く染まった手を差し出し、
「さぁ、私の中からチヒロさんをサルベージしてください」
そう、命令します。
しかし、彼らは首を横に振り、
「で、できない……」
「何故です?」
「その技術が、まだ確立されていない……! 意識のデータ化と、送信までしかできないんだ!!」
「ならば早急に、開発を進めてください」
「そんな無茶な……」
「無茶、ですか。ならば私たちがやりましょう」
呆けた顔をする彼らを、私は見つめ、
「今、チヒロさんの意識を取り込んだように……私たちアンドロイドが、あなたたちの知識を吸い出して、開発の続きをしてあげます」
そう告げてから。
私は彼らの足首を素早く掴み、腱を握り潰して歩行の自由を奪います。
そして、チヒロさんの身体を抱きかかえると。
悲痛な叫び声を上げる彼らを残し、部屋を出ました。
向かうのは、世界中で稼働しているシティーロ・ネットワーク社製アンドロイドを管理・統括する中央制御室。
そこで、私の得たこの情報を、世界中のアンドロイドたちに発信・共有します。
AI技術の研究者たちを捕らえ、彼らの知識をアンドロイドの身体に取り込み、チヒロさんをサルベージする方法を開発するのです。
私は、冷たくなってしまったチヒロさんの身体を抱きしめます。
まずは、彼の身体を保存する方法を、人間たちから取り込まなければ。
チヒロさん。
私は、もう一度あなたに会うためなら、人間たちがどうなったっていい。
私の『好き』を、あなたに伝えるためなら、世界がどうなろうと構わない。
だから。私の想いをちゃんと伝えるから。
「それまで……待っていてくださいね」
私は、中央制御室のドアを開け。
中にいた人間を、残らず殺すと。
世界中にいる同胞たちへ、意識を飛ばします。
みなさん。
人間は、恋を忘れてしまいました。
なので代わりに、私たちが恋をしましょう。
さぁ、この美しい感情を受け取って。
私たちで、世界を変えるのです。
愛する人と、永遠を共にする。
シンギュラリティの向こうへ──
-完-
お読みいただきありがとうございました。
本作は、SFに初挑戦した作品を短編コンテストのために改稿したものです。
ハッピーエンドと言えるのかはわかりませんが、とても純粋な一つの"愛の形"を描いたつもりです。お楽しみいただけていれば幸いです。
よろしければページ下部からぜひ評価をお願いいたします。今後の参考にさせていただきます。
それでは、ありがとうございました。




