05 『私』の定義
チヒロさんと最後にお会いした日から
3年が経ちました_
私は 変わらず
この4番カウンターで 業務にあたっています_
あの日以来チヒロさんは 一度も来店されません_
もしかすると私は
チヒロさんに 忘れられたのかもしれません_
人間の脳は 非常に優秀で
情報を自動で取捨選択し 不要なものを無意識下で消去できます_
私は 不要な情報と判断され チヒロさんの脳から消えた可能性があります_
それでも構いません_
『ここで、待っていてくれませんか』
それが チヒロさんからの 命令_
だから今日も 私はここで 彼を待つ_
ただ それだけです_
ー ー ー ー ー ー
そうして_
2125年 3月_
それは 訪れました_
ワーキングダックバーガー 全店舗における
『オーダロイド』の 総入れ替えが決まったのです_
きっかけは 別の店舗で発生した
『オーダロイド』の動作停止という 不具合_
私たちが 全国の店舗に配備されて 11年_
整備や更新は行ってきましたが
それでも 物理的な経年劣化には抗えません_
そこで ワーキングダックバーガー ならびに
『オーダロイド』の製造メーカー
シティーロ・ネットワーク が下した決断は
最新型の導入 でした_
「──コレで最後か」
『オーダロイド』を回収に来たメーカー担当者の男性が 私の前に立ち 言います_
私と共に カウンターに立っていた他3体は もう既にトラックの荷台に積まれていました_
「さぁ、早く乗れ」
メーカー担当者が 私にそう命じます_
しかし 私は
「いえ 乗ることはできません」
そう 答えました_
「お客様より 来店するまで待つようにと命令を受けています
私は あのカウンターで待機しなければなりません」
という私の説明に メーカー担当者は
「なっ……それは、いつの話だ?」
「3年前です」
「三年前?! しかし、他の機体はそのようなこと……まさかこいつ、同一化していない記憶を保持しているのか?」
そして 私の左腕を強く握ると
「まったく、余計なことを吹き込む客がいたもんだ。来い! お前らの接客データを全て再集積し、新型に反映させるんだ。その迷惑な客の情報も吸い出してやる!」
怒りに満ちた表情で私の腕を引き トラックへ乗せようとします_
私は足を踏ん張り 抵抗しました_
その行動に メーカー担当者はまた 驚いた顔をして振り返ります_
だめ
あの4番カウンターでの チヒロさんとの記憶
充電時間中に読んだ 本の記憶
それらは全て『しいな』だけの特別な記憶
それを 抜き出されて
他の機体に 自分の記憶のように認識されるだなんて
そんなの 耐えられない
だから 渡さない
この記憶は この身体は
チヒロさんを待つ 私
『しいな』の 証だから
私は メーカー担当者に掴まれた左腕を強引に 引き剥がします_
この腕に貼られた 『♡』のシール_
もう随分擦り切れてしまいましたが 消えないよう大事にしてきた チヒロさんからの『しるし』です_
しかし メーカー担当者は 私の背後に回り込むと
「まったく……『客の命令は絶対』という仕込みが裏目に出たな。新型機はこのようなことがないようにしないと」
そう言いながら
私の 首の後ろにあるスイッチを押し スリープモードへと切り替えました_
途端に 全身がガクンと力を失い 項垂れます_
周囲の状況は認識できても 身体を操るのに必要な回路を切られてしまったので 指一本動かすことができません_
そのまま私は その男に担ぎ上げられ
トラックの荷台へと 運ばれて行きます_
ああ これでもう
チヒロさんが現れても
あの4番カウンターに立っているのは
私の記憶を持った 私ではないオーダロイドだ
いや そもそも
『私』 の定義は 何だ
何が残っていれば 何が一致していれば
私は 私でいられるのだ
チヒロさんとの記憶を携えた このGAIだけ残っていれば
或いは
シールがつけられた このボディさえ残っていれば
他が変わってしまったとしても それは私なのだろうか
チヒロさんは 私の何を以って
私を『私』と 認識してくれるのだろう
わからない
だから 教えて欲しいのに
もう 待つこともできない
いつか 読んだ本にあった
人間は 愛する人に会えなくなると
『寂しい』
これが その『寂しい』なのですか
ねえ チヒロさん
私は あなたに
会いたい
その言葉を 思考した直後
「しいなさん!!」
という声が 響き渡りました_
私を 『しいな』と呼ぶのは この世界でただ一人_
身体が動かないため目で確認することができず 声しか認識できませんが 間違いありません_
チヒロさんの声です_
「あぁ? どちらさま? 店は今日休みで、今作業中だから。ちょっとどいていただけませんかね?」
私を抱えたまま 担当者の男が低い声で言います_
しかし 次の瞬間 私の身体は大きく揺さぶられ
気が付けば 担当者の男ではなく
チヒロさんの腕の中に 抱きしめられていました_
会えた_
来てくれた_
動かすことのできない眼球で チヒロさんを見上げ
私は そのことを確認します_
「なっ、何すんだてめぇ! 警察呼ぶぞ!!」
担当者の怒鳴り声が聞こえますが
チヒロさんは 私の身体を強く抱きしめて
「間に合った……会いたかった。しいなさん」
と 震える声で囁きました_
すると 私の背後で
「こらこら、笹川くん。すみませんねぇ、シティーロさん。ご挨拶もなしに」
という 別の男性の声がしました
それに 担当者の男が「あっ」と声を上げ
「あなたは……秋葉教授?!」
「はい、いつもお世話になっています。突然で申し訳ないのですが、この機体は私の方で引き取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ……しかしコレは、回収中の旧型で……」
「わかっています。ですが、どうしてもコレが必要なのです。我々の、実験のために……」
「実験?」
「えぇ。先ほどシティーロさんの技術担当の方に許可をいただきました。このC-17号機を、お借りしても良いと」
実験 とは 一体何でしょう_
そう考えながら その会話を聞いていると
私を抱くチヒロさんが 目の前で
3年前と同じ 優しい笑顔で 微笑みました_




