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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

耳鼻科譚 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふん、ふん!

 ……ほい、お待たせ。ついつい点鼻スプレーするとき、力が入っちまうんだよな。

 これ、使ったことあるか? 鼻の中へ薬を入れるときに有用なんだ。俺は昔から鼻が弱くって、しばしばこいつの世話になっていた。鼻血も出やすい体質でな、年に10回前後は耳鼻科へ通っていた記憶がある。

 病院へ行くと、やけに疲れないか? 体をあちこち見られて、いじくられるっていうことを考えれば、良い意味だろうが肉体改造に変わりないからな。変わっていく体に、機能はもちろんのこと、俺たちの気持ちが追いついていないのかもしれん。

 そして、門外漢にはさっぱりな知識を提供される場所でもある。ひょっとすると、処方箋に乗っかって、何かしら余計なものを盛られているかも……。


 ――はん? 漫画やテレビの見すぎだって?


 いや、そういう生活を送れているなら、幸運だってことよ。

 俺の耳鼻科体験なんだが、聞いてみないか?



 さっき耳鼻科へ頻繁に通っていたって言ったよな?

 鼻もそうだが、俺は耳にも違和感を覚えることがたくさんあった。こう、話を聞いているときにな、ふっと急に声が聞こえづらくなる。外からの音がくぐもって、思わず耳の穴をほじってみるも、この違和感は指を入れる直前になると消えていた。

 そんなことが何度かあってさ。親に耳掃除がてら中をのぞいてもらったけれど、変なものが詰まっている様子がない。そもそも、耳垢がほとんど溜まっていないことが分かった。そこでお医者さんの出番というわけだ。


 うちの周りの耳鼻科は、学区内にある一軒をのぞくと、どれも車でいかなきゃいけないほど遠くにある。自然と、学区内の患者が集まるわけなんだが、主に子供たちからの受けが良くない。

 いわく「痛い」と「気持ち悪い」が、アンチの半々を占めていた。なんでも、耳垢を吸引する機械が、不快感を覚える原因のトップらしい。

 俺がこれから診てもらおうと思っているのも、耳だ。もしこれで機械を突っ込まれることになったら……と、付き添いの親が診察券の発行手続きをしてくれている間、俺は待合いのソファに腰かけつつ、悶々としていた。


 そして診察。治療室に入る手前まで親がついてきていて、先生が部屋から出てきたときに、耳だけじゃなく鼻も悪いことを話したことで、面倒が増えた。

 俺はまず、耳の穴を調べられる。そしてほどなく、いくつもの器具を置かれた銀色の作業台の上から、ひとつが先生の手へ握られる。


 ゴルフに使う、長めのティを思わせるデザイン。診療台に背中を預ける俺の右の穴へ、そのとがった先が差し込まれていく。さらに、先生が外へ出ている一方の先をひねると、耳のなかでティの先が、ピンセットのように開き出すのを感じたんだ。

 しかも外へ出ているティも、穴がしっかり開いているらしい。しっかりと耳を覆っている感触があるのに、外から風が耳の中心へ引っ張り込まれてくる。


「はい、じっとしててね〜」


 先生の気楽な声とともに、じゃぷりと水音が耳の横から聞こえた。顔を動かすなという指示を受けていて、そちらは向けなかったが、ほどなくティの中を水をが伝わる感触、そして耳の中が一気に冷たくなったんだ。

 プールなどで入ってくる、水の温度じゃなかった。もっと冷たいもの。直前まで氷でも浮かばされていたんじゃないかと思うくらい、冷え切った水が耳の内側を震わせる。


 だがそれも、ほんのわずかな間だけ。

 ぐううっと、ティでこじ開けられた部分めがけて、俺の顔の内側にあるものが引っ張られていく。

 強いていうなら、勝手に横目を向かされている感じだ。ただし、その動かす力は顔の内側から。しかも視界は一切動かないままに、力だけが増していく。

 そして痛い。口の中を歯で強く噛んじまった時に感じるものを、何倍にもしたかのようだ。噛んだ歯がそのまま抜けて、傷口の中へ潜り込んで、耳へ向けて突っ走っている。周りの肉、血管、神経さえも巻き込んで、一点に集まっていく……。


 たまらず、つむってしまっていた両目を開いたのは、痛みが唐突に消えたからだ。

 すでに耳にティが差し込まれている違和感はない。先生の手袋をした手のひらに、先端が閉じた状態で乗っかっていたからだ。

 飛び出していたであろう先端には、水滴が大量にくっついている。ちらりと見えたが、おそらくは風を取り込んでいただろうティ中央のくぼみから、明らかに水とは違う、黄色く長い尾がのぞいていたな。


 鼻に関しては、別室に置いてある吸引機が使われた。

 メーターがいくつもついた機械から、複数人分のチューブがついていてよ。先端は二股に分かれて、ゴムキャップがかぶせられている。その前の椅子に腰かけて、鼻の中へゴムキャップを突っ込み、先生がスイッチをオンにする。

 すると、メーターに囲まれたランプが点灯して、キャップの先から強めの風が吹き寄せる。薬を含んだ風らしく、そいつを深呼吸の要領で鼻の中へ取り込んでいくんだ。

 ランプは10段階くらいあってよ。時間経過とともに減っていく。いまは信号でもたびたび見かけるだろ? 変わるまでのタイミングが、信号のライトの横にメーターで表示されるやつ。あれとそっくりだ。

 こいつを吸うのが、なんとも気持ち悪い。こちらが吸って吐いてしなきゃいけないのに、キャップの方は「吸って、吸って、吸って」とエンドレスにいわんばかりの吐き出し具合。こちらが吸う限界に至っても、無理やり注いでくるもんだから、何度せき込んだか分からない。

 それでも先生は、キャップから鼻を離すなとのご指示。手を使ってもいいから、しっかり押さえつけろとのことだった。

 

 そしてランプが残りひとつ。唯一の緑ランプがともって、少し経ってからだ。

 これまで吸わされる一方だった鼻の中で、逆に外へ漏れ出ようとするものの気配。

 鼻血だ。それも鼻をひっかいたり、ぶつけたりしたものとは違う、のぼせてとめどなく出てくるやつ。

 察してキャップを外しかける俺の手を、先生の大きな手がかぶさって、防いでくる。キャップの先、蛇腹状をした半透明のチューブ内部へ、とろりと赤い液体が流れ込む。

 いわんこっちゃない、と思ったのも束の間。俺の見ている前で、血はあっという間に赤から黄色、そして黒へと変わったかと思うと、その場でどんどん固まり出したんだ。

 

 ランプが消える。先生は俺の鼻からキャップを外し、「治療は終わったよ」とつげながら、チューブも機械から引っこ抜く。中の黒ずんだものをこぼさないよう、チューブ両側をUの字になるよう持っていたが、俺にはチューブの中のものが、かすかに動いたような気がしたよ。

 それから俺には耳がふさがる気配はすっかりなくなった。件の耳鼻科に関しては、それ以降通っていない。いまや地元も離れて久しいけど、残っているだろうか。

 ただ少なくとも、あそこで治療していなかったらヤバいことになっていたかもしんねえ、とは思っているがね。

 


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