第2話 なってはいけない。
夢に苦しむひともいる。
「未亡人のスケベ汁」はタイトル通りの成人映画である。ピンク映画ともいう。
おれは監督が書いたプロットをもとにして脚本を書いたのだが、監督はこれを気に入らず、勝手に手を加えて直してしまった。
夫を不慮の事故で亡くした若き未亡人が高校時代の元カレと不意に再開して……といった、ありがちなメロドラマを、おれが無理やりコメディに替えたので収拾がつかない作品となり、以後、その監督の作品には呼ばれなくなった。
なので後にも先にもおれの書いた脚本はこれ一本のみである。
一本だけでも脚本を書けば脚本家なので、おれは名刺に「脚本家」と刷って持ち歩いている。
実態は底辺派遣労働で食いつなぐ負け犬なのだが、そういうささやかな自負すらなければいまの自分がみじめすぎて耐えられない。
なんとかこの苦境から脱しようと何度かおれは試みたことがある。
それは……
ネット投稿小説サイトへの投稿である。
『作家になろう』『ヨミカキ』といった大手のサイトに投稿したのだ。
もしかしたらバズって書籍化するかもしれない。そうしたら、おれの作品を原作として映画化も夢ではないだろう。もちろん、その脚本はおれが書く。
おれが原作者で脚本家なのだ。いままで無縁であった称賛と脚光を浴びるときがくるかもしれない……。
『なろう』では「自由言論社」のペンネームでいままでなかった社会派ヒーローものを書いたが、PVは伸びなかった。
つづく第二弾として書いた作品は、作品内に実在を思わせる人物がいるということで問答無用でいきなり削除された。
怒ったおれは『ヨミカキ』に別の作品を投稿したが、その作品はPVが100にすらいかなかった。
『ヨミカキ』は大手出版社が運営するサイトなので、小説を発表したいひとが主に集まるところだ。
故に書き専はいるが読み専が少ないという噂は本当だった。
そもそも投稿サイトに小説を載せて書籍化される確率なんて1%もないだろう。それこそコンマ00以下の超狭き門だ。
はかない夢はそれこそ泡となってはじけた。
いまのおれは抜け殻だ。なにも残ってはいない。
おれはいまのいままで、自分が「その他大勢」のひとりに過ぎないことに気づかなかった。
ひとかどの者になれると信じていた。
勘違いもはなはだしい。
なにが『作家になろう』だ!
”なろう”としちゃダメだ。ダメなんだ。
「夢をあきらめないで」
なんていうヤツは、なんらかの商品を買わせようとする食わせもののタワゴトだ。
ぐう。
腹の虫が鳴いた。
おれの目覚ましは空腹を訴える腹の虫だ。
5時までのナイトパックなので慌ててネカフェをでる。
さて、どこへいこうか。
一年は短いが一日は長い。
おれは着替えとお泊まりセットが入ったショルダーバックを担いで、朝靄に煙る町を今日もふらふらと歩くのだった。
第3話につづく
「その他大勢」であることを受け入れよう。