ある腐女子の観察記録
ドン!
「あっ、」
「おっと、ゴメン。大丈夫?」
後ろに居た私に気付くことなくぶつかってきたのは、違うクラスの男子だ。彼は私の事など知らないだろうが、私は彼の事をよく知っている。と言うより女子なら誰もが彼の事は知っている。彼はこの学校の人気者だ。
「だいじょうぶです」
私は直ぐに彼から身を引いた。
「オイ、オイ、お前意外と鈍いな。それでもうちのバスケ部のエースか?」
一緒にいた彼の友達がすかさずフォローする。
「うるせぇ」
そのまま二人はじゃれ合いながら、私の事など気にする様子も無く行ってしまった。
「いいわぁ・・・・・・」
思わずため息の様な呟きが漏れてしまった。
彼はバスケ部に入っていて背が高く、手足も長くてスタイルがいい。それに加えて誰もが認める端正な顔つきで、女子達のあこがれの的だ。
私も彼の事はイケメンだと認めている。もし、彼女になってその隣を歩けたのなら、優越感に満たされる事だろう。
しかし、私は彼の事を恋愛対象とは見ていない。
ただ、私はじゃれ合うあの男子二人の関係に得も言われぬトキメキを感じてしまうのだ。出来る事ならそっと気付かれないように側で見守っていたい!
(いいわぁ!いいわぁ!鈍いなんて言って一見、茶化している様でも、実は私の様なお邪魔虫が寄り付かないように、常にガードしてるのよね。気が気じゃないんだわ!そうよ!だってあんなイケメンなんだから!でも、守られている事にイケメンの方は気付いてないのよ。無自覚!なんて罪作りなの!?それなのによくもまぁ、まるで穢れの無いさわやかな笑顔ができるわね!良き!それが実に良き!無自覚王子と献身的な番犬!)
妄想がはかどりすぎてヤバイ。
ドン!
「いたっ!」
妄想の途中で、また誰かが私にぶつかってきた。
「ちょっと!ぼさっと突っ立って、邪魔なんですけど」
「ごめんなさい、」
見ると、ぶつかってきたのは1年生の女子だった。
私はただ静かに立っていただけだというのにそっちからぶつかっておいて、しかも先輩である私に随分な言い草だ。
(怖っわ!なに?この1年、こっわ!)
彼女は謝ることなくスタスタと歩いて行く。その方角はさっきの男子2人組が歩いて行った方だ。
(あぁ・・・・・・)
やはり彼は人気者だ。こうやってこっそり後を付ける追っかけまで要るのだから。
(やめとけばいいのに)
あれだけのイケメンだと、浮いた話の1つや2つ・・・・・・いや、3つや4つはありそうなものだけど、そんな話は聞いたことがない。ただ一つ、バスケ部のマネージャーと、できているのではないかというウワサは聞いた事がある。
あんなイケメンが、次々に言い寄って来るであろう女子達に見向きもしないで、そのマネージャーと密かに交際しているのだとしたら、普通の女子では取りつく島もない。そんな事情をあの1年生はまだ入学したばかりで知らないのだろう。
(やっぱり恋愛なんてするものじゃないわ。眺めて楽しむくらいが、私には丁度合ってる)
気を取り直し、私はお昼のパンを買うため購買部へ向かった。
「オレ、今日誕生日だからおごってよ」
「は?ウソつけ」
購買部の自販機の前で男子2人がじゃれ合っているのを見つけた。
私はその様子を後ろで静かに眺めた。
元々、私は地味な見た目だ。影が薄いとよく言われる。
しかし、こういう時その体質が役に立つ。静かに立って気配を消していると、警戒されずに観察対象の素の様子を近くから覗ける。
まぁ、さっきのように気配を消しすぎて、ぶつかられる事はしょっちゅうだが・・・・・・
「ホントだって」
「いやいや。俺、お前の誕生日覚えてるし」
「ハァ?なんだよ。面白くねぇな」
2人の様子を静かに眺めながら、私は心の中で興奮していた!
(ハァァァァ―――!?なんで男友達の誕生日覚えてるの!!どういう関係?ねぇ!二人はどういう関係なの!?もしかして付き合ってる?いや、いや、いや、焦るな私っ!この状況をよく見なさい!)
ジュースをタカってきた男子は、親しげに肩を組み友達に寄りかかっている。
タカられた方は迷惑そうにしながらも、まんざらでもない様子だ。
(ハイ!確定っ!この恋、片思い!タカられ男子の秘めた片思い頂きましたっ!!誕生日を覚えてるって事はつい最近出来た友達って訳じゃないよね?男子がわざわざ誕生日教えるわけないもん。幼馴染?二人は幼なじみで、小中高とずっと一緒に居たんでしょ?その間いつもタカられて、渋々与え続けているうちに、淡い感情が芽生えたんでしょ!母性!それ、母性だからっ!母性か恋愛感情か分かってない女子なんて沢山いるし!男子なら余計に分かんなくて当然!求められれば与えて、与える事に喜びを感じているから抜け出せなくなる。わかる!分かるよ!その気持ちっ)
ぷしゅ!
ゴク、ゴク、ゴク、
ジュースを買ったタカられ男子が、喉を鳴らしてそれを飲み始めた。
「おい、一人で飲むなよ」
「しょうがないなぁ、ほら」
彼らは1本のジュースを回し飲みしている。
(ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッッッッ!!!!)
私の思考はパンクした。
(ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!)
この出会いに私は、ただただ感謝した。
(今日は大収穫!!)
いま味わった感動をすぐにでも共有しなくては!
ケータイを取り出し、文字を打ち込む指を震わせながら、急いで打った文章をSNSに上げるとすぐさま反応が返ってきた。
ピコン♪
「感謝!!!!!」
ピコン♪
「興奮して、穴という穴から汁が出た!」
ピコン♪
「このネタ、同人誌に使わせてもらってもよろしいでしょうか?」
ピコン♪
「マジで神!いつもどうやってこんなネタ仕入れてくるの?壁になって近くで見ていた様な臨場感!」
ピコン♪
「もう壁じゃんw」
(通知が止まらな―――い!!)
同じ趣向を持った人達からSNSで承認される快感ときたら!ヘタな恋愛するより数倍興奮する!
(これだから人間観察はやめられないのよ!!)