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元聖女の恋  作者: 吉野
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元聖女の述懐〜マリア〜


7歳になったある日、王都からの使者が家にやってきた。

その日から私の運命は一変した。


『聖女』


王都にいるというその人は、片田舎で暮らす私にとってどこか現実味がない存在だった。

生涯会う事も、関わる事すらないと思っていたのに。


次の聖女が私であると告げられ、その日のうちに半ば強制的に家族と引き離された。



どれだけ泣いても家に帰してはもらえず、王都に連れていかれた私が家族と再会したのは、実に4ヶ月後の事だった。


その日を心待ちにし、あと何日と指折り数え続け…



やっと会えた家族は、私を身内ではなく聖女として扱った。



今ならわかる。

父が、母が、家族がどんな思いでそうしたのか。


王や神殿に背く事も、聖女を望む人々の期待を裏切る事も出来なかったという事が。

何より…私の身や立場を守る為、そうしたのだという事も。


同時に身内が聖女に選ばれるという事が、どれ程誇らしい事なのか。

両親と弟は最後まで寂し気な表情のままだったが、祖父はどこか誇らしげな様子で立派に務めを果たすよう、しきりに言っていた。



けれど私の耳には、家族の声は殆ど届かなかった。

久しぶりに会えた嬉しさよりも、他人行儀な家族に対する絶望の方が大きかったのだ。


そして、幼いながらに悟った。


私の帰る家はもうないのだ。

ここで聖女としての役目を果たすしか、と。



***



腹を括ると、自ずと与えられた役割を精一杯努めようという気になるもの。


聖女宮という場所で礼儀作法に始まり、知識、力の制御、実践、聖女としての振る舞い、儀式作法を徹底的に叩き込まれる日々が始まった。


厳しい教えに必死に喰らい付き、求められるまま努力を重ねる。


それは訳もわからず連れてこられ、進む道を決められてしまった事に対する、私なりの意地だった。


もしかしたら、心の底では役立たずと放り出される事を恐れたのかもしれないけれど…。




そして11歳で正式に聖女の任に就いた私は、今まで師と仰いでいた人達から跪かれる立場となった。


王宮にも神殿にも、軍にも属さない特別な存在。

それが聖女。

誰にも命令されず介入もせず、人々の為に尽くす存在。


求めに応じて何処へでも趣き、癒し、魔を払い、祈りを捧げる。



また、その力も特別だ。

癒しの力、または浄化の力だけなら、高い魔力を有する神官や癒し手(ヒーラー)も持っている。

けれど、併せ持つのは聖魔力を有する聖女だけ。


そもそも聖魔力とは聖女のみが持つ魔力。

しかも力の規格が違うらしい。


明確な数値化はされていないけれど、高位の神官でも魔力の最大値は2桁。

対して、聖女の聖魔力は4桁に届くと言われている。


しかし、生まれながらに途轍もない聖魔力を有するが、その力は20歳位までがピークだという事を任に就いた日に聞かされた。


歴代の聖女達は、殆どが25歳までに聖魔力を失い、任を解かれている。

そして…任を解かれた後は、余程の事がない限りは自由になるという事も。



当然、力を失ったとはいえ20年近く国を支えた存在を、王宮が放り出す事はなく。

大抵は是非にと望まれて、貴族や騎士の妻となるという。

もちろん、聖女宮で次代の聖女に仕える者も多いが、必要な手続きを踏めば故郷に戻る事もできるとの事。




いつか自由になれる。


その事はいつしか心の支えとなっていた。



***



私が聖女の任について6年たったある日、北方の小さな村で異変が起こった。

最初は些細な異変に過ぎなかったそれは、やがて私の運命を大きく変える事となる。



事の発端は、森の奥から突然瘴気が噴き出したというものだった。


瘴気の噴出自体は決して珍しい事ではない。

大抵の噴出は一時的で、自然と止まる事が多い。

だから村人達は、最初遠巻きに様子を見ていた。


しかし噴き出す瘴気は日に日に増え、一向に止まる様子はなかった。

流石におかしいと感じたのか、村人は村長に相談。

土地の汚染や森の獣の魔獣化に不安を抱き、近くの町の神官に浄化を依頼する事になった。



現場に赴いた神官は、その濃度に眉を潜めたという。

迂闊に近寄ると危険な域にまで達した瘴気は、辺り一帯に澱み汚染が始まっていた。


予想以上の深刻さに、すぐさま浄化が行われたが、焼け石に水の有様。

結局神官2人がかりでも完全に浄化する事は不可能だった。



事態は急を要すると、王都の大神殿へ早馬が出され…。

応援の神官達が駆けつけた時には、手の施しようが無い所まで悪化していた。


拡大を続ける瘴気に、村はおろか近くの町までのみ込まれてしまった。

逃げ延びた人々も魔獣や妖魔に襲われ、赤く染まった大地から瘴気が噴き出すという、最悪の事態。


あとは坂を転げ落ちるように、各地で妖魔の被害が拡大した。




この時、神殿では1人の男性が伝説の剣を手にしていた。


彼の名はカイル。


彼もまた運命に翻弄された1人だ。


平民の彼にとって、騎士のような剣の心得も国に捧げる忠誠心も無縁のものだった。

もちろん妖魔の被害も瘴気による汚染も、他人事とは思えない脅威ではあったが。

その対応に当たるのが自分だとは…。

しかも最前線で剣を振るう事になるとは、と彼が悩んでいた事を後になって知った。


本音では…カイルは勇者になどなりたくはなかった、らしい。

けれど拡大する被害の前に、個人の意見など無いに等しい。


情に訴えかける神殿からの説得が飴なら、王宮からの有無を言わさぬ要請は鞭。


巧みに使い分けられ、カイルは頷かざるを得ない状況に追い込まれていたという。

カイルの承諾の数刻後には、正式に討伐が命じられた。

私も要請を受け、癒しの聖女として同行する事に。


とはいえ、剣の心得が全くない彼をいきなり最前線に送り出すわけにもいかない。

そもそもいかに聖剣が規格外の力を持つとはいえ、使い手が不慣れでは使いこなす事も

難しい。


その日から騎士団の厳しい戦闘訓練が始まった。

同時に王国騎士団と聖騎士団による合同討伐隊が編成される事となった。



***



長い旅路の果て、辿り着いた決戦の地。


共に旅をし、何度となく目を覆いたくなるような惨状を乗り越えてきた。


勇者と聖女、王と国を守る王国騎士団に神殿を守る聖騎士団。

立場は違えど、国を、民を、愛する者を救いたいという共通の思いが、私達を強く結びつけた。


傷つき、それでも使命を果たすべく各々が役割を果たし、遂にカイルの聖剣が妖魔樹の核を捉えた。


それは致命傷となる、筈のものだった。



これで旅は終わる。


やっと、終わるのだ。



誰もがそう確信し、不覚にも歴戦の勇者達がほんの僅か気を抜いた、その瞬間……。


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